第311話 春風、悩む・2
(うーん、どうしたもんかなぁこれ……)
と、春風は彼岸花の刀身を眺めてそんなことを考えていると、
「どうしたの春風?」
「ん?」
不意に名前を呼ばれた春風が、声がした方へと振り向くと、
「兄さん」
「やぁ」
そこには、春風の元・お父さんにして現・お兄ちゃんである冬夜がいた。
「あ、あれ? もしかしてノックしてた?」
と、春風が冬夜に向かってそう尋ねると、
「いや、しようと思ったら扉が少し開いていたから、ちょっと覗かせてもらったんだ」
と、冬夜はわざとらしく手を振りながらそう答えて、
「で、さっきから彼岸花をジィッと見つめて、どうしたんだい春風?」
と、今度は冬夜が春風に向かってそう尋ねた。
「え? いや、えぇっとぉ……」
春風は答えるべきか悩んだが、ジィッと自分を見つめる冬夜に根負けしたのか、「ハァ」と溜め息を吐いた後、
「わかった、話すよ」
と、冬夜に何を悩んでいるのか話すことにした。
「実は、この彼岸花なんだけど……」
「ふむふむ」
「……もう、限界が近いんだ」
「え、限界?」
首を傾げる冬夜に、春風は彼岸花の刀身を見せた。それを見て、
「……あ!」
と、冬夜が驚いたように、彼岸花の真紅の刀身には、細かい刃こぼれがいくつもあったのだ。
「そういえば、この世界に来てからずっと振るい続けてきたんだっけ?」
と、冬夜が尋ねると、
「うん、一緒に戦いを潜り抜けてきたから。勿論、ちゃんと手入れはしてたんだけどね」
と、春風は悲しそうな表情でそう答えた。
「そっか」
と、冬夜がそう呟くと、すぐに「ん?」となって、春風に再び尋ねた。
「あれ? ということは、もしこの彼岸花が折れたら……」
「うん。もう俺には、アガートラームMkーⅡや俺が作った魔術、それと体術以外の武器がないんだよね」
春風は気まずそうにそう言うと、
「そっか、君は確か、オリジナルの彼岸花の呪いの所為で……」
と、冬夜は納得したと言わんばかりの表情になってそう言うと、春風は左手でグッと右腕に巻かれた包帯を握りながら、無言でコクリと頷いて、冬夜はそれを見て「なんてことだ」と、手で自分の顔を覆った。
それから少しの間、部屋の中が重苦しい空気に包まれると、春風が口を開いた。
「そうさ。いくらまだ戦う手段が残っていると言っても、やっぱり武器がないってのは不安なんだ。こんな時に言うのもなんだけど、今、この場に、オリジナルの彼岸花があればって……」
と、春風が最後まで言おうとしたその時、
「っ!」
と、何かを思い出したのか、春風は辛そうに右手で自分の頭を押さえた。
それを見た冬夜が、
「ど、どうしたの春風!?」
と、驚いて春風に詰め寄ったが、
「だ、大丈夫、ちょっと嫌な記憶を思い出しちゃっただけだから」
と、春風は辛そうにしながらも笑顔で冬夜にそう言った。
その笑顔を見た瞬間、何かを察した冬夜は、
「……もしかして、オリジナルの彼岸花を抜いた時のことを思い出してたの?」
と、恐る恐る春風に尋ねた。
春風は若干恥ずかしそうになりながらも、
「……うん」
と、小さく頷いた。
冬夜はそんな春風を見て「ああ、やっぱりか」と言わんばかりの表情になると、春風はゆっくりと口を開く。
「……『あの日』からもう2年も経つけど、ただでさえ、もうオリジナルの彼岸花を持っていなくても、思い出して辛くなっちゃうのに、ここでオリジナルの彼岸花を手にして、それを抜いたら、きっと『あの日』のことを鮮明に思い出しちゃうんだろうなぁって、考えちゃうんだ。逃げられないってわかっても、ね」
「……」
春風の話を聞いて、冬夜は何も言えず顔を下に向けたが、すぐに真っ直ぐ春風を見て、
「春風」
「……え?」
ガバッと春風を抱きしめた。
「え、ちょ、兄さん!?」
突然のことに春風が驚いていると、冬夜は春風を抱きしめたまま口を開いた。
「春風、この世界に転生する時、君の記憶を見たよ」
「……じゃあ、2年前の『あの日』のことも?」
「うん、全部見たよ、君とアンディ君のことも」
「っ」
冬夜にそう言われた瞬間、春風の脳裏に、「あの日」の記憶が浮かび上がった。
「に、兄さん、俺……」
と、春風が最後まで言おうとしたその時、冬夜は少しずつ、そして優しく抱き締める力を強めて、
「大丈夫。君は、よく頑張ったよ」
と、優しくそう言った。
その言葉を聞いた時、
「に、にいさ……お父さん、俺、アンディを……友達を……この手で!」
と、春風は声を震わせながら最後まで言おうとしたが、
「違うよ春風。あれは、アンディ君が選んだ結末だ。君は、悪くない」
と、冬夜は優しくそう否定した。
「で、でも……!」
「言っただろ? 『君は、よく頑張ったよ』って。君はあの時、君を殺そうとしたアンディ君に立ち向かいながらも、さらわれた子供達だけじゃなく、アンディ君のことも救おうと、必死で手を伸ばしたんだ。それを振り払ったのは、アンディ君自身の選択だ。だから春風、君は悪くない。君が、君自身を許せないと思っても、僕は、君を許すよ」
冬夜に優しくそう言われた瞬間、春風はボロボロと大粒の涙を流しながら、
「ご、ごめんなさい、お父さん……ごめんなさい」
と、小さな声でひたすら冬夜に謝罪した。
その一方で、春風の部屋の外では、
(ど、どうしよう、凄く入りにくい……)
と、ギルバートら皇族達と春風の仲間達が、どうしたもんかといった表情を浮かべていた。




