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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋物語の主人公
307/314

蒼髪の戦乙女

 その日は朝からアレイティア全体が非常に慌ただしかった。

「“災禍の具現”を出す。奴と奴の弟子と……そうだな、“単国の猛虎”の弟子。それだけあれば、十分だろう。念のため軍も出しておけ。指揮官はいつも通り、我が右腕に任せる。」

そう言って指示を出すのは、ティレイヌ=ファムーア=アツーア・アレイティア。とても頼もしく見え、使用人も兵士たちも、安心して動いている。


 だが、ティキの目には、父の使っている幻覚魔法と、それによって隠された目の下の隈がくっきりと見えていた。

「徹夜、かな?」

おそらく、連合軍が攻めて来ると知った日からずっと、対策を練ってきたのだろう。今のティキには理解できる、父はあくまで凡人だ。


 “竜の因子”を保有し、人よりもはるかに優れている。ルックワーツの超兵なんかと比べれば、確かに肉体機能も思考速度も強いし速い。

 だが、あの声の通り『アレイティア』であるティキ、それ以外の五神大公と比較すると……一段どころじゃなく、数段落ちる。

「努力、ですか。」

アレイティアでは『努力で成果を出した秀才』を認めていない。それは五神大公でもだ。理由は単純、五神大公に生まれて、『努力』しなければならない時点で。その肉体に宿っている“竜の因子”の数が知れていることになるためだ。


 それでも、ティレイヌがアレイティアをやれている理由は、おそらく母と同じ……大量に“竜の因子”を摂取することで、肉体を竜に近づけたのだ。

 脳機能は人よりはるかに高く。肉体の頑健さは人間と比べるまでもなく。神経系の伝達速度ですら、人間の中でも「速い」と言われる人たちを寄せ付けない……そうなるまで、竜の血を飲んで、

「私と、兄を産んだ。」

失われた竜の因子の数はわからない。だが、もうティレイヌが『五神大公』と呼びうるだけの因子を持ち合わせていないのは事実。


 それを、ティレイヌは。おそらく、祖父の代まで行っていたであろう『ボレスティア王国』の宰相の座を降り、世界に対して行うアレイティアの役割を維持することと、子を産むまで必死に溜め込んだ経験則で誤魔化しているのだ。

「努力する才能は才能ではない。それはただの凡愚の所業だ。」

秀才と天才ではどう足掻いても差が出てしまう、百努力できる人間は、百才能ある人間に絶対に勝つことが出来ない。それは、五神大公の……いや、本当に才能を与えられた人間たちの、絶対的な法則。

「でも……もうしばらく、そこにいてもらいます。」

ティキは、この先の展開を、もうとっくに思い定めていた。




 こっそりと、牢に戻る。子供がスヤスヤと寝息を立てているのが見えた。

「アレイティアに、この子はなる。」

ティキがシーヌと二人で生きられる未来は、ある。ティキがこの子を連れて逃げても、あるいはこの家に留まる選択をしても、もうティキがシーヌと別れることはない。


 ただ、シーヌと子供を抱いて逃げたら、三人に待っているのは冒険者組員たちに追われる生活だ。それは、死ぬまでずっと続くか、アレイティアにティキがなるまで続くだろう。

 ティキがアレイティアになることが、一番平和的に見えるだろうが……きっとそれは、冒険者組合が許さないと、ティキはなんとなく察していた。


 屋敷の裏側に大穴を開けて、外に出る。ティキの目には、ほぼ二キロほど先で、アレイティアの軍とセーゲル・ケルシュトイルの軍がぶつかり合っている姿が見えた。

 ミラの姿は見えない。当たり前だろう、チェガとミラ、両方がケルシュトイルを空けるわけには、もう行かない。

「でも、連れてきていた。」

後方に控えている馬車。あれが何のためのものか、ティキは気配でちゃんと理解している。

「私の作った眷属たちを、ここへ。」

手を空へ。光をその掌から。


 その光は、アオカミたちを呼び寄せるもの、アオカミたちに、ここに私がいると合図するもの。

 ティキの眷属たちに、ティキの助けを求めるもの。


 案の定,ハイエナたちが軍の兵士たちに襲い掛かり始める。それを見て満足して、屋敷に戻ろうと振り返って。

「お前は、どうするつもりだ?」

男が一人。“単国の猛虎”アディール=エノク。強者として他を見下すような面構えはすでに消え、ただティキの顔だけをじっと見ている。

「どう、とは?」

気づけなかったのは、ティキの経験不足だ。“単国の猛虎”とティキでは、約15歳位の年の差がある。その分、当然、戦闘や勘の鋭さはアディールの方が上だ。

「そのままだ。お前は、どういう結末を望んでいる?」

「息子を、見捨てます。」

正確には、アレイティアの長子とその妻の養子として贈る。そうすることで、次代のアレイティアは安泰だろう。


「私はシーヌと一緒にいたい。シーヌが復帰したなら、私が戻れば元通りでしょう。」

「お前がアレイティアになるとは言わないのか?」

「言えません。その理由を、あなたはもうご存じでしょう?」

ティキの一言に、アディールは何も言わない。だが、ティキの言葉が正しいことは、何よりその態度が示している。

「五神大公が私をアレイティアにすることは、きっと拒否されない。でも、冒険者組合は、私をアレイティアにすることを是としない。」

当然のようにティキが言い切った。アレイティアとは、いわば教育から自由時間から規制されて作られた、いわば“竜の因子”を人が保持し続けるための機関だ。


 ティキがアレイティアに関わることを、冒険者組合は是としない。ティキがアレイティアに関わるということは、ティキの価値観……アレイティアの外で培った価値観の一部が、息子に流れるということだ。五神大公はその重み、その危険性を理解できないが、事情を知る冒険者組合としては、許容できるものではない。

「よく、理解している。」

アディールはそう言って、笑った。


「私にも、わからないことがあるのです。」

アディールが、ティキは完全にシーヌと隠棲するつもりだと理解して、ティキはアディールに問いかけた。もう、シーヌがここまで来た以上、ティキに取れる、ティキとシーヌ、そして息子が無事生き延びられる方法は、息子はアレイティアにするしかないのだ。

「あなたは、どうしてアレイティアの味方をするのですか?」

「……。」

母が、捉えられたのはこの男のせいでもあるとは知っていた。だから、余計にこの男がアレイティア公爵に従っているのがわからなかった。


 望まぬ忠誠なのだろうか。それとも、母がアレイティアに捕まえられた理由……アディール窮地の報の時点から、この男はアレイティアとグルだったのだろうか。

「それをお前に教える気はない。」

アディールは、わずかに逡巡したのち、言い切る。理由はあるが、ティキに話す気はないとでも言わんばかりの、力強い拒絶だった。


 ティキとアディールの間に沈黙が降りる。何を語ればよいかわからず、何をすればよいかもわからず、しかし二人ははっきりと、互いの動きだけを観察しあう。

 アディールが何を思ってティキを見ているのかわからない。師の娘の娘。妹弟子の娘。そんな人を相手に、アディールが何を思っているのか、ティキはわからない。


 彼女に出来ることは、不意打ちに備え、ただ警戒することだけ。だが、それも、アディールが無防備に背中を向けたことで意味を失った。

「ティキ=アツーア……ブラウ。お前は、シーヌといることが、幸せか?」

ブラウ。アレイティアよりもシーヌを優先することが出来る、魔法の言葉。アディールは意外とティキに拠っていたことに気づき、驚き、かすかに頭を上げて……。

「アレイティアにいるより、私は夢を叶えられる。それを幸せっていうなら、幸せだと思う。」

シーヌといたい。隣にいたい。ティキはそういいきれるからこそ……アディールも、ティキのそのセリフに偽りはないと感じ取った。

「もしもお前が無事、アレイティアから出ることが出来て。」

それが出来るのかどうかは、お前の仲間と、お前次第だという風に突き放して。

「息子がここに留まるというのなら、その命は、きちんと俺が守り通すと誓おう。」

“単国の猛虎”。冒険者組合第65位の誓い。それは、何よりも重い誓いだと。何に誓ったかまではわからなかったが、彼にとってとても想い誓いだということはティキにもわかったから。


「信じましょう。」

ティキが言い切る。同時に、“単国の猛虎”は屋根から飛び降りる。


 静かな風の中。ティキは、父の居室に魔法を放って、穴をあけた。


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