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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
眷属の公爵家
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婚約交渉

 ティーネは、強くなると決めた。自分が子を産み、家族を営み、それでも誰にも手出しされないほどの力を得る。そのための力を得ようとしたとき、ティーネが真っ先に思い出すのは、ルックワーツの実験だった。

 竜の因子。あれは、戦死を人間から竜へと近づけるもの。自分の肉体を構成するのに、とても重要な要素の一つ。

「竜の因子を摂取すれば、いい。」

神龍の生誕を防ぐのは、冒険者組合の目的。竜の因子の管理が、冒険者組合の目的。


 ならば、冒険者組合に見られている、売買という形では竜の因子を買えない。こっそり摂取する必要がある。

 だが、竜を殺して、竜の因子を摂取するわけにもいかない。なぜなら、竜を殺せばバレるからだ。

 中位の竜の一頭二頭ならバレないだろう。だが、ティーネが望む量の竜の因子は、中位の龍が数頭分の規模だ。それだけの数が死んで、バレないはずがない。


 冒険者組合は、竜の住処を徹底している。どこに、どの規模の竜がどれだけ住んでいるのか。調査隊を派遣して、すべて記録に記している。二年ごとに行っているのだから、ティーネが竜を虐殺する余裕など、あるはずがない。

 で、あればどうするか。その答えを、ルックワーツは教えてくれた。

「血。血でいいのだ。」

走る。ティーネの身体強化は一流だ。ほんのわずか、百キロから三百キロ程度のところに位置する竜の住処まで走ることは、一時間も、いらない。

 そこから、竜の足に裂傷を入れる。ただし、致命傷にならないように、痛痒を感じても、大したことだと思わない程度に。そこから流れ出す血を、ひと掬い。瓶に詰めたら、また走る。別の個体に、裂傷。血の回収。ほんの十分足らず、それをして、また走って街に戻る。


 ティーネの日々は、そうして、竜の血を集めて、飲む日々に移った。そうして、体が竜の因子を取り込んで、徐々に徐々に、人間をやめ始める。セーゲルにいったん身を寄せて、ティーネはそうやって過ごし始めて……

 時たま、ルックワーツとの戦闘を見に行った。とはいえ、見に行くだけだ。手を出す気はさらさらなかった、が……ルックワーツはティーネを見ると、逃げるようになった。

「竜の本能だろうねェ。ちょっと強い、程度ならまだしも、あんたは元より中位の龍相当の竜の因子を持ってるんだろう?クトリスはそんなのと比べると段違いに弱いんだ、あんたが恐れられるのは当然さ。」

そう言って、“護りの魔女”は笑った。


 飲んでいた酒瓶を、ティーネは地面に置いた。そろそろ、頃合いだろうという確信があった。

「キャッツ。」

これ以上なく……聖人会という組織の話、成り立ちを聞いた時と同じくらいに真剣な声音で、ティーネが言葉を発した。それに合わせるように、キャッツもティーネに向き合う。

「あの場の竜の血は、あらかた飲んだ。あとは、シトライア方面に居座る、中位の龍のものくらいだ。」

だが、その中位の龍の血を飲んだ後が、問題だ。

「僕はここを出るよ。あなたとこうして会えたことに、感謝する。」

その身で、聖人会の秘密を抱え続けた、強大で優れた人間。その身を、人類のために捧げる、偉大なる指導者。

「キャッツ=ネメシア=セーゲル。あなたが、真に望む未来を勝ち取らんことを。」

冒険者組合の、祝福。その信条に、結局、キャッツは応えることがなかった。




 中位の龍の血を奪うのも、実にあっさりしていた。戦いにならず、中位の龍三頭分の因子を保有していた龍から、一頭分相当の因子を奪う。

「さて。シトライアにでも行って、仕事を押し付けよう。」

シトライアに一般人として入り、宿に向かう。その血を体に取り込み、眠りについて……


 血を奪われ、力を奪われた竜は、キレた。ティーネ=オルティリアの居場所がネスティア王国王都シトライアと聞いて、怒り狂ってそちらへ向かい……“黒鉄の天使”ケイ=アルスタンに討ち取られた。

 死んだ中位の龍の竜の因子は、なぜかティーネには還元されず、ティーネ以外に向かうことになり……


 当時7歳だったピオーネ=グディー、当時0歳だったユミル=ファリナは、上位の竜総統の竜の因子を受け入れられるほどの、体の基盤を手に入れることになる。おそらくは。『竜の摂理』を、『竜の因子』を取り込むことで人間が使いこなすようになったのと同様、竜も多少は『心の摂理』を使うことができるようになり……

 自分から力を奪った盗人の糧になるのは、龍とて、嫌だったのだろう。




「ということだよ、ムリカム公爵。」

最初から。強くなると決めた時から、この案はあった。実力の強さ以上に、冒険者組合で強さをふるう方法は、一つだけある。

 対して戦士として強いわけでもないのに、その血筋と、肉体の特異性ゆえに上位を維持する、冒険者組合員。

 五神大公に保護されること。それが、一番手っ取り早い。


「あなたの家と、娘や息子と交流させてもいい。あなたの家の人間が私の眼鏡にかなうなら、結婚してあげても、いい。今の私は、限りなく上位の龍に近い数の『竜の因子』を保有している。逃がすわけにもいかないんじゃない?」

そう言われて、ムリカムの当代頭首が、黙り込む。その頭には、この提案を素直に飲むほうが利になるとわかっている。


 これだけの竜の因子を持つ女だ。次代の公爵と結婚させ、子を産ませれば。

 アレイティアの失態は聞こえていた。長男が家を去り、次男が必死にアレイティアになろうとしていると。

 だが、長子と次子では差が大きすぎる。次代の、いや、それ以降のアレイティアは、形ばかりの五神大公に成り下がるだろう。


 その点。現状アレイティアなどより断然多くの『竜の因子』を保有するティーネでは話が全然変わってくるのだ。

 彼女との間に子を設けられるなら、次子もあるいは、五神大公に匹敵する才の持ち主が生まれる可能性がある。“因子遺伝”は別に、片親からしか遺伝しないわけではない。


 “因子遺伝”による竜の因子の遺伝が、わずかでも減るならば。二人目はそれなりの竜の因子を相続できるだろう。

「飲もう。」

ムリカム公爵がそう言った次の瞬間には、もうティーネは立ち上がっていた。

「ありがとう。じゃあ、僕はもう少し竜の血を飲んでくるよ。」

公爵が待てと止める間もなく。ティーネは「二年後に帰る」という言葉だけを残してその場を去り。


「……息子に、お前の妻は破天荒だと伝えておくか。」

それにしても、竜の血は相当まずいのに、よく飲めるものだ、と公爵は呟いて。

「まずはネスティア国王に伝えねばな、……セーゲルが、聖人会の成り立ちを知っている、と。それだけで、ネスティアならば意味がわかるだろう。」

ルックワーツ間抗争に、冒険者組合は手を出さない。


 20年に渡る抗争が本格的に激化するのは10年経ってからだが……ネスティアは、傍観の体を、取らされていた。




「……で、こうなるわけだ?」

「切羽詰まった五神大公を、貴様は舐めていた。隙を突くのは容易かったさ。」

先代アレイティア公爵がティーネを捕らえたのは、それからたった一月後のことだった。




 兄弟子からの、救援要請だった。

 憎みたい気持ちは、あった。恨んでいる気持ちは、まだ胸の奥で燻っていた。でも、兄弟子だった。


 憎むのは、力のなかった己だと思い定めたときから、兄弟子のことは頭から消えていた。

 それでも、確かに兄弟子だったから。厄介な魔獣と戦っていると聞いてやってきたのに、そこにいたのはアレイティア公爵家だった。

「お前がムリカムに行ったことは、聞いた。それで、ようやく気づいたのだ。アレイティアで補えない竜は、他所から奪えばいいことに。」

アレイティア公爵、ティレイヌ=ファムーア=アツーア・アレイティア。既婚者だ。

「奴の子を産め、ティーネ=オルティリア。」

「いや、僕は既婚者と結婚する気はないけど。」

「何を言っている。結婚しろと言ったのではない。子を産め、と言ったのだ。」


理屈は、正しい。アレイティアが『竜の因子』を遺したいだけなら、確かにその通りだろう。 「……本気で言っているのか?」

「私は、五神大公、アレイティアの公爵だ。」

つまり。それが、全てだった。

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