恋慕の女帝
上位の竜の解体作業が、都市郊外で行われていた。
ミラはその様子を、チェガに返してもらった槍を握りしめつつ見つめている。
「上位の竜を瞬殺できる人間が配下にいる国って、どれだけあるでしょうか?」
「例えばですが、ネスティア王国。グディネ、アストラスト、ブランディカ、『神山』を足し合わせたより大きい国ですが、そこでは二名は確実に上位の竜を瞬殺できたでしょう。」
今は亡き“黒鉄の天使”と“盟約の四翼”である。
「人によっては、カレス=セーゲル=アリエステンやガレット=ヒルデナ=アリリードが倒せると思っている者もいる。ガレットは瞬殺は出来ず、カレスは魔法を使わない以上、戦えない。」
人間として強かろうとも、攻撃防御回避の立ち回りがいかにうまかろうとも、致命傷を与える火力がカレスにはない。
そういう意味では、チェガはもう、世界の中でも上位の存在になっていると言えた。
「お前の夫になると決めたからな……王族では、冒険者組合員にはなれない。」
それは違う、とミラは口に出したかった。しかし、まだ結婚していない身では、世界の秘密を語ることは決してできない。
「あなたは、政治的にも軍事的にも大きな意味になります。あなたがいる個人の勇だけで、我が国は世界を視野に入れられるでしょう。」
それは、チェガも否定しなかった。その前に確実に冒険者組合の横やりが入るだろうが、入らなければ、隣国たちを手に入れることはあまりにも容易い。
「私はケルシュトイルの公女です。いずれ女王となるものです。」
「そう、だな。」
ケルシュトイルは世界有数の軍事国家になるだろう。チェガという男の槍術を兵士たちに与えるだけで、兵の質は上がっていく。
だが、ミラは、もっと先を見据える必要がある。そして、その先には、あの竜を使役していた、グディネ以上の国があるのだ。
「知っていますか、グディネでは、竜を使役する方法が二つ、あるそうです。」
その方法を、チェガは知っている。アルルシャンとビデールの違い。それは、行った手順の違いだ。
ビデールは恐怖で、実力差で、竜たちを使役した。対して、アルルシャンは、対話で竜を味方につけた。実力差による支配が出来るのは、下位と中位の竜までだ。上位の竜は、明確に知性を持っている。支配されるくらいなら自害する程度の知恵は回る。
先ほどの話と、どう繋がるのかチェガにはわからなかった。繋がっていることだけが、明確だった。
「竜の厩舎。グディネにある、竜たちの住処。」
そこまで、軍を進軍させて。ミラはやってみたいことがあった。
「何頭か、中位の龍があの地を支配しています。グディネが支配する竜は、それらの龍から逃れた個体しかいません。」
「そうなのか?」
「はい。竜に憎まれる国、とこそグディネは語られていますが、実のところそうでもない。竜は、我関せずを貫いているのです。」
何が言いたいのか、チェガはあまりわからなかった。
「上位の竜を瞬殺するあなたと共に、竜の厩舎へ行きます。」
それは、グディネを占領した後の話だ。おそらく、竜を倒す実力者がいない隣国ワルテリーは、グディネへ侵攻する手段を持たない。
「中位の龍と交渉できるのが、一番いい。亡骸を、受け取りたいのです。」
「代わりに、絶対に厩舎には不干渉である、か?」
「そうです。」
「なぜ死体に拘る?」
「……神代。神龍がいた時代から伝わる伝承が、あるのです。」
「王族にだけ伝わる、か?」
そうだ、とミラは頷いて見せた。これ以上のセリフは野暮になるとわかっていながらも、チェガは聞いた。
「それ以上話せないほど、重要なのか?」
チェガの問いかけに、ミラはたっぷり数分、言葉を噤んだ。
もし、チェガが今日まででミラを理解していなかったら、これほどの時を待たなかったろう。『悪いことを聞いた』で解決させたはずだ。
だが、ミラの沈黙の質は、言葉を選んでいる沈黙だった。しばらくして、ミラは振り絞るように、言った。
「シーヌさんが。」
迷う様に、
「本当にティキ様を想うなら、」
目を瞑りながら、何かを引きちぎるように。
「あなたの口から、いずれ伝えるべき、ことです。」
ティキを慕い、チェガに恋をし。何よりも、己が責務を理解するミラは。
後に、チェガに切った啖呵とティキのために起こした行動を以て、恋慕の女帝と語られるようになる。
「さぁて、ケルシュトイル公国では、どんな人形が手に入れられるだろうか?」
話題性のある国には、多くの人が訪れる。それは、政治的な人物だけではない。彼のように、芸術を愛する人物もまた、訪れるのだ。




