民主主義への攻撃
小国七つの内、六国は堂々と、旗を掲げ国民に見守られて凱旋した。しかし一国だけ、石を投げられながら凱旋した国がある。
ベリンディス民主国。国民主権を掲げ、民主主義を語り、民に教育を執り行う。極めつけには、職業選択の自由までをも与えている。この国をティキは『論外』と評したが、その理由は、誰が答えるでもなく目の前にあった。
ディオスが、項垂れたような雰囲気を振りまきながら歩む。その後ろに付き従う様に、クロムの部隊とブレディが後を追う。
総数は100前後だろうか。五千近い兵士を出兵させたとは思えない有様だ。
パタパタとはためくベリンディスの旗。しかし、その旗は泥にまみれ、洗う小姓すらいない状況だ。皆、死んだ。ベリンディス元首、ディオス=ネロが先陣を切ったせいで、死んだ。
その間、クロムは既に手飼いの者たちに手を回し、噂話を流している。
一つ目の噂は、こうだ。ディオスが勝手に先陣を切った。ティキが先陣を切らせないよう必死に準備をしていたのに、ティキを裏切る形で暴挙を起こした、と。実際は違う、ティキはディオスが暴走するように動いていたし、先陣を切るのを望んでいた。
二つ目の噂は、ディオスやベリンディス軍の暴走を知ったティキは、それを止めるために無理をしたという噂だ。ティキが光の柱や巨大な剣を出して戦う姿は、ベリンディス以外の国の兵士たちも目撃している。それが無理であったかは、ティキしかわからない。ただ、ティキは戦のあと、一日は人前に出なかった。
三つ目の噂は、壊滅したベリンディス軍の残党、ディオスやブレディを保護したのがケルシュトイルであるというものである。それは事実だ。ディオスを連れて撤退しようとしたブレディは、竜たちに襲われた。竜たちから逃げるうちに、ケルシュトイルの陣地に辿り着き、そこで庇護を求めたというのが真相だ。偶然の結果であったが、ケルシュトイルの株を挙げるのには役立つだろう。
噂など、根拠がない。人は信じたいものだけを信じるし、政治にも軍略にも心得がない民たちでは、それが間違っているかの判断をする材料がない。
結果。ディオスの株の大暴落と、ティキ・ケルシュトイル刻々の株の大上昇が起きる。ディオスを蹴落とすだけでは足りない、ティキが政治の場に顔を出せるようにせねばならない。
国民たちからの好感情を得るために、すでにクロムの政略は始まっていた。そしてそれは、ティキの容姿と相まって、『健気に努力したお嬢ちゃんと無視した暴君』という形で、印象を広めていくことになる。
ベリンディスの央都に帰還した。ティキは、外の様子をじっと見つめる。
「これでは全く動けませんね。」
「ええ。予想通りに動いていますね。国民はディオスが憎くて仕方がないようです。」
政治を司る場。城内の一室で、城に詰めかける民衆を眺めながら、ティキは大きく息を吐く。
「全く、どうしてそこまで怒れるのか。」
「ディオスを信じていたからでしょう。自分たちを楽させてくれる。正しい方向に導いてくれる。自分たちを守ってくれる、意を汲んでくれる。信頼できる良い政治家でしたから。」
「信頼できる『都合の』いい政治家、でしょう。信頼したのは彼らだというのに。」
「それをわからないから、ああして文句を垂れているのです。」
クロムは大したものだった。民衆がどう動くのか、わかっているような口ぶりだった。
「凱旋して3週間。ケルシュトイルはもう動き、民意を得ているようです。」
「そうですか。こちらも準備が整って参りました。裁判と行きましょうか。」
クロムがチリンチリンと鈴を鳴らす。それに呼応するように、小姓が即座にそばに来た。
「国民に、通達。明後日、国を傾けた罪人、ディオス=ネロの裁判を始める。」
それは。国民の望む、ディオス=ネロの処刑劇だった。
城の前に組まれた処刑台。その前に広がる、大きな広間。処刑台と広間の間には、大きな舞台。中央に大きな机と椅子。そして、部隊の端にもまた、長い机と椅子。
中央の机には、ディオスがいた。両腕を巨大な錠でくくられ、机の上に置かれている。足も同様鎖でつながれ、決して自力で動くことは出来ない。
「それでは、戦犯ディオス=ネロの裁判を始める。」
進行役が口に出す。民衆はそれを、心待ちにするように見に来ていた。
「ディオス=ネロ。あなたは戦場で、敵かうな判断が出来ず、ティキ様の行動を信じずに、大きな被害を出したことを認めますか?」
「部分的に認める。的確な判断は出来ていなかった、しかしティキの判断を信じなかったことは正しかったと信じている!」
即答。確かに先走った。それは認めるのだろう。もう少し搦手で動くべきだったとも、感じているのだろう。だが、ティキを信じなくて良かった。それはディオスの中では揺らがない。
しかし、この3週間の間、ティキもクロムも遊んでいたわけではない。ティキの戦場での活躍を。彼女が“神の住み給う山”に住まう神獣たちを滅ぼしたことを。彼らは大々的に公表してきた。
神獣たちは、山の近隣で過ごしてきた国民たちにとって忌々しい存在だった。それを消し去ったティキは、英雄であり、救世主だ。彼女は擁護されこそすれ、危険人物とみなす人物はいない。……何より。彼女は冒険者組合員だ。『小国の政治』ごときに介入するような存在ではない。
今回彼女が戦争の指揮官としてったのは、彼女のやったことへの後始末のためだ。大なり小なりの差こそあれ、『国としての現状維持』と、『彼女の領土への無断侵入の停止』を建前として掲げて戦った。
で、あれば。『ティキを信じない』というディオスの発言は、国民にとって悪感情にしかならず。
「殺せ、殺せ!!」
「ティキ様になんてことを!」
そういう発言が飛び交う様になる。
「……そうですか。ティキ様、何か発言はありますか?」
これが、合図だった。ここで、ティキはこの場を、ディオスの糾弾の場から、民主主義の廃止の場へと変える。
「ええ。では、発言を。」
ティキはそうして、全員の前に立った。




