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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(後編)
209/314

ベリンディスの壊滅

 ティキは、決して三大国相手に正面切って軍で戦おうとはしなかった。

 “神の住み給う山”という地の利を使い、攻めてくる敵兵を厳選し、何より戦い方に関しても指示していた。


 そもそも、兵士たちの根本的な役割、各国家たちの動きは、シーヌとティキのサポートである。決して、軍での衝突を視野に入れた主役ではない。


 理由は、3つ。三大国とそれ以外の国の、兵士の数の差。小国家連合は、三大国に兵の量で敗けている。

 二つ目は、三大国と連合の、兵の質の差。神獣たちへの警戒はあれど、すぐさま国が滅ぼされるほどの脅威ではなかった三大国。それゆえに、戦争をし続けることか出来た兵士たちは、連合軍の兵士よりはるかに質の高い兵士たちである。


 最後に、指揮官の差。世界に響き渡る圧倒的な名声を持つ将、あるいは彼らに指揮されている兵。それは、士気に大きな影響を与え、勝利への確信を抱かせる。それは、戦争において勝敗を分ける、非常に大きな一要素だ。


 ティキはその、絶対的とも言える差を、地の利と、冒険者組合員という肩書きと、目に見える実力者たちと、実績、そして“神の愛し子”を殺したという恐怖で、強引に埋めてきた。


 では、ベリンディス元首ディオス=ネロの行っている、ベリンディスの独断専行。それが、戦争中に行われていたら、どうなっていただろう?




 夜襲、奇襲の利は、敵が抵抗出来ぬ間に蹂躙できるから意味を持つ。将を暗殺し、士気を挫けるから意味を持つ。

 では、例えばの話だが。夜襲を仕掛けたところで、圧倒的に兵数差で劣るために敵を蹂躙することが出来ず、準備不足のために敵の同士討ちすら誘発できない軍があったとして。

 彼らが取れる唯一無二の手段、敵将の暗殺が果たせなかったとき、その軍はどうなるか。


 袋のネズミ。ベリンディス軍は、その言葉の通りの状況へと陥っていた。




 前線付近で雨が降り、篝火の火が消えた。

 ビデールは、その報告を聞いた時点で、それがティキの狙いであったことをほぼ完璧に理解した。

 普通の指揮官はこのタイミングでの夜襲を命じない。命じたところで、数による一方的な蹂躙劇になりかねないのを理解している。


 だが、このタイミングでの進撃しか意味を為さない国が一つだけ。グディネ軍がベリンディスに攻め込んで困るのは、ベリンディスのみ。

 しかし、ベリンディスに攻め込むということを、ベリンディスの指揮官、ディオスは知らなかったはずだ。そういう報告を、ビデールはスパイから聞いていた。

「となれば。ディオスにばらすタイミングすら、奴の手の上だったということだろう。」

予想以上に、ティキは巧妙だった。そして、その行動の意味を考えると、自然、ティキの目的も見えてくる。


 確固たる大国であればあるほど、王権として成立している国であるほど、断固として認められない制度がある。民主主義と国民主権、それに伴う選挙制。その制度だけは、許容できない。仮に賢民政策を認めたとしても、それだけは認めることが出来ないのだ。

「ティキとやらの意志は、それを行う代表の排除……!」

それは、つまり。

「勝利後を見据えた采配……勝てる気でいるのか、ティキ=ブラウ!!」

で、あれば。


「まずは正面を排除せねばな。全軍に通達!ベリンディス軍が通過後、本陣天幕へ向け進撃!」

事これに限って言うなら。ティキとビデールの利害関係は一致している。ベリンディス軍を滅ぼすことに、ビデール自身も賛成だ。

「最前線の軍に通達。二度目の襲撃がある、被害を最小限に、ゆっくり後方へと退却しながら迎撃しろ!」

ベリンディス軍さえ崩壊させれば、ビデールが援軍を出せばいい。

「報告します!騎竜、騎馬ともに不調!おそらく毒かと!!」

「何?管理はどうしていた?ええぃ、歩兵でも戦えよう!」

脚が潰された。ビデールの愛竜は無事とはいえ、これは軽い事態ではもはやない。


 ここで、決戦。ビデールはそう覚悟して、次の指示を出した。

「右翼、左翼の兵に命じろ!山へ進軍!左右から挟み込め!!」

もしこの状態で、ティキたちが攻め込むなら。馬に撒かれた毒が敵の仕業であるなら。

 一気に利の一つとなった、馬の有無。勢いに任せた、下山の突撃を為すしかない。その指示をして、本陣の兵士たちの陣形を整えて、彼自身の出陣の準備を終えた直後。


 ベリンディス軍は、そこへとたどり着いた。




 ディオスが感じたのは、違和感だった。戦場に出るのが初めての彼は、戦場の勘、なんてものは磨かれていない。しかし、今になっても、本陣に慌てる気配が微塵もなく、静謐が場を支配しているのは、おかしいと感じることが出来た。

「気にする必要はない。勝てばよい。」

「そうだな。ある種の真意だろうさ、ディオス=ネロ。」


篝火が、焚かれる。それで初めて、彼はこれまでの道中でも感じていた違和感に気付いた。

「まさか……」

「気付いて、誘い込んだ。その証拠に、哨戒の兵すら見なかったであろう?最短距離で、最速で、勢いを殺さずこれたはずだ。」

その言葉を聞いて、ディオスの頬が引きつる。これまでの道中が全て誘い込みだとすれば、これから起こることは一つしかない。

「かかれ!!」

四方八方から。グディネ軍が誇る、百戦錬磨の兵士たちが、ベリンディス軍へと襲い掛かった。




 圧倒的な、兵の数の差。圧倒的な、兵の質の差。そして、圧倒的な、将の力量の差。

 ベリンディス兵が一兵、また一兵と倒れていく。馬に乗ったディオスはその光景を、何も出来ないままに見せられ、逆にビデールは悠々と見ている。


 ティキが何もしない、油断を待ち続けた理由を、彼はようやく理解した。決して山から出て戦おうとしなかった理由を、彼はその目で見せられていた。

「お、おぉ、おおぉぉ……。」

それは、彼の死が近づいている合図。それは、彼の心が砕けようとしている音。

「全軍、反転。」


指示が、出る。しかし、その声に答える兵は、答える余裕のある兵は、ここにはいない。

「撤退だぁ!」

指示というより悲鳴だった。その声に即応して、何名もの兵士が我武者羅に撤退を始める。


 それが、悪手だということは誰の目にも明らかで。教育を受けた兵士たちに、それがわからないわけもなく。

 しかし、彼らの理性は、死の恐怖の前に脆くも崩れ去り、彼らは全力で逃走に転じる。

「貴様は、私自ら殺してやろう。」

いつの間にか、竜に乗ってディオスを見下ろすビデールが言った。そして、そのまま降下し、ビデールの槍がディオスの首を狙う。


「させま、せん!」

ディオスの背が、強引に馬に伏せられる。槍を弾き飛ばした男が、そのままディオスを引っ張ってそこから離れんとする。

「あれは。」

確か、元帥ブレディと言ったはず。


 楽しめそうだ、とわずかに頬を吊り上げた瞬間、冷気が背筋を這った気がした。

(ティキ=ブラウか……?)

強敵の気配。そう思って、臨戦態勢を整え、地上を見る。


 既に戦いの趨勢は決した。ブレディがどれだけ粘って逃げ出そうと、せいぜいブレディとディオスしか逃げきれない。

 ならばと思い、山の方屁と顔を上げた先、真正面。


 憎悪に瞳を燃やし、こちらを睥睨する、復讐の鬼がそこにいた。

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