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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
191/314

恋する乙女と傭兵

 ティキと四頭の神獣、そしてオデイア。

 三つの、しかし最強の切り札はそれでも、二万を超える大軍を相手取るには、不足。

 実のところ、時間稼ぎが精いっぱいだとティキは感じていて、だからこそ現状に大いに焦っていた。

「なぜ。なぜ!なぜ!!」

そこにあるはずのないマルスの気配。それだけで、ティキが焦るには十分な理由だ。


 ティキはマルスの気配を感じた時点で、シーヌの“復讐”が通用しないことを理解していた。

 “復讐”の最終目標は、“仇に絶望と死を”与えることである。そしてマルスは一度、シーヌ自身の手で、死んでいる。

 二度は復讐できない。ゆえに、シーヌとマルスでは純粋な技量勝負……いや、マルスが“奇跡”によって形作られた意志だけ存在な分、マルスの方が有利だ。


 マルスを倒すことは、シーヌには容易ではない。ピオーネと一対一になることすら、“奇跡”として姉の力になっているマルスを相手では、不可能だ。

 ならば、ティキに取れる対策は一つ。それをどれだけ早く行えるかが、シーヌがピオーネを撃つための、鍵。

「あああああぁ!!」

剣の雨を降らせる。敵は軽装、かつ精鋭。ティキが無差別に放つ雨を、ギリギリ見切って逃げる兵は多く。


 しかし、その隙を、ティキに従属する獣は逃さない。

 一人、また一人と確実に喰らっては捨てていく。それでも、数の差を覆すには至らない。

(早く終わらせないと……でも)

殺戮に対する躊躇いはない。しかし、ティキは全力を出すことまでは、出来ない。


 もし仮にこれを片付けたとして、マルスあるいはピオーネと戦わなければならない。

 魔法使いの資本は集中力だ。全力を出し過ぎて、強者との戦闘で力が出ない、となるとシーヌの足を引っ張ってしまう。

(安心して、大丈夫)

何か、聞いたことがない、しかし聞いたことのありそうな、優しい声が聞こえた、気がした。


 次の瞬間。山の西側から、大きな圧が押し寄せてくる。その感覚に驚いて、ティキは攻撃の手を止めた。

「かかれぇぇぇ!!!」

ワルテリー、ケムニス、クティック、ニアス。西側を任せていた4か国の精鋭が、山の上の方から駆け下りてきて。


 予想外のことが起きたから、忘れていた。

 ティキ=ブラウは、最初から、予想外に対する備えをしていた。

 その事実を、ティキは、忘れていた。


 「ティキ様!」

エルか、フェルか。その両方か。

 その声がした瞬間、ティキは狼に乗って駆けだしていた。


 この戦場に、ティキはいらない。

 ティキはただ、愛する夫のために、この戦場を作ったのだから。




 シーヌとティキにあった人の多くが、誤解していることがある。それは、シーヌとティキの力量関係について、だ。

 例えば、セーゲル聖人会のアフィータや、その夫ワデシャ。彼らは、復讐に燃えるシーヌとそれに付き従うティキというイメージを抱いている。これまでの旅の中でその形に多少の変化はあったものの……根本の部分で、ブラウ夫妻は変わっていない。


 話は変わる。魔法とは、想像の力で現象を指定し、意志の力で威力を変える。

 復讐に燃えるシーヌと、復讐の手助けをするティキ、という関係性だけで二人の戦闘能力を見たとき、シーヌはティキに必ず勝る。当然だ、復讐に燃えるシーヌを目で見るということは、復讐の“奇跡”が行使されているシーヌを見るということ。その時点で、攻撃の、威力の大きさは必ずシーヌが勝るのだから。


 では、場面を変える。シーヌと戦っているのが、ワデシャやアフィータであった時。グレゴリーやアスハであった時。デリアやチェガであった時。

 シーヌはティキよりも強いか、という問いかけには、否と答えざるを得ない。“奇跡”に、“復讐”に駆られていない時のシーヌは、広義的には強くとも冒険者組合的には弱い。なぜか。


 冒険者組合試験で、シーヌ、ティキ、アリスの3人の魔法使いを評した報告書にはこうある。

『意志力ではアリスが、想像力ではティキが最も勝る。しかし、総合力で言うなればシーヌが最も強いだろう』と。

 あの時と今と比べると、シーヌとティキの意志力の差は、あれど、狭まっている。そしてその差は、総合力としてシーヌとティキの想像力の差を逆転させられるほどの差ではない。


 そして、何より大切なことだが。

 シーヌの持つ魔法のバリエーションは、多くが、“有用複製”によって模倣し、体感したものを、さらに再現する、といった回りくどい技術を用いている。つまり、シーヌ自身のものではなく、体に染みつくほど使った技術ですら、ない。

 対してティキの魔法技術は、天然ものだ。シーヌが魔法技術を思い出して再現する、という工程を踏む前に、ティキは魔法を完成させられる。


 何が言いたいかというと、だ。

 シーヌが苦戦した“奇跡”の通じないマルスの相手。

 時間稼ぎであれば、ティキでもさして苦戦せずに、こなせるものであった。




 ピオーネと対峙した。シーヌのその姿を確認するとともに、ティキはマルスと対峙する。何の情けも容赦もなく、そして合図の一つもなしに、先に仕掛けたのはティキだった。

 ティキが剣を降らせる。それをかいくぐるようにマルスが近づけば、ティキは宙に浮いて既にそこから離れている。

 マルスの左手側から、面で空気の圧が迫る。速度を考えると、ぶつかればただでは済まない……即座に迎撃、暴風を剣に纏わせ叩きつける。

「な、にっ!」

しかし、マルスはティキに弾き飛ばされた……ティキの空気の壁の方が、マルスの暴風よりも威力が高い。


 着地地点を、読む。ティキは狼を呼び寄せその上に乗って、マルスが落下すると思われる場所に小さく鋭利な棘をいくつも置いた。死に至らずとも、傷一つつくだけで、ダメージを蓄積させるだけで勝負に差が出るのが戦士の特徴だ。だが、そういった戦闘経験が豊富なのが、傭兵というものでもある。

 着地地点に、マルスは目をやった。即座に危険を理解し、地面をえぐり取るように暴風を纏った剣を振るう。罠の撤回と共に、自身の身体すらも吹き飛ばした傭兵は、木の枝をつかんで回転し、その場で着地した。一つだけ息を吐くような動作をすると、存在せぬ目でティキをにらむかのように直視する。


 マルスは、ティキを抜きたい。ティキを無視して姉の元へと走り、シーヌと姉の戦いに介入したい。

 しかし、目の前の少女がそれをさせてくれるとは思えなかった。経験の多寡が二人の実力差を埋めているが、それでもシーヌよりティキの方が、強い。


 普通はマルスの“奇跡”がある分、マルスが有利に働くはずだ。姉のためにシーヌを殺す。マルスの“奇跡”はそれを為すことが出来る。

 しかし、なぜか。マルスはティキを容易に抜くことが出来なかった。正確には、ティキを放置することが、姉を救うことにはなれなかった。


 ティキの脇を潜り抜けることは、出来る。姉に向けて駆けだすことも、出来る。

 しかし、シーヌと交戦することは、出来る未来を予想できない。それは、マルスがティキの脇を抜けた先で、姉を救う前に2度目の死を体験するだろうからに他ならない。

「なぜだ。」

「わかりません、と言いたいですが……私は『冒険者組合員』ですよ、マルス=グディー。」

ティキはサラッと答えの予想を言う。あくまで予想ではあったものの、ティキの中ではほとんど確信として存在する事実。

「私は、あなたにシーヌの邪魔をさせません。」

「俺とほぼ同質の“奇跡”か!!」

再びマルスが駆け出す。木と木を縫うように跳び移動しながら、ティキの死角を取らんと走り回る。

 わかっていた。彼女を倒さねば、姉を援ける前に自分が死ぬ、と。


「いいえ、同質ではありません。」

ティキはそう言ってマルスの近くに魔法を展開する。見ずとも、視界に敵を入れずとも、ティキ=ブラウは魔法を創れる。初めて見る現象に慌てて、マルスは木から転げ落ちた。

「私は、私の理想のために、シーヌを必要としているのですから。」

炎が、マルスの眼前に降り注いだ。




 ティキは、余裕を完全に失っていた。

 マルスに善戦できている。理由はマルスが己の肉体を理解していないからだった。

 既に肉体は死し、想念のみの存在であるマルス。彼は、彼が望みさえすれば、肉体の形などいくらでも変えられるのだ。


 マルスを倒す方法は2つ。マルスの持つ核、想念そのものを完全に消し去ってしまうこと。

 そしてもう一つ。マルスが戦う理由が、失せてしまうこと。

「私の“奇跡”は。“憧憬”、“恋物語の主人公”というそうです。」

ティキが選べるのは、時間稼ぎだけ。マルスを殺すことは出来ない。出来ないのではなく、殺し方がないのだ。幸いにして、マルスはそれを知らない。

「幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし。そう言うには、まだ障害が多すぎる。そう思いませんか?」

剣を撃つ。炎柱を建て、氷槍を放ち、水流を流す。

 その悉くを紙一重で回避されながら、ティキはマルスに近づかれる。


「幸せ?復讐鬼は幸福になれんよ。己でその可能性を閉じている。」

「その可能性をこじ開けるのが、主人公の仕事です。」

振りかぶられた剣を、その剣先よりも高く飛ぶこと回避する。ティキは魔法使いだ。戦士ではない。

 近づかれないように飛行の魔法を維持し続けながら、自分に意識が割かれ続けるように攻撃を繰り返す。しかし、ティキはその攻撃をマルスに当てるわけにはいかず、また当てようとしていないことを悟られてもならない。


 ティキが戦うための条件は非常にシビアだった。しかし、ティキはマルスをその場に縫い留め続けていた。

「私は、シーヌと歩く未来が欲しい。……あなたがシーヌを殺すというなら、私は先にあなたを殺します。」

「俺は姉さんの力になりたい。お前の夫を殺すことが姉さんの望むことなら、俺は奴を殺す。」

その想いは限りなく近く、しかし真逆のベクトルを持っていて。

 そしてその対象もまた、相対する敵同士のためのもので。

「邪魔です。」

「邪魔だ。」

しかし、最後の一撃は、互いに放たれないまま、決着はついていた。


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