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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
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連合からの使者

 アストラスト軍を滅ぼすために必要なのは、アストラスト軍の進軍である。

 アストラスト軍を再起不能になるまで叩くために必要なのは、彼らの精神的支柱ともいえるピオーネ=グディーを討つことである。

 ピオーネ=グディーを討つために必要なのは、アストラスト軍の侵攻が、ピオーネによる親征であることである。


 そこまでを前提条件として絞った時、ティキ=ブラウは己が取るべき行動指針を早々に決定した。

「紙。」

近く人控えていた兵士に命じて数枚、紙を持ってこさせると、二枚の手紙を書き記す。

 一つは、西側で戦線を張る四人に向けて。一つはアストラスト本陣に向けて。

 それを纏めてシーヌに預け、四人の指揮官に見せてもらうようにお願いする。

「あとは、待てばいい……。」

準備するものをすべて準備して、ティキは空を仰ぎ見た。

「勝つ。絶対に……。」

出来たら、アストラストとの決戦時にはチェガがこちらに居てほしかった。しかし、チェガはいまだケルシュトイル軍の中である。戦力的には心もとないが……ティキがやるしか、なかった。




 ティキの指示書に、西側にいる四人は従った。彼らが用意したのはただ一人、明らかに傷ついても簡単に死にそうにない雑兵一人である。

「仕事だ。この手紙を、アストラスト指揮官、ピオーネ=グディーに渡してこい。いいか、必ず、ピオーネに渡すのだ。」

アルゴス麾下の兵士は、素直にそれに返事を返して、手紙を受け取り出立する。

 その背中が遠くなったのを見とどけてから、ブラスは呟いた。

「あれを放置しろってのも、酷い話だよねぇ。」

「だが、何をしたいかはよくわかる。……二手に分かれたな。」

ブランディカ軍の密偵。小国家連合の情報を得るため、三大国は密偵を放っている。外から多少見られる程度なら、小国はあまり気にせずに放置している。


 大きく動く時の作戦を知られなければいい。多少の密偵は、むしろ見逃しなさい、とティキも命令していた。密偵にすら深く入り込まれない限り対応できない連合、というイメージを抱かせることが、敵の油断に繋がるから、という理由らしい。

「一人はブランディカに、一人はこちらの使者を追った。体格や訓練の様子も見ていたようだから、密偵一人で使者を討ちに出ることはあるまい。」

「で、手紙の内容はなんなんだい?」

「予想は出来るが、明言はやめておこう。“災厄の傭兵”に関わることであるのは、間違いないだろうがな。」

アルゴスはそう言うと、遠い未来を覗くかのように空を仰ぎ見た。

「ティキ=ブラウに、シーヌ=ヒンメルという足かせがなければ、もっとスマートな勝利方法があったはずだ。」

誰にも聞こえないように呟かれたその言葉は、碧い空の中に吸い込まれていった。




 連合、アルゴスの軍から放たれた使者は、アストラスト軍の指揮所まで、ひたすら走っていた。

 どうして自分が、と彼は思う。どうしてクティック軍が、と彼は思う。

 だが、指示を出しているのが冒険者組合所属の女だとは知っている。クティック軍が束になってかかっても勝てない一人に命令されていることは知っている。

 だから、彼はひたすらに走っていた。


 ここは、“神の住み給う山”だ。鬱蒼と生い茂った木々に、神獣たちの消えうせた、生物の息が聞こえない大地。

 だが、だからこそ追跡するのにはうってつけの場所だと、彼は薄々勘づいていた。


 彼の家は代々狩人をやってきた。“神の住み給う山”が“神の住み給う山”と呼ばれていない頃、彼の父はここで狩猟をして生計を立てていた。

 その技術を継いでいるからこそわかる、この見晴らしの悪い山の特徴。

 後ろから後をつけても、逃げる側には居場所を特定しづらいのだと、なんとなくわかる。


 彼に政治はわからない。彼に軍略はわからない。

 だから、追跡者が彼を攻撃することはないことを、彼は理解できない。追跡者の使命は、彼がもたらした手紙が、アストラスト軍にどういった影響を及ぼすかを知ること。

 だが……それを理解できないクティック軍所属の使者は、ひたすらに山を、走っていた。


 彼が感じているのは、恐怖である。死ぬかもしれない、撃たれるかもしれないという、恐怖である。

 そして、必死に走る使者を追い掛ける追跡者は……その恐怖を、理解できない。


 死ぬかもしれないという恐怖で逃げている。それを理解できない追跡者は、使者が必死に走ってアストラストに向かう理由を、急がなければ手遅れになるような書信を運んでいるためだと考えた。

 必死に、影も見えない追跡者から逃げる男と、追跡していることを悟られないように追いかける追跡者。その追いかけっこは、アストラスト軍の中に使者が入っていくまで続けられ……。

「それだけ、重要な手紙であったのだろう。」

彼が受け取った返事をこっそりのぞくために、アストラスト軍の警備からギリギリ離れた地点で、待機した。




 使者は半日かけて、アストラスト軍の指揮所に辿り着いた。足場の悪い山の中で手紙を届けに行ったにしては、尋常ではない速さである。

 アストラストに無事辿り着けた使者は、安堵から座り込み、数分間放心していた。


 アストラスト軍の人たちは、指揮官から一兵卒に至るまで、その手紙が重要な手紙であると考えた。

 なぜなら、ここへ来た使者は汗だくで、届け切った安堵から座り込むほどである。

 使者は生きていることに安堵していたが、アストラストからしてみたらこの戦場で使者が殺される事態はないと考えている。その認識の齟齬が、手紙を無事届けたという安堵での放心という誤解に繋がった。


 ティキは実は、この使者とアストラストの認識の齟齬まで、読んでいた。

 その上で、アルゴスにこう指示させたのだ。

「この手紙を、必ずピオーネ=グディー様に渡せと、指示されております!」

そう叫ぶ使者を見て、誤解はより深くなった。

 使者の持つ手紙が、それだけ大事なものだとアストラストに認識させた。小国家連合の行く末を左右しうるほどに重要なものだと考えた。


 その認識は、間違いではない。ティキにとって、この手紙はある意味博打だ。

 アストラストの対応によって、ティキが取るべき手段が三つに分かれる……が、同時にティキはわかっていた。

 ティキの望む結末になると、ティキは九割九分確信していて……

「この使者に、鞭打ち50。」

その手紙を読んだピオーネは、憤怒と冷酷が合わさったような表情をして、ティキの望む展開に、話を繋げた。


 その判断がどういうものかわからず、近習が手紙を流し読む。そして、意味が分からないと言うように、ピオーネを見上げた。

「殺すなよ。生きて陣に戻ってもらう必要がある。」

鞭打ちが始められ、苦悶の声を上げる使者を流し見ながら、ピオーネは告げる。

「へ、返事は書かなくてよろしいのでしょうか?」

「要らん。鞭打たれてボロボロの使者殿が最上の返答だ。」

ピオーネは天幕へと帰り、あえて尊大に腰を下ろす。遠目でそれを見ていた主要な武将たちは、粛々と彼女の天幕に集まった。


 侍従が彼らに手紙を渡し、全員が一通り目を通すと、ピオーネは笑った。

「巧妙な罠に見せかけた、本音だ。わかるな?」

そうピオーネが切り出すも、将たちは不思議そうに頭を捻るばかりである。

 彼らがこの政治交渉を理解できないことを悟ると、ピオーネは侍従にまず手紙を諳んじさせた。


「拝啓、“災厄の巫女”ピオーネ=グディー殿。」

「要約しろ、時間の無駄だ。」

便箋一枚読み上げると、かるく30分は過ぎてしまう。それを嫌がったピオーネの命令に、侍従は素直に従った。

「マルスの件は非常に残念だった。彼はしかし、戦場の理に従って死んだ。それによって起きるであろう齟齬について確認したい。」

「我々はマルス=グディーを失っても、グディネ、ブランディカ両国との均衡を維持している。それは偏に、アストラストがいつでも両国を襲えるよう、準備しているからに他ならない。」

「我々はグディネに勝つ秘策がある。しかし、ブランディカが邪魔だ。あなた方にはブランディカを攻め、これを打ち倒してもらいたい。弟を失っても、あなたが我らの共闘相手であることを望む。」


 そう、ティキが綴ったのはおおよそこんなところである。それに対して、ピオーネが取るべきだと考えた手は一つだった。

 この瞬間をもって、“神の住み給う山”に進軍すること、である。

「前提として、グディネ、ブランディカ両軍と上の小国家同盟が均衡を保てているのは、我々が攻め込んでいないから、だ。」

将たちが大きく頷く。

「ゆえにこの手紙が真に伝えていることは、だ。我々が“神の住み給う山”に攻め込むと、小国家たちは対処に困る、ということだ。」

「ですが、誘いでは?」

これを見て、ピオーネたちが“神の住み給う山”に進軍すれば、迎撃できる……というより、撤退させて後顧の憂いを絶っておきたい。そう思わせるような内容でもある。


 アストラストの気が良くなるように、同盟を下にするような書き方をしていることからも、この文面は切実にアストラストとブランディカが衝突してほしいと言っているように見える。そして、それが明らかだからこそ、将たちはこれが罠だと感じていた。

 自分の弱点を、同盟ではない、ただの共闘相手に晒すという行為。これこそ、この弱点を襲ってくださいと積極的に言っているように、将たちは見えるのだ。

「そう思わせることが、敵の狙い。」

ピオーネは断言する。

「自分たちの弱点を示すことで、対応策があると錯覚させる。そうすれば、私たちはそれに嵌ることを避けるためにブランディカと戦う。そう、彼女は見ているのです。」

相当、切れ者だ。そうピオーネは結論付ける。


 ピオーネがそう断言できる根拠は三つ。

 一つは、純粋な実力差。策略や地の利がいくらあると言っても、小国家同盟は山の中に籠城している状態だ。籠城戦自体に時間制限がある上に、策と地の利があって初めて二大国と拮抗する状態。これでどうして、アストラストに罠を張る余裕があるだろうか。


 二つは、使者の様子。必死にここまで走ってきた……まるで、同盟の行く末を左右するかのように。

 実際、急ぐ必要があったのだ。もしアストラストがマルス=グディーの死を理由に共闘を破棄し、“神の住み給う山”に進軍したのであれば。

「それをさせないためにも、彼らは私をここに、“神の住み給う山”の麓に押さえつける必要があった。ついでに、ブランディカと互いを削り合えば、小国が大国を相手する必要がなくなればいい。」

そのために使者は必死に走ったのだ。自分たちに進軍されると困るから。


 最後の根拠は、彼女の持つ“三念”、“未来予見”の権能。彼女はそれを使って、ブランディカとの争いの結末を見ていた。なぜか死亡していたバルデス=エンゲと、彼を失ったブランディカ軍が、アストラスト軍を半壊させる様子を。同時に、遠くから攻め立てられて崩壊していくブランディカ軍も。

 ティキ=ブラウは、ブランディカ軍とアストラスト軍をかち合わせた上で、諸共崩壊させるつもりだ。漁夫の利狙いであるならば、素直に従ってやる必要はない。

「全軍に告ぐ。二日後、日の出とともに“神の住み給う山”に進軍する!用意せよ、我々に敗北はない!」


 そう宣言しながら、同時にピオーネは内心で覚悟を決めた。

 “未来予見”を持つ彼女は、この選択をした時の未来を見ることが出来なかった。つまりは、ピオーネが死ぬような未来が、そこにあるということだ。

「アストラストが負けなければ、いいのよ……。」

自らの死をもってしても、国のためになる手を考える。


 彼女は、真に、将だった。


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