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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
戦災の神山(前編)
177/314

東側、開戦

 西側戦線が動き、ブランディカはアストラストに進軍した。

 その半日後にクティック王国騎馬兵団は移動をはじめ、その二時間後にニアス、ケムニス、ワルテリーの三王国は投石機で木投げを始めた。


 その、時間にして一日と半分ののち。ブランディカ軍が仕掛けられた落とし穴に用心して、一時間に3キロだった行軍を一時間に1.5キロまで落とした頃。

 東、新生グディネ竜帝国は待ち構える敵軍、『小国六ヵ国同盟』とやらの偵察を終えた。

「そなたの言う通りであったな、我が許嫁よ。」

「ありがとうございます、しかし、まだ許嫁ではありませんよ。」

グディネの指揮所、最大の天幕のなかで、建前上の総指揮官たるエルフィンが笑い声をあげる。

 この戦争に勝てば、戦績は彼のものになる。彼の指揮下で成果を上げたとして、ここの実際の指揮官たる“群竜の王”ビデールは報奨を受け取るだろう。


 それは、彼が大公であるがゆえ。王座に最も近い地位を有し王座を奪取できるだけの名目を有するがゆえである。

 新生グディネ竜帝国は、皇帝派と貴族派に分かれた権力争いもどきが行われている。とはいえ、今のそれは形式だけ、プロレスだ。

 だが、貴族派のトップに大公が……ビデールが祭り上げられるようなことになってしまうと、その時点でプロレスは本格的な権力争いに変わってしまう。


 という建前。面倒なことではあるが、つまりは皇室のものが実績を建てたという名目を得るために、指揮官に抜擢されたのが、エルフィン第二皇子……若干30歳のお坊ちゃんだった。

「さて、ミラ王女殿下。」

名目上の上機嫌な指揮官に変わって、実質上の指揮官であるビデールが声をかける。

「どうかいたしましたか、ビデール閣下?」

「いや、小国七……いや、『小国六ヵ国同盟』の情報を得ていたということは、やはり誘いを受けたのであろう?」

ケルシュトイル公国が最初から敵であることを疑っている。ビデールのそれは、そういう考えがあることを匂わせるもの。


 ミラは『やはりそう来た』という思考を表情から取り去りながら、毅然とした態度で否定した。

「確かにそういう申し出はありました。それは否定いたしませんが、新生グディネ竜帝国が自治を確約していただいたため、博打を打つ必要はない、と父上が申されておりました。」

正式には、第二皇子とミラの子を、新生グディネ竜帝国ケルシュトイル領における領主とする、という意向。

 同時に、遠回しに『判断基準は父上に聞け』というアピールをし、自分は指示に従っているだけだと印象付ける。


 ビデールはそれでも僅かに疑いの目を向けていたようだが……すぐに、視線をミラから外した。

「まず、小手調べから行こう。」

戦のセオリーに従って。そう主張するかのように、彼は静かに呟くと。

「騎馬隊を出せ。数は五千。一度だけぶつかって、すぐに引く。三度繰り返して敵の堅さを調べる。」

僅かに、何か考えるような仕草をした後。

「ミラ王女、ケルシュトイル公国からも五百名ほど、参加していただきたい。」

「承知いたしました。しかし、あなた方と合同訓練をしたことはないので、息を合わせる自信はありませんわ?」

「構いません。そちらで用意できる最も優秀な指揮官に指揮させていただきたい。」

何を考えているのか、天幕にいる人間たちの半数にはわからなかったかもしれない。だが、ミラにはわかった。そして、傍でミラを護るチェガにも。


 これは、踏み絵だ。本当に上の六国と手を組んでいないのか。本当に、本気で攻めることが出来るのか。

「チェガ。」

「ハッ。」

「あなたが、やりなさい。」

「構わないのですか?」

「ええ。……“災厄の傭兵”と、やり合いたいのでしょう?」

今作った、適当な理由だった。だが、チェガはミラのその無茶苦茶に合わせてきた。

「傭兵としては、やり合ってみたい。しかし、私は今、ミラ様に仕える身ですが。」

「好機があるなら、掴みに行くものですよ。」

ビデールは目の前で行われている茶番劇を興味深い目で見ていた。が。軽く頷くと、

「チェガ。貴様がひとかどの実力者であるということは見ればわかる。……期待している。」

期待。何の期待だろうか、とチェガは内心嗤う。


 後ろから刺される期待だろうか。戦力として優れていてほしいという期待だろうか。どちらにしろ、やることは変わらないなとチェガは思う。

「了解いたしました。不肖このミラ=ククルが護衛、チェガがその任、しかと果たして見せましょう。」

そう言って、不敵に笑った。




 ケルシュトイル公国、本陣。

 ミラは自分に宛がわれた大きな椅子に身を投げ出して大きな息を吐く。

「いいのか、お嬢様がそれで。」

「いいんですよ、あなたしか見ていません。」

いや、俺が見ているんだが、という言葉は飲み込んだ。

「ティキ様がこの展開を読んでいてくれて助かりました。」

「とはいえ、加減しないと同盟からは疑われる。逆に加減しすぎるとグディネから疑われます。」

「大丈夫ですよ、あなたの相手はティキ様がしますから。」

驚いたように、チェガがそちらを振り返る。ミラは『わかり切ったことです』とでもいうように空を仰ぎ見て、告げた。

「本当にあなたを“災厄の傭兵”とぶつけるわけがないでしょう。そんなことをしたら、夫さんが出ばれなくなる。」


 呆れた、というようにチェガも上を見た。

「つまりなんだ、この戦自体、ほとんど仕組まれているわけか。」

「ええ。小手調べで私たちのグディネに対する忠誠を見ることはわかり切っています。そして、小手調べで“群竜の王”自身が出ることはあり得ません。」

そりゃそうだ、とチェガも同意する。必要なのは、情報。小手調べは相手の指揮者の練度、堅さ、そして能力を見るものだ。

 最初から対象が出向く戦争というのは本来ない。大将が出るのは、決戦を前提にした大一番のみ。

「だが、俺はティキと戦っても勝ち負けはつかねぇぜ?」

「2時間、戦えばいいんですよ。多分、そのころには三度の突撃を終えます。」

「待て、それ、俺ら3回突撃できなくね?」

「ええ、出来ません。同時に、必要もありません。なぜなら……。」




 ミラが言った光景は、その2日後に、現実の光景として現れた。

 ケルシュトイルの旗は、第一次突撃部隊、左翼の後衛にあった。1度目の突撃後、2度目の突撃でケルシュトイルが前線に出る。そういう予定だったのだ。

「マジかよ、それやるのか、ティキ。」

ほとんど口の中で呟いたそれを、聞きとがめたものはいなかった。しかし、不用心だったかと少し心を落ち着ける。


 ティキがやったのは至極単純。

 初手から、全力で、“剣の雨”である。

 一定程度ちゃんと魔法防御をしておけば欠片もダメージを受けることはない。ティキのそれは、広範囲に渡らせる場合、意外と集中力が必要なことを、チェガは知っている。

 そして、遠距離から一度に千単位の命を奪おうとすれば、その威力が著しく落ちるといいうことも。

 だが、究極の初見殺しにして大勢の神獣たちの命を奪った爆撃は、騎馬兵団においても有効だった。グディネの中でも比較的質の悪い、それでもケルシュトイルよりはるかに統率の取れた彼らが一掃されたことで、ベリンディス軍が勢いに任せて攻め込もうとしてくる。

「チィ、お前ら、下がってろ!」

こうなってくるとチェガに出来ることなど至極単純なことだ。


 魔法で槍を形作る。魔法で腕に力を込める。

「お、らあぁぁぁ!」

力任せの大暴投は、敵の目と鼻の先、誰もいないところに落下する。だが、落ちた槍が巻き起こした激風によって、多くの兵士たちが吹き飛ばされ、木々にぶつかって絶命する。

「必要な、犠牲だ……。」

自分に言い聞かせることでほとんど裏切り同然の行為を正当化したチェガは、そのまま全力で駆けだそうとし……

「そう、するよな!」

空を飛んでこちらへ襲い掛かってきたティキと、激突した。




 “群竜の王”ははるか上空に。ティキの蹂躙劇とチェガの決死の抵抗を、その目に焼き付けていた。

「あれがいたのでは、小手調べは失敗ですね。……チェガ、あれも、私並みに強い。」

受け入れたくない事実を、淡々と受け入れる。そうしていないと、冷静さを保つのは無理だった。もし戦時下になかったら、誰にも居場所を知られるわけにはいかないという意識がなかったら、とっくに喚き散らしていただろう。

 チェガとティキが正面衝突するに至って、ビデールはケルシュトイル公国を信用した。

「二人が本人たちの全力を出していないのは……味方への被害を考慮して、ですね。強すぎるというのも困りものです。」

そう言って、乗った竜を転身させる。

「撤退、させますか……。」

渋々、というように、ビデールは呟いた。

「まずは、無事に帰るところからですね。」

戦に絶対はない。それは、この瞬間に戦うことをしていないビデールにとっても、同じことだった。




「どういう、ことだ。」

一度、グディネ軍が襲ってきた。だから、楽々撃退し、ベリンディスの奴らと酒を飲もうと考えていた。

 撃退はとても容易かった。威力偵察だということがよくわかる戦闘だったし、何より指揮官が兵に被害を出さないように戦っていた。

 だからこそ、マルスは思う。これは、どういうことだ、と。

「貴様……何のために、こんなところまで俺を呼んだ?」

魔法で、どこかに転移させられた。それができるのは、“次元越えのアスハ”クラスの、転移魔法の使い手だけ。

「わからない、だろうな。」

少年は口を開く。

「お前のことは、僕は知らない。」

だが、何を為したかは、知っていた。

「お前を、殺す。」

敵も味方もいない、『神の住み給う山』南側、その麓。

 シーヌ=ヒンメル=ブラウは、“災厄の傭兵”マルス=グディーと、対面した。


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