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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
神の愛し子
133/314

恋物語の先に

 食事はとても美味しかった。わかり切っていたことではあるが、冒険者組合が指定する宿に間違いがあるはずがない。

 シーヌは師匠に、食べ物については何も教えてもらっていなかった。シーヌにとってはもう必要ないと思っていたものだったし、それをアスハも感づいていたからだ。

 だが、ティキは違う。シーヌが切り捨て、アスハが教えなかった『料理の味』は、ティキにとってはとても大事なものの一つであった。


 いくらティキが家庭の環境上ろくな贅沢ができないとしても、食事は別だ。デイニール魔法学園に通っていた以上、食事風景は嫌でも人の目に入る。アレイティア公爵家の令嬢が粗末なものを食べていると知られれば、それだけで家の恥になってしまう。

 使用人たちに命じて徹底的に他者との交流を絶たせ、学園での勉学でその才のほどを確認し、卒業までくらいは数少ない自由の時間を与えてやろう。その結果がこの、ティキの冒険者組合入りをさせてしまった理由である。

 同時に、ティキに料理の味という数少ない贅沢を教え込んだ状況であった。


 ティキが満足そうにフォークを置く。その表情は、ティキがここの食事に満足したことを示していた。

「久しぶりに食べ物を食べた。そんな気になるね。」

そんなティキのセリフを、シーヌは何も言わずに受け取った。ティキの数少ない娯楽に口出しする気には、あまりならなかったから。

 それに、シーヌにとっては食事は栄養摂取である。これを娯楽として楽しんでいるティキに話を合わせられないのはわかっていた。ティキが美味しそうに食事をとる風景が、シーヌのもっぱらの食事時の楽しみ方である。


 それをティキもわかってはいるから、多くは語らない。普段の食事をもう少し美味しくしたいな、という遠回しなアピールをしているだけである。

「女将さん、ごちそうさまでした。」

「はいよ。水はどうする?」

「桶に三杯。それ以上はいりません。」

「それなら上に用意してある。タオルは二枚でいいね。」

「はい。では、よい夢を。」

「はいよ、おやすみ。」


 体を拭くための準備も、滞りなく終えているらしい。VIP扱いもいいところである。普通の宿であれば、井戸から自分で汲んで外で体を拭くものだ。

 つまり、水が飛び散ってしまってもいいような施設が、この宿にはあるらしい。シーヌとティキは宿泊部屋側に出て、すぐにそれに行き当たった。


 全面石造りの家。その中でも、特に防水に力を入れていそうな部屋を見つける。そこでシーヌとティキは体を拭いた。

 シャワーの魔法も使わない。乾燥地域であるこの辺りでは、毎日シャワーなんてものをするとすぐに肌が荒れるのだ。当然、お湯に浸かるなど以ての外である。


 そうして二人寝る準備を終えると寝室に向かって歩いていく。宿の机の上においておいた荷物も運んでいるので、軽く重労働だ。

 だが、浮遊させたりなんなりでさっさと荷物を運び終えると、シーヌはベッドの上にトンと腰を下ろし、再び資料を読み始める。


「シーヌ?」

「何?」

「大丈夫?」

何が?という疑問が喉元まで出かかった。続いて、気付いていたのか、という感情が続いた。

「わかるよ。あなたの妻なんだから。」

顔に出ていたのか、とシーヌは嘆息する。そのまま資料を畳むと、荷物の上へと置いた。


 疲れる。そうシーヌは嘆息する。

 復讐心を持ち続けることは、簡単だ。だが、燃えさかる暗い炎を溜め続けると、やはり心はすり減っていく。

 師匠と会って、復讐のために修行に明け暮れた日々を思い出した。資料を渡されて、読みふけって、必死に復讐を叶える方法を探し出し続けた。


 そんなことをし続ければ、心は確実にすり減っていく。ティキはそのシーヌの限界を悟って、「大丈夫?」と聞いてきたのだ。

 そろそろ一度休まなければ、倒れる。復讐をある程度為しているからこそ、シーヌの心は休息を必要とするほどに擦り切れていた。

「私は『歯止めなき暴虐事件』って呼ばれた事件について、概要しか知らない。」

それは、シーヌが話してくれる日まで待っている。

「でも、だからこそ。私は、シーヌの『復讐』っていう非現実から現実に引き戻すための、楔でありたいって思っているよ?」


 疲れたら、休む場所になりたい。あなたを癒す場所として、私はここにいる。

 ティキはそう、シーヌに告げる。

 ずっとずっと、伝え続けってきたつもりだった。だが、それは、直接的にはまだ、一度たりとも言っていない。


 伝われ、とティキがシーヌに目を合わせながら、思う。復讐という非日常に、日常的に接しているティキだからこそ、シーヌの甘えられる場所でありたい、という想いは強い。

 シーヌも、それを素直に受け取った。

 最初はただの依存としてシーヌについてきていたティキのこと。受け入れるわけにはいかないと思っていたティキの恋情。

 結婚式を挙行し、魔女によって“奇跡”の話を聞いて、シーヌはようやく、それを依存ではないと受け入れる。


 最も、その覚悟すら“恋物語の主人公”によって作られた可能性もあるわけだが……そんなものは今更である。“奇跡”がシーヌに行ったのは、最初の一目惚れの一瞬を作り上げることだけ。順調に恋愛感情を育んできたのは、シーヌとティキの今日までの時間だ。


「ティキ。」

「なあに、シーヌ?」

小悪魔のような微笑みを浮かべながら、ティキはシーヌの瞳を見続ける。

 たった二人きりしかいない宿。一週間もある滞在日時。

 ティキが、シーヌを自分から一生離れられないようにする好機は、いまこの瞬間。


 そう。ティキの目論見は、純粋に甘えてほしいという感情だけではなく、これからもシーヌを捉えて離さないための最大の足枷を与えること。

「甘えて、いい?」

「もちろん。」

二人は初めて、お互いをギュッと抱きしめる。抱き合いながらキスを交わし、その心から互いを求める。

 二人の夜は、まだ始まったばかりであった。






 水を作り出して互いの体を拭い合った。こういう時、魔法があってよかったと心底から思う。

 ベッドの上を片付けると、シーヌは荷物の上から資料を取って読みふける。

 ちょっとだけ落ち着いた憎悪の炎が、その資料を目に入れえるだけで再び火がつくのを感じた。


「結局、行きつく場所は同じなんだ。」

シーヌは今まで、ティキと結婚してからずっと思うことがあった。

 もしも、ティキが復讐をかなえることよりもかけがえのないものになったら、自分は復讐をあきらめることになるのだろうか、と。


 昨日、夫婦として為すべきことを為してから、思った。

 過去は決して切り離せはしない。

 そして、過去歩んできた道程を、無視することも決してできない。シーヌはクロウの生き残りだ。全員が殺されてしまったあの街の、唯一無二の生き残り。

 それとして、復讐をかなえるべく研鑽してきた日々を、シーヌはなかったことに出来なかった。


 良くも悪くも、昨日のことで全てを割り切ることができてしまった形だ。即ち。

「全ての復讐を終わらせて初めて、僕は前へと歩き出せる。」

言葉にしてみると、とても簡単なこと。だが、それだけに、道は長い。

「シーヌ?」

自分を心配そうに見つめるティキと、目が合った。その瞳に映る映る自分の瞳は何かに傷つき続けているように痛々しい。


 復讐の路を歩むと決めた。その決意は日々が流れた今でも変わらない。

 この目の前の少女がいなければ、シーヌは自分に、「このまま歩んでいいのか?」と悩むこともなく、復讐の旅路を完遂し、そして誰にも知られず朽ちていた。

「ティキ。」

「何?」

「……これ、預けとく。」

シーヌは全財産をティキに渡す。一貫しない、そして動機のわからない行動にティキが首を傾げる。

「……もし僕に何かあったら、ティキは一人で生きていかないといけない。」

シーヌははっきりと、「何かあったら」と口にした。


 今まではそこを明言することはなかった。シーヌの心の内で、ティキをどのタイミングで切り捨てるか、置いていくか、預けるかと悩んだことはあった。

 だが、ティキを置いて死ぬかもしれない、ティキはその時一人で生きていくのだと明言したのは初めてのことだ。


 その時のことを考えるセリフを言われて、ティキは怒ったようにシーヌに迫る。だが、シーヌは手を前に出して押しとどめると、続きを吐いた。

「もしも子供が生まれたとき、ティキは一人で育てていかないといけない。」

そういうことをしたのだ。その責任があるのだとシーヌは説得する。

「僕の復讐の旅路に、さすがに子供は巻き込めない。わかるね?」

ティキはその言葉にハッとしたように息をのんだ。

「そして、妊娠した、お腹の大きな君も連れて行くわけにはいかない。子供が中にいる状態での殺し合いは、子供にどんな影響を与えるかわからない。」


 それは、そうだ。ティキは二度、三度、深呼吸する。

 以前、ティキはシーヌに、シーヌの子供が欲しいと言った。その種は確かに仕込まれた。

 ちゃんと受け入れられたかどうかはわからないが、子が出来たらうれしいと思っている。だが、その欲望が叶うことは即ち、シーヌの旅についていけなくなることを示している。


 ティキはまだ、答えを示せないとでもいうかのように首を振る。その反応はシーヌも予想済みであった。

「大丈夫、まだ身ごもったわけではないし、念のためだよ。それにね。」

最初からこちらの理由を言えばよかった。シーヌは後悔と共に、もう一つの理由を口にする。

「復讐の旅は、止められない。ティキは絶対についてくるでしょう?なら、ティキが快適なように、そのお金は使ってほしい。」


 この旅は、シーヌにとっては最初からわかっていたもの。だがティキにとっては、結婚してから初めて知ったものだ。

 シーヌの生き方は変えられない。復讐することもやめられない。だが、その目標以外をティキの好みに合わせることくらいはできる。

 例えば、道中の食事。例えば、休憩の時間の語らい。例えば、寄る街寄る街での宿。


 全くそれらに無頓着なシーヌが、それらの決定権をティキに差し出したことの意味。それをティキは、回転が速いその頭で理解する。

 ついに『責任』という言葉を受け止めたからこその、シーヌの決意だった。

「……もう。」

一言、ティキは呟いて、シーヌの胸に頭を預ける。


 心地よい温もりと、服を濡らす水の感触にシーヌはかける言葉を見つけられず、頭を数度、撫でた。

「おそ、すぎるよ、シーヌ。」

「……ごめん。」

それ以上にかける言葉が見つけられず。だが、だからこそ、今感じる感情の全てを込めた、ごめんだった。


 ティキは涙にぬれた顔をあげて、シーヌを見上げる。瞼を閉じたその瞳に、シーヌは何を求められているのかを察して。

 重なり合った唇に、ティキは初めて、『夫婦』を感じた。


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