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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
青の花嫁
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祝勝記念の宴で

 セーゲルを襲った三つ目の災いは収まり、セーゲルは一時の平穏を取り戻した。

 次は、エスティナが聖人会の央都レイに向かい、彼らを説得するだけである。

「今日は祝勝記念だ!宴にするぞ!!」

ガセアルートのその叫びによって始まった宴は、一昼夜続き、セーゲルの街の喧騒はその日、止むことはなく……。


「シーヌ、ちょっといい?」

宴会の料理を頬張り、あちこちで兵士たちに挨拶されるシーヌに、ティキは声をかける。

「もちろん。場所を移そうか?」

「うん。宿に帰ろう。」

二人はそそくさと、人目から逃れるように場所を移動した。シーヌはいくつかの果物を見つけると、片端から荷物の中に放り込みながら。


 宿に着くと、シーヌはすぐさまその果物をティキに渡して言った。

「出発は一週間後らしい。新鮮なものは食べれる間に食べたほうがいいよ。」

「そうするよ。……どうして一週間なのか、知っている?」

「知らないけど。ティキは知っているの?」

「うん。でも、シーヌが知らないならいいや。」

「なんだ、それ。まあ、ティキがいいならいいけど。」

そう言って、一口果実をかじるシーヌ。

「で、それだけ?」

「ううん。あとでアフィータさんがここに来るって言っていたから。」

ああ、用事で呼び出されていたのか。一言シーヌはそう呟くと、手に持ったリンゴにかぶりつく。

 その甘さに「甘すぎないか」などと顔を顰めつつ、もう一口齧る。


 いつしか、部屋はシーヌとティキがシャリシャリと果物をかじる音だけが響くようになっていた。

「妙な空気過ぎない?」

「静かだね……だけど、よそ者が祝勝記念で騒ぐのもどうかと思うし。」

「……敵将を討ったの、ティキなんだけど。」

「まあ、そうなんだけどね。私たちはまだ主役になる機会があるし。」

何のことかわからずシーヌは首を傾げるが、彼女はただただ微笑むだけで語ろうとはしない。

「ティキ、そう言えば。」

この機会だし、話しとこう。シーヌはそう思い立って、近くにあったタオルを濡らして手を拭う。



「ごめんね、ティキ。」

彼女はミカンの皮をむいている途中で手を止めて、「何が?」とでも言うように首を傾げる。

「僕のせいで血なまぐさい生活をさせてしまっているからさ。」

「大丈夫だよ。シーヌがいなかったら私、生きていけないから。」

純粋に生活を見るのなら確かにそうだが、精神的なものではない。もうティキは、シーヌに精神的には依存していない。

 どうしてか、そしていつからかはわからないが、シーヌはそう感じていた。

「ティキが望むなら、ここで降りられるよ。」

セーゲルで、僕と別れる道がある。シーヌは暗にそう告げている。


「ティキがセーゲルで果たした役割は大きい。セーゲルとシトライアを繋ぐパスを作って、何人もの貴族と渡りをつけた。」

「仕事だったから。シーヌに都合がいい情報は、何も持ち帰ってはこれなかった。」

「関係ないよ。大切なのは、セーゲルに貢献したということだ。……そして、その功績は、セーゲルが無視できるものではない。」

あくまでシーヌと居続けるつもりで話をするティキと、自分の旅路で彼女を巻き込みたくないシーヌの話は、互いに噛み合わない。だが、互いが互いに何を言いたいのかは理解していた。

「僕は、これ以上巻き込みたくないんだよ、ティキ。」

「私はあなたに巻き込まれていたいの、シーヌ。」

息の合った二人の掛け合いは、シーヌが折れる形で収まりを見せた。というより、シーヌがおれなければ収まらない。


「……結婚した以上、僕の責任だからね。」

「……重荷、かな?」

ティキは、彼が重荷だというのであれば譲るつもりはあった。が、シーヌはそこまで思っているわけではない。

「逆だよ。……大事だと思っているから、ティキに一緒に来てほしくないんだ。」

彼女には何度も助けられている。邪魔だと言ってティキを邪険に扱う資格などシーヌにはない。それに。

「僕は、ティキのことは好きだよ。」

滅多なことでは言うつもりのない本音を、シーヌは言った。

「ティキのことが好きだから、余計に……好きな人の手を、これ以上血で染めたくはない。」

十分手遅れである。そんなことは、シーヌも重々承知している。


 それでも、シーヌはティキには、無垢な少女でいて欲しかった。

「……私も。」

ティキは少しだけ待ってから呟きを返す。ほんのわずか、かすかな呟きではあったが、それはシーヌの耳に鮮明に伝わってくる言葉で。

「シーヌのことは、大好きだから。大好きになったから。」

まだ、出会ってから二ヵ月を少し超えた程度の関係だ。結婚も、シーヌの片思いと、状況が生んだ、通常ありえない者同士の産物だ。

 それでもティキはシーヌのことが好きになったという。彼女の人生を拘束し、流血沙汰の人生を歩ませることになったというのに。


「好きになっちゃったんだから、恋しちゃったんだから。」

シーヌは本能的に、その言葉を聞いてはならないと思った。“復讐”が、最後の復讐を遂げることが叶わなくなると、そう警鐘を鳴らした。

 だが、彼女に対する誠意を見せるためにはきちんと聞き届ける以外に道はなく。

「結婚しちゃっているんだから!最後まで責任取ってよね!!」

これは、シーヌが死ぬまで、決して逃れえない呪縛。復讐のために自分の恋心すら利用した、シーヌの罪の総集。

「あなたには、ちゃんと生きてもらうんだ。あなたが死なないといけないと思っているのなら、私があなたについていって、私があなたの生きる理由になってやる。」

シーヌは茫然と彼女を見る。彼女が何かしらの覚悟をもってシーヌと接しているのには気づいていたが、ここまでの覚悟だとは思っていなかった。


「あなたが復讐に生きることまでは否定しないよ。でもね、シーヌ。」

「私は、あなたの妻だから。」

ティキはそう言うと、固まったシーヌの膝の上に頭を置く。

「大丈夫、あなたには、私がいるから。」

そう言うだけ言って、そのまま目をつぶる。すぐに寝息が聞こえてきて……。

「依存し始めているのは、僕の方か……。」

復讐のためだけに生きる。そう決意して歩んできた道のりでも、苦しみがないわけではない。

「甘えているね、僕は……気を付けないと。」

初めて気づいた自分の変化に、少しだけ危機意識を抱いたのだった。




 コンコン、と扉をノックした。返ってきた声は一つだけ。

 隣の彼と、訝し気に顔を見合わせて中に入ると、碧色の髪の少女の頭を撫でつける空色の髪の少年の姿があった。

 この二人は、たまにこういう、見ると恥ずかしくなるようなことをしていることがある。自分が膝枕をされたのは、いったいいつだっただろうか。

 少しそんな純真さに当てられながらも中に入る。重要な話をするためにここに来たのだ。今更、彼らを見るのが恥ずかしい、程度のことでは後に引けない。

「シーヌさん、この一週間の予定なのですが、お決まりですか?」

隣の彼が藩士の火ぶたを切る。私が彼らに当てられて話が出来そうにないと気づいたのだろう。

「いいや、決まっていないよ、ワデシャさん。」

「では、今日より四日後、つまり五日目の昼に、あなた方の結婚式を執り行います。」

ワデシャが告げた言葉にシーヌは一瞬硬直し、目を見開き、唇を震わせてから……

「ハイ?」

何を言っているんだこいつ、みたいな目をして、疑問符を付けた返事を返した。


 シーヌとティキの結婚式を挙行する。それはガレット=ヒルデナ=アリリードを討つという約束の報酬として、ティキが得た権利である。

 その権利を、ティキはここに滞在する一週間の間に使うつもりらしかった。

「……ティキは。」

「本気でしたよ、あの目は。愛されているね、シーヌ君。」

からかうように私は言う。彼はそれを見て、少し困ったように頬を撫でた。

「復讐を終えた後、か……。」

要求されているもの、考えなくてはいけないこと。

 シーヌは考えたくないというように頭を振り……仕方ない、とでも言うように溜息を一つ。

「僕に礼服の持ち合わせはありません。……タキシード、でしたっけ?選ぶのには……。」

「ちゃんと手順は組んであります。あなたは、来てくれるだけで構わない。」

元より、結婚式を挙行するという話はあった。準備も、抗争の傷跡が癒えぬうちからやっていた。


 シトライアに代表団を送らざるを得なくなったせいで遅れただけ。それなら、もともと準備していたものをそのまま持ってこればいいだけなのだ。

「挙式は納得しましたが……いいのですか、こんな時に。」

「こんな時だからだよ。今日の宴会と一緒……平穏を謳えないと、みんな心が沈んじゃうから。」

ティキが膝枕された状態のまま口を開く。彼女のその主張に、「なるほど」とシーヌは頷くと……

「やっぱり寝たふりだったんだ。」

「あれ、気づいてたの?」

シーヌの呟きに、顔を真っ赤にしながらティキが言った。起きてくるタイミングがおかしかったし、寝息が寝ている時のものとは違った。


 まさか同じテントで一週間近く寝起きしたのに気づかないわけがない。

「まあ。……いいけどさ。楽しみにしているね、ウェディングドレス。」

心にもないことを言いつつ、シーヌはティキを起き上がらせた。

 窓を何かが叩いている音がしている。だからシーヌは、そっと窓を前に押す。

「リランデリ。冒険者組合御用達の連絡鳥……。」

やはり。シーヌは懐から冒険者組合員のカードを取り出すと、その鳥はそこに飛び乗った。

「冒険者組合からの指令……何が来るのか。」

鳥の足に結わえ付けられた手紙をほどき、中身を読んで……。

「アフィータさん。」

シーヌは感情を読ませないように意識しつつ、彼女に声をかけた。


 しかし、ティキは気づく。彼の声に込められた感情が、それなりに大きいものであることを。

 それが正の感情なのか負の感情なのかは読み取れなかった。だが、彼が感情を隠そうと思うようなことは書かれているはずだ。

「バグーリダ翁のところへ案内していただけますか?」

シーヌは手紙から目を離し、外の喧騒を眺めながら言った。

 彼がアフィータに声をかけたその瞬間に、シーヌが『リランデリ』と呼んだ鳥は、大空に勝手に羽ばたいていた。


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