62.災厄のその後⑦
ヴィンス回想のため、次話前半までヴィンス視点に入ります。
視点替えが多く、申し訳ございません。
緑の葉が生い茂る浄化樹の下、うつらうつら眠っていると。
「……ス、ヴィンス!」
「ん……」
目を開けた先にいたのは、笑みを湛える黒髪に黒曜石の瞳を持つ快活な女性の姿だった。
「またこんな時間から眠ってたの? 全く、じいさんみたいなんだから!」
そんな彼女の言葉に私は苦笑いする。
「あはは、違いないよ。だって私は何百年も浄化樹と共に生きてきた精霊なんだから」
「そこは否定するところでしょ! 後“精霊”って安易に口にしないの!
でないと悪い人間に騙されても知らないよ!」
「そもそも君以外の人間に私の姿は見えないんだよ」
私の言葉に、彼女は「それもそうだけどー」とむくれる。
彼女は人間で私は精霊。
本来私の姿は人間には見えないはずだけど、彼女にはなぜか最初から私の姿が見えていて、声をかけてきたのだ。
『アンタ誰?』
声をかけられてきた時はとても驚いて逃げ出そうとしたんだけど。
(追いかけてきた挙句、捕まったんだよね……)
「……君くらいだよ。私を精霊として扱わないのは」
「だって精霊って言われても私には人間にしか見えないし。今だって信じてないからね?」
「それもそれでどうなんだろう……」
彼女との付き合いは長い。
多分、人間の年でいえば10年ほどは経っていると思う。
(人間で言うと、そろそろ生涯の伴侶というものを見つけてもおかしくはない歳だけど)
「君は、誰か好きな人はいないの?」
ふと疑問に思って尋ねた私の言葉に、彼女はなぜだか慌てる。
「は、はあ!? 何言ってんの!?」
「あ、ごめん。そんなに深い意味はなかったんだけど、人間は“生涯の伴侶”というものを見つけるんだろう? 結婚、だっけ。
浄化樹の下でもたまに……ぷろぽーず? だったり告白だったりしているのを見かけるから、君もそういう人がいるのではないかと思って」
この時の私は、人間についてほとんど何も知らない……、彼女から見聞きすることくらいしかなかったため、この日も純粋な疑問をぶつけてみたのだけど。
なぜだか彼女は、その質問だけには顔を真っ赤にして動揺からか怒って答えた。
「よ、余計なお世話だこの馬鹿!」
彼女の反応を見るに、この質問は無粋であり尋ねたら怒られてしまうらしい。
「ご、ごめん……」
怒らせるつもりはなかった私がシュンと項垂れたのを見て、今度は彼女が疑問を口にする。
「……そういうアンタは?」
「え?」
「好き、とかそう思うやつっているのか?」
彼女は不思議そうに尋ねる。
私は首を横に振って言った。
「私にはいないよ。そもそも“好き”の意味が分からない」
「…………あっそ」
聞いてきたくせに不貞腐れる彼女に対して、慌てて尋ねる。
「では、教えてくれないかな。“好き”って、どういう感情のことなの?」
「〜〜〜そ、そんなの自分で考えろ!」
「それが難しいんだよ……」
彼女は私の言葉にガシガシと頭を乱暴に掻いてから、息を吐いてそっぽを向いて答える。
「……つまり、この人といると楽しいとか、手放したくないとか離れたくないとか……、そういう感情じゃないのか? 私にもよく分からん」
「君が分からなかったら、私にも分からないけれど……、それなら私も抱いているかなあ」
「えっ?」
驚いたような彼女に向かって微笑み、口にする。
「君のこと。ひとりぼっちだった私の世界に飛び込んできた君は、私の唯一だよ」
「…………!?!?」
その言葉に彼女はより一層赤くなる。
あ、まずいと思った時には時既に遅く。
「っ、も、もう帰る!!」
「え!? ちょ、ちょっと待って! 怒らせたなら謝るから!!」
制したけれど、彼女はこちらを振り返らずに行ってしまう。
そんな彼女が心配で、私はその日初めて、浄化樹から離れてしまった。
それこそが悲劇を生んでしまう原因になるとは、この時の私は愚かにも夢にも思わなかったのだ。
「……やっぱり怒らせてしまった」
人間は難しい。
(私は、彼女の笑った顔が見たいのに)
彼女が家に帰って行くのを見送ってから、明日きちんと謝ろう、そう思って踵を返そうとした、その時。
「え……?」
なぜだかとても違和感を覚えた。
胸が苦しく、力が根こそぎ持っていかれるような、そんな感覚。
嫌な予感がして、見上げた先にあったのは。
「っ…………!?!?」
天から降り注ぐ、流星。
でもよく見るとそれは、流星なんかではなく……。
その正体に気がつく前に、無我夢中で走り出していた。
(まさか、まさか、まさか……!!)
こんなことって。こんなことになるなんて。
慌てて戻った先にいたのは。
「……なんて、ことだ」
見たことのないほど大勢の人間達だった。
その人間達は、彼女とは大違いの屈強な男達で。
そんな彼らは、あろうことか浄化樹に斧や鋸を向けていた。
「……やめろ」
私の声は、人間には届かない。
精霊は人間には見えないし、聞こえないのだ。
途方に暮れる私の頭の中で、彼女の言葉が蘇る。
『悪い人間に騙されても知らないよ!』
騙されてはいない。だって、彼らには私の姿が見えも聞こえもしないのだから。
……だけど。
(“悪い人間”は、本当にいたんだ)
私が知っている人間は、彼女だけだった。
だから、信じられなかった。“悪い人間”がいるなんて。
でも、今目の前にいるのは紛れもない……。
「……っ」
身体から魔力が満ちる。その魔力を、怒りを全てぶつけるように言葉を発した。
「浄化樹に触るなっ‼︎‼︎‼︎」
刹那、キィンッという音と共に彼らが地面に伏せる。
その間に浄化樹に近付いた私は、傷ついた木の修復を魔法で試みる。
だが、試みても試みても、木に宿っている魔力はまるで蒸発するように空へ舞い上がり、やがて四方に散らばって地上へと落ちていく……。
(どうすれば良いんだ。こんなことに、なるなんて……)
その時、頭の中で声が響く。
『ヴィンス、そなたのせいで浄化樹はもうじき枯れる』
その声は、我が主である天界に住む神の声だった。
私達精霊は、神の名の下に生を授かり、命を受けて生きているのだ。
私は神に向かってひれ伏し、言葉を返す。
「浄化樹が枯れる!? そ、そうしたら、瘴気の浄化は……」
『お主の想像通りじゃ』
想像通り。つまり、浄化しきれなくなった瘴気は地下世界から地上に流れ出て、彼女が住む人間界は……。
「っ、それは駄目です! どうすれば、人間界を守る事ができますか!? 神よ、お助けください……!」
『まだそんな甘いことを言うのか。お前は、人間に裏切られたんだぞ。
……浄化樹を切れば、人並み外れた能力を得られると考えるなんて、なんて愚かな者達だ。
瘴気を浄化していたから生きられていることも知らぬ愚か者達に、もはや生きる権利も価値もない』
生きる権利も価値もない。
そう言い切った神の言葉に、賛同しかけたけれど。
(……違う)
確かに、悪い人間はいた。けれど、全員が全員でないことを私は知っている。
(だって彼女は)
悪い人間ではなく、良い人間だったから。
「……神よ。人間を助けるには、どうすればよろしいですか」
『正気か!?』
「はい。私は、人間を助けたいです」
浮かぶのは、彼女の笑顔。
(彼女の笑顔を守りたいんだ)
それ以外に、何もいらない。
そんな私に、神は呆れたように息を吐きながらも、やがて言葉を発したのだった。




