32.学園革命⑤
『ルビー様! これより先には近付いてはいけません!』
『嫌よ! お母様に会わせて!』
『お嬢様のお気持ちは大変分かります! ですがどうか、お聞き分けくださいっ……!』
『嫌っ!!』
どうにか振り切ろうとするも、小さな自分よりずっと身体の大きな騎士が、私の身体をいともかんたんに持ち上げる。
その手を噛んでやろうかと思ったけど、そんなことをしてもお母様は喜ばないと分かっているから、ただただ暴れた。
だけど、伸ばした小さな手は虚しく空を切り、その手がお母様に届くことも、触れることも、最期まで叶うことはなく―――
(……嫌な夢を見たわ)
そう冴えない頭で考えながら、目元に手をやれば、案の定指先が涙で濡れていて。
夢見が悪いせいか、ズキズキと痛む頭を抑えながら身体を起こす。
天井の次に視界に映ったのは、見慣れた寮の自分の部屋。
(……私、どうやって部屋に帰って来たのだっけ)
そうだ、確か階段から落ちて……。
「ルビー様!」
「!」
不意に名を呼ばれハッと見やれば、開いた扉の先にシンシア様の姿がある。そして……。
「……え!?」
後ろにいた人物の存在に思わず声を上げた。
「ど、どうして!? ここは男子生徒は立ち入り禁止のはずでしょう!?」
そう、シンシア様の後ろにいたのはグレアム様で。
彼は不機嫌そうな顔で口にした。
「会長権限だ」
「……立場乱用!」
思わず声を上げた私に、シンシア様が駆け寄ってくる。
「ルビー様、お身体の具合はいかがですか?」
「身体? 特に何ともないけれど……」
頭が痛いのも大分取れたし、と首を傾げれば、シンシア様がホッと息を吐く。
「良かったあ……」
「いや、良くないだろう」
そう口にし、勝手に部屋に入ってきたグレアム様を見て思わずムッとする。
「ちょっと、まだ入室許可を出していないのだけど」
「誰が倒れた君をここまで運んだと思っているんだ!」
「!」
珍しく彼に怒られたことで怯んでしまっている間に、グレアム様はため息交じりに説明した。
「……階段から危うく落ちかけたんだぞ。人のことをグチグチ言うわりに、自分のことには無頓着にも程がある。
あれから十日間も眠っていたんだぞ!」
「!? 嘘!?」
十日と言ったら……。
「待って! 試験は!? 学期末試験が始まるわよね!?」
「明日からです」
パニックになる私にシンシア様がすかさず答えてくれたことで、少し安堵したものの。
「……いや、呑気に構えている場合ではないわ! まだやるべきことはたくさんあるのに!」
「駄目だ」
「え……?」
ベッドから立ちあがろうとした私を、グレアム様が行手を阻む。
思わずムッとし、声が低くなる。
「……退いて」
「駄目だ」
「なぜ!」
「駄目に決まっているだろう!!」
グレアム様は声を荒げる。
再び驚いてしまう私にハッとしたのか、彼は咳払いしてから言った。
「……なぜ倒れたか知っているか?」
「……いいえ」
「著しい魔力消耗のせいだ。体力と魔力が直結していると知っているくせに、自分が疲れていることにも気付かず働き詰めだった。
ここ数日の君の目撃情報が全てを物語っていた」
そう言って、彼が私に紙の束をつきつける。
その紙を見れば、報告書と書かれていて。
「っ、な、何をしているの!? 報告書!? ということは、聞き込みをしたってこと!? 信じられない!」
「信じられないのは君のほうだろう、ルビー!」
「っ」
今度は強い力で肩を掴まれる。
振り払うことが出来ず痛みに顔を歪めると、幾分か力が弱まったものの、逃がさないとばかりに彼の空色の瞳が私をじっと見つめた。
「夏休みが明けて、君が変わったことに衝撃を受けた。婚約を破棄……、いや、解消されたのもなぜだかは分からなくてひどく落ち込んだ。
でも、君は俺の婚約者だった時よりずっと生き生きとしていて……、あぁ、俺の婚約者でいた時は窮屈だったんだとそう思って……、そんな君を応援したいと思って、君が起こす革命にも参加した。
ところが君は、俺達生徒会の仲間がいるにも拘らず、一人でこんなになるまで無茶をした。
どうしてだ! なぜ、君はいつも……っ」
そこまで言った彼は、ハッとしたように目を見開いた。
そして、パッと肩から手を離すと、背中を向けて言う。
「……ごめん、頭に血が上った」
グレアム様の言葉に、私はぐっと腕を抑えて口を開く。
「……心配してくれているのはよく分かった。
けれど、他ならない私が革命を起こしたんだもの、私がここで立ち止まるわけにはいかない」
「っ、まだ分からないのか!」
グレアム様がもう一度振り返り、大声を上げる。
それに今度は怯むわけにはいかないと、言い返そうとしたその時。
「はい、そこまで」
「「「!」」」
一度手を叩き、部屋の外にいたのはヴィンス先生で。
ヴィンス先生は私に部屋に入っても良いか尋ね、私が恐る恐る頷くと、部屋へ入ってきて言った。
「ごめんね、話は聞かせてもらったよ。
そうだね、とりあえずスワン君は一旦外に出ようか。生徒会の仕事、まだ残っているでしょう? 行って良いよ」
「っ、ですが」
「彼女は私に任せて、君は君のやるべきことをするんだ。良いね?」
「……っ、はい」
グレアム様は私の方を振り返らずに部屋を出ていく。
その背中を見送ってから、ヴィンス先生は扉を閉じてベッドに腰掛ける私の元へ来た。
「具合はどう?」
「おかげさまで……」
「そう、良かった。魔力消耗は君が頑張った証でもあるけれど、少し今回は空回ってしまったようだね。
一人で肩肘を張るのは、限界があるんだよ」
ヴィンス先生の言わんとしている意味が分かり、私は首を横に振った。
「っ、ですが、私が頑張らないと意味がない……!」
私が革命を起こした意味が、ここにいる意味が、なくなってしまう……。
「確かに、君が頑張ることで士気が上がる。それは確かだよ。
だけどね、それでは何のために君は生徒会に入ったの?」
「……!」
ヴィンス先生の問いかけに言葉に詰まる。
そんな私を見て、ヴィンス先生はゆっくりと言葉を発した。
「……“魔物”の件を生徒全員に公表したよ」
「え……っ!?」
ヴィンス先生の衝撃の一言に、私は言葉を失い、愕然としてしまうのだった。




