11.ルビー・エイミスの戦略①
ヴィンス先生と別れ、授業に移動する。
そんな昼休み明けの授業はというと。
(淑女教育……)
そう、これこそ私が嫌いな授業だった。
別に淑女教育自体を批判するわけではない。
貴族社会で生きていく上で必要なことだとは思うし、平民だって優秀な魔法使いとして社交の場に少なからず出ることはあるのだから、平等にマナーや教育を受ける大切な機会ではあると思う。
だけど。
(何も男女別、それも男性だけ体育というのはないのではないかしら)
ルビーは疑問には思わなかったようだけれど、転生した私としては疑問に思う。
どうしてこの世界は、男性の“紳士教育”が重要視されていないのか。
(要するに、男性はとにかく魔法を学び、女性は粛々と行儀良く夫となる男性の隣に居れば良い。そういうお考えなのでしょう)
女性のみならず男性にも紳士教育の授業を設ける、或いは、どちらも魔力向上のために体育にするでも良い。
そのどちらかなら問題はない。
けれど、今の授業形態では男女に差があるような気がしてならない。
そんな思いで二時間に渡る授業を受けていると、女性の教師が声を上げた。
「本日はワルツのダンスレッスンを行います。
私がお手本をお見せした後男性パートに回りますから、皆様は普段通り、女性パートを踊ってください」
その言葉に、一瞬皆が顔を見合わせる。
(これ、凄く効率が悪いのよね)
まずは先生がお手本として一人で踊ってみせる。
それを女子生徒は見学し、後に見よう見まねでひたすら練習に励む……というもの。
(これもこの世界の悪いところだけど、何か間違いが起こらないようになのか、授業で男性のパートを踊る講師を雇わないのよね。
学園が見定めてきちんと雇用すれば、女子生徒に手を出そうなんてことはあり得ないと思うのだけど)
そんなことをしようものなら、この先間違いなく生きていけなくなるもの、なんて思っていると、先生が声を上げる。
「どなたか私の相手役をしていただける方はいらっしゃるかしら?」
そう、先生方は何かと、こうして皆様に挙手を求める。
挙手した生徒は意欲があるという意味で、都度加点方式で成績が上がるようになっている仕組み、なのだけど。
(女性は慎ましやかな方が好まれるという世界で、自ら名乗り出る方なんていない)
それは、淑女教育で女子生徒のみの授業の時も同じで、先生は仕方なく名指しするのが常例。
ルビーも例に漏れず、目立たず、騒がずだった。
でも。
(私はもう、王太子殿下の婚約者様ではない)
「……あら、あなたはもしかしてエイミスさん?」
迷いなく手を挙げた私に、皆の視線が一斉に集まるのを感じながら、先生に話しかけられた私はにこりと笑みを返す。
「はい、先生」
「まあまあ! そうでしたのね! とても綺麗なお嬢さんがいると思ったら、あなたでしたの! 見違えましたわね!」
「ありがとうございます」
そう礼を述べれば、私が挙手したこともありすっかりテンションが上がった先生は手招きする。
「では、こちらにいらっしゃい」
呼ばれた私は、皆の横を通り抜けて先生の前へ移動する。
女子生徒全員の視線を感じる中、先生に尋ねた。
「あの、私はどちらのパートを踊ればよろしいですか?」
「え?」
「あ、いえ、私が女性パートを踊るより男性パートを踊った方が、先生の素敵なお手本を皆様にお見せできるかと思いましたので」
その言葉に生徒からはどよめきが、先生は目を丸くする。
「まあ、あなた……、男性パートも踊ることが出来るの?」
「はい、父から教わりました」
「まあ、辺境伯様から! さすがですわね。では、あなたには男性パートを踊っていただこうかしら」
「畏まりました」
そう言って胸に手を当てお辞儀をすれば、どこからともなくほぅっと息を吐く。
ちなみに、先生も「素敵」と呟いたのを聞き逃さず、にこりと笑みを浮かべ、先生の手を取る。
(淑女教育の時間にスラックスはさすがにまずいと、TPOを考えて練習着である簡易ドレスを着たから、男性パートを踊ってもあまり格好はつかないわね。
こうなることが分かっていれば、スラックスを着用したのに)
それでも、こんな千載一遇の機会を逃すわけにはいかなかった。
特に。
(女子生徒の注目を集めるためには、もってこいだもの)
さあ、ショータイムの幕開けよ。
淑女教育の授業が終わった放課後。
「ルビー」
その聞き知りすぎて耳タコの声を鬱陶しく感じながらも、一応この国の王子の言葉を無視する事も出来ず顔を上げれば、彼……王太子殿下は顔を顰めた。
「……酷い顔だな」
「元からこの顔です」
「違う、そうじゃなくて。顔色が悪くないか?」
顔色が悪い。
そう指摘され、思い当たる節はあったけれど、また根掘り葉掘り聞かれても面倒だからとため息交じりに口にした。
「気のせいでしょう。今度はどんなご用件です?」
さっさと会話を終わらせたいと話を促せば、彼は小さく咳払いをした後畏まった口調で言った。
「例の、魔法決闘のことだが」
「あぁ、あなたが負けた、あの」
わざと“負けた”という部分を強調して口にして差し上げれば、彼の眉が一瞬上がったものの、肯定し言葉を続けた。
「そうだ。あの決闘も勝負は勝負。
勝者となった君の願いを叶えようと思う」
その言葉に、今度は私が反応する。
「……別に、あれはあなたが私に望んだだけで、私からあなたに望むことは一切ありませんわ」
期待もしていません、とはっきりと告げれば、彼はうっと声を喉に詰まらせながらも必死な様子で言う。
「でも、それでは勝負の意味がないじゃないか」
「そうですか? 私は久しぶりに決闘が出来て嬉しかったですが」
「え?」
彼が目を丸くしたのを見て、内心慌てる。
(いけない、つい本音を口にしてしまったわ)
今の自分の魔力量がどれくらいか、戦闘で相手を凌駕出来るかを考えていたから、実践が出来て良かったと思ったのも事実なのだ。
それを彼に素直に伝えるべきではなかったと思った私は、にこりと笑って告げる。
「いえ、何でもございませんわ」
「……っ」
そんな私の言葉に、なぜだか彼は固まったようだけど、首を傾げた私に気付きハッとしたようで、慌てて口を開いた。
「と、とにかく! それでは俺の気が収まらない。何でも良い、何か俺に願うことはないか」
しつこいと一瞬思ったものの、ふと彼の言葉を反芻する。
「……何でも」
「あ、あぁ。俺に出来ることなら何でもする」
その言葉に、では、と席を立ちながら爽やかな笑みを湛えて口を開いた。
「金輪際私と関わり合いにならないでくださいませ」
「……は」
「ごきげんよう」
彼が固まってしまったのを良いことに鞄を持ち、さっさと教室を後にする。
(あぁ、良かった。これで煩わしさから解放される)
まさか彼の方から墓穴を掘ってくれるとは思わなかったけど。
それにしても。
(……明日は間違いなく筋肉痛ね)
身体に感じる疲労感と彼に顔色が悪いと指摘された理由は、他でもない淑女教育授業のダンスレッスンだ。
無事に先生とダンスを踊り終えた私は、先生には大絶賛され、女子生徒からは戸惑いからなのか、まばらな拍手を送られた。
その後、先生の助手として女子生徒達の一人での練習を見た後、平民出身の方や苦手そうな女子生徒だけを集めて先生と二人で男性パートを踊ったのだけど。
(お陰様で十回は踊ったから、久しぶりということもあって流石に疲れた……)
でも、踊る価値はあったと思う。
何せ、本来の目的は少しずつではあるけれど、達成出来ているから。
「まあ、まだまだ精進あるのみね」
新生ルビー・エイミスとして頑張るわよ!
と気合いを入れ、寮へと戻るのだった。




