10.攻略対象者③
「……はぁ」
誰もいない校舎裏で一人、息を吐く。
この場所は、ルビーにとってお気に入りの場所。
日が当たらない上常に湿度が高く、ベンチがポツンと一席置かれただけのこの場所には殆ど人が来ない。
一目見た瞬間、気弱なルビーがいかにも好みそうな場所だと思ったけれど。
(……確かに、彼女の気持ちも分かるかも)
ここには誰も来る心配はない。
よって、肩肘を張る必要もない。
「二学期が始まって、まだ二日しか経っていないなんて嘘みたい……」
革命を起こすためにわざと目立つことをして、“悪役令嬢”を演じているけれど。
「さすがに疲れたわ……」
本来は昼食の時間であり、学食へ向かうか売店でサンドウィッチでも買うべきだったのだけど、そんな気力さえなくて。
(また人がいるところに行けば、腐れ縁という名の攻略対象者様達に会うだろうし……)
それに。
「実際に会ってみて改めて思ったけれど……、ヒロインに対する態度と私に対する態度、もはや解釈違いすぎるわ」
あぁ、辺境伯家の彼だけは元々あんな感じだったわねと思いつつ、空を仰ぎ見る。
「これが悪役令嬢とヒロインの差、なのかしら。それとも、幼馴染と呼びたくもない無駄に長い付き合いからくる適当さ?
……本当なら避けたいところだけど、関わり合いにならなければいけないのが残念ね」
そう、私が革命を起こす絶対条件である“生徒会長の立候補”をする限り、彼らの存在を無視することは出来ない。
だって彼らは、全員が生徒会メンバーなのだから。
(つまり、生徒会自体が“このせか”のキーとなるわけ)
その生徒会も忖度としか思えないほど、全員が全員高位貴族であり、男性のみとくるからいっそ笑えてしまう。
(生徒会でさえそんな感じなのだから、たとえ意識せずとも自然と男女で差がつくのは当たり前でしょう)
やはり何が何でも生徒会に入らなければ、と改めて思いながら計画を練る。
(生徒会役員選挙は今からおよそ一ヶ月後。
立候補者は、生徒会の顧問である先生に申請を)
「ごきげんよう。ルビー」
「!?」
悲鳴を上げなかっただけ褒めてほしい。
不意に音もなく近付かれ、頭上から声をかけられれば誰だって驚くはずだ。
「ヴィンス先生……!」
噂をすれば何とやら。生徒会顧問であるヴィンス先生は、驚いたような顔をした後申し訳なさそうな顔をした。
彼の名前はヴィンス。
平民出身ながら入学試験でトップの成績を収め、その座を誰にも譲ることなく首席で卒業した、伝説級のエリート魔法使い。
なのだけど、出世街道まっしぐらの道を蹴り、自身の夢であった子供達に魔法を教えることに心血を注ぐ、少々変わり者と呼ばれている。
そんなヴィンス先生は、肩下あたりまである黒髪をさらりと揺らし、同色の瞳に私を映して口を開いた。
「ごめんね、驚かせるつもりではなかったのだけど」
「い、いえ、私が考え事をしてしまっただけですから……」
本当に、こんなに近くまで彼がいたというのに気が付かなかった。
さすがはヴィンス先生というべきか、私の注意散漫を嘆くべきか。
私の返答に、ヴィンス先生から「隣に座っても良い?」と尋ねられ頷くと、彼は隣に腰掛ける。
その横顔を盗み見ながら思う。
(ヴィンス先生の魔法は天賦の才。私にとっての憧れの人……)
ヴィンス先生はどの属性にも特化していない。
代わりに、微量ながら光属性まで使え、魔力量は百人合わせても及ばないと言われ、その力は国王陛下のお墨付きをいただくほどなのだとか。
その上、能力だけでなく容姿もどこか神秘的な印象を受ける彼は、言わずもがな最後の“攻略対象者”だ。
「身体の具合は?」
そう一言尋ねられ、彼が私の元を訪れた意味を瞬時に理解した私は、苦笑いで告げる。
「おかげさまで。ご心配をおかけしました」
「何か力になれることがあればいつでも言って。私では、あまり頼りにはならないかもしれないけれど」
「そんな! ヴィンス先生には何かとお世話になりっぱなしです」
私と王太子殿下は、彼から直々に魔法を教えてもらっていた。
特に私は魔力量が多く、最初はコントロールすることが出来なくて、ヴィンス先生には大変お世話になり、その後もよく気にかけてもらっているのだ。
その恩もあり、ヴィンス先生の言葉に全力で首を振ると、彼は笑みを浮かべて言った。
「良かった。この二日間で君の武勇伝を多方面から聞いていてね。
君が本当に別人格の人間になってしまったかと、少し怖かったんだよ」
「はは……」
あながち外れでもないその言葉に愛想笑いを浮かべてから、でも、と手を組んで言った。
「夏休み中、色々なことを考えました。残りの学園生活をどう有意義に過ごせるか。
そう考えたら、今までの自分が愚かに思えたんです」
「愚か?」
ヴィンス先生の言葉に頷き、彼を真っ直ぐと見つめて言った。
「全てなるようになる、でここまで来た。
けれど、これからはそうもいかない。
自分で選択するべき時が来たのだと……、目が覚めたのです」
「……王太子殿下との婚約解消も、生徒会立候補についても?」
その言葉に頷いてから、先生に向かって尋ねた。
「私の決断は、間違っているでしょうか?
私にはこれが最善だと……、これしかないと、思ったんです」
そう口にしてからハッとした。
(私、何をベラベラと先生に言っているの……!)
もう生まれ変わったのだから、気弱な自分には戻らない。そう決めたのに……!
と、居た堪れなくなって立ちあがろうとした私を、ヴィンス先生は止める。
「待って!」
ヴィンス先生の呼び止める声に席から立つのはやめたものの、顔を見る勇気はなかった。
そんな私の正面にヴィンス先生は回り、その場で立膝をつかれたためようやく視線を合わせると、彼は柔らかな口調で言った。
「君の決断が間違っているかどうかは、私が判断するのではなく、他でもない君が判断すべきだ」
「……そう、ですよね」
「でも、卒業生のアドバイスとしてなら言えるよ」
その言葉に顔を上げると、先生は穏やかな笑みを湛えて言った。
「決して長くはない短い学園生活だけど、いつかどこかの未来で、この三年間が何より尊く大切な時間だったかを思う時が来るよ。
そうして思い出した時に後悔しないよう、君は君の人生を生きたいように今を精一杯生きれば良い。
そうすれば、自ずと道が見えてくるのではないかな」
「……先生」
ヴィンス先生は「さて」と口にすると、ポンと私の頭を撫でてから言った。
「そろそろ時間だね。エイミス嬢、授業に遅れないように」
「……はい」
ヴィンス先生はもう一度笑みを浮かべてから踵を返し行ってしまう。
その背中を見送りながら思う。
(ヴィンス先生はすごい)
私達より五歳しか違わないのが信じられない。
そう思ってしまうほど、彼の言葉はいつも重みがある。
だからこそ、つい弱音を吐いてしまうのだけど。
(……そうよね、ヴィンス先生の言う通りよね)
ここまで派手にやっているんだもの、もう後には引けないわ、と軽く頬を叩き、気を引き締める。
そして授業に遅れないよう走り出しながら、ふとあることを思い出す。
(そういえば、ヴィンス先生ルートは四人の生徒が終わってから解放される最後のルートだから、私、プレイしていないのよね……)
確か、前世の私は王太子殿下ルートを最後に、病が重くなり亡くなってしまった。
ヴィンス先生ルートもプレイしていれば、もう少しこの世界のことに詳しくなれたかも……なんて考えてしまうのだった。
攻略対象者が五人全員出揃いました。
それぞれ名前や年齢等分かりづらいかと思いますので、次回更新時に、ルビーの紹介も含めた登場人物設定を一話の前に掲載させていただきたいと思います。
追ってご案内させていただきます。




