9.攻略対象者②
声をかけてきた男性の名は、レイ・シールド。
シールド公爵家次男にして父を宰相に持つ、冷静沈着で極めて優秀な生徒であり、将来は国の重鎮を任されるのではないかと囁かれている。銀色の長い髪を後ろで束ね、眼鏡から覗く瞳の色は金色……、そして、極め付けは。
(いつお会いしても、口元では笑みを湛えているけれど瞳は全く笑っていないこと)
もちろん彼も攻略対象者、なのだけど。
(ルビーが最も苦手としていた人物……)
それはなぜかというと。
「私が何故呼び止めたか分かりますか」
そう尋ねた彼の表情は相変わらず読めない……、そのくせ、私が今考えていることを見透かされているような、そんな風に錯覚しそうになる。
(シールド様とも長い付き合いではあるけれど、それこそ腐れ縁というような仲なのよね)
シールド公爵家と王家の繋がりは固い。そのため、幼い頃から元婚約者様の周りにはいつもシールド様がいらっしゃった。
だからこそ、ルビーは苦手だったのだ。
何を考えているのか分からない、いつも元婚約者様至上主義の……、いっそ称賛したくなるような忠誠心を持つ彼を。
でも。
(私は変わった)
もう、俯いてばかりのルビー・エイミスとは違うの。
閉じた瞼をゆっくりと開ける。
それだけで驚いたような表情をする彼に向かって、私はにっこりと笑って答えた。
「あら、生徒会副会長様がこの私に何のご用ですか?」
生徒会副会長。彼の現在の役職をわざと呼んで差し上げると、彼は目を眇めて口を開いた。
「気がつかないとは言わせませんよ。この神聖な学園に堂々と制服違反をするとは」
指摘され、改めて自身の格好を見る。
私が着てきた制服、それは。
「あら、これも学園指定の制服ですが、貴方は違反だと仰いますの?」
「当たり前でしょう。女子生徒にはスカートの着用を義務付けられています。
ましてや、辺境伯令嬢たる貴女が、男子生徒のスラックスを堂々と着用してくるとは!」
彼の大袈裟な文句に、何事かと生徒がゾロゾロと集まってくる。
それを横目にほくそ笑んだ。
(ふふ、これも全て計算通り)
ルビーにとって彼は天敵であるから大嫌いなのだけど、私にとっては良い駒として使ってあげる。
役者は揃ったわ、と不敵に笑う私を見た彼は警戒する。
「……何かおかしなことでも?」
「副生徒会長様はご存知でしょうか。学園の校訓を」
「もちろん」
「そうですか。でもおかしいですわね? 私のこの格好が“校則違反”には該当しておりません。
だって、生徒手帳に記載されている校則にはこう書かれているはずです」
予めこうなることを予想していた私は、生徒手帳に書かれていた制服についての事項の分を誦じる。
「『生徒の服装は、学園指定の制服を着用すること』
その文言の中に、男性は男性、女性は女性と区別されてはおりません。
従って、女子生徒も学園指定の制服であるスラックスを着用することは、違反とはならないかと」
「なっ……!」
レイ・シールドは分かりやすく狼狽える。
そんな絵に描いたような反応に、周囲に集まった方々にも聞こえる声で口にした。
「大体、おかしいとは思いませんか。
男子生徒に体育着があるのに、女子生徒には体育がなく、室内で淑女教育に勤しむ。
かと思えば、体育と似て身体を動かすことの多い魔法実技でもスカート。
もしスカートの中身が見えでもしたら、どうするおつもりです?」
「見え……!?」
「私を始め、女子生徒はいつも気にしておりましたわ。だからこそ、余計に魔法実技を全力で行わないよう努めていた生徒も大勢いらっしゃるはず」
そう言って女子生徒の方を見やれば、彼女達は戸惑ったように他の女子生徒と顔を見合わせる。
(だってそうでしょう? 長い制服のスカートでどうやって走れって言うの。確かに、緊急を要した場合は仕方がないかもしれない。
けれど、精度や威力を高めなければいけない授業で本気を出すことを躊躇うなんて、本末転倒じゃない)
レイ・シールドにも訴えた、体育の授業だってそう。
魔法を発動する基本は体力作りだ。
なのに、体育の授業は男子生徒のみで、女子生徒は体育の代わりに淑女教育を行う。つまり。
(私達女子生徒には、まるで魔法使いとしての将来を期待されていない……という風にも取れるわよね)
となると。
「女子生徒は何かあった時、魔法を使って己の身を守ることも出来ない」
私の言葉にレイ・シールドは眉を顰め、口にする。
「女性が戦うというのか」
「えぇ」
彼の言葉を肯定し、彼が何か口を開きかけるよりも先に笑みを浮かべ口にする。
「それとも何か? まさかあなたまで『女性は戦うものではない』とでも言いたいのでしょうか?」
「!?」
レイ・シールドの反応でも見て取れる。
この世界において、男性は武器を取り戦い、女性はそんな男性に守られて家庭を守る。
……なんて。
「愚かなのかしら」
だから来年、乙女ゲームが始まり“災厄”を迎えた時、使えない男性陣やヒロインに頼りきりだから多くの犠牲者が出るのよ。
そう内心毒吐き、スッと息を吸うと、今度こそ周りに聞こえる凛とした声で言葉を発した。
「私、ルビー・エイミスは、この学園に異を唱えます。……この学び舎は、本来男女関係なく平等に魔法を学び、己を守る盾として、他者を守る剣として、その術を磨いていく。
そのために管理された学園のはずです」
そう言うと、今度はレイ・シールドの後ろから何事かと現れた、元婚約者様……王太子殿下を真っ直ぐと見つめて告げた。
「何のために魔法を使うのか。何のために魔法を学ぶのか。何のためにこの学園に通っているのか。
今一度、一人一人が己の胸に手を当てよく考えてみて下さい」
では、と拳を突き出し、胸に手を当て直角にお辞儀をすれば、その拍子に、頭の上で一括りにしたポニーテールが視界の端で揺れる。
これは、我が家でも行う騎士としての礼だ。
そうして、驚き目を見開いている腐れ縁の二人に微笑みを浮かべれば、どこからともなくどよめきが起きた。
(あら、これは予想外だったわ)
周りに印象を与えるにはある意味良いことかもしれないわね、と二人が固まっている隙に、敢えて少し大股に歩き退散する。
そうすることで、中性的な印象を与えられるように見えると、辺境伯であるお父様から教わった。
(“女でも戦えるように”。そう教えてくれたのは、他でもないお父様だもの。
私はそんなお父様の教え……騎士道を貫き、この学園の在り方そのものを変えたい)
それが成功して初めて、この先の未来を知る私が転生した意味があると、そう思えるから。




