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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第5章 ワールドエンド・レベレーション編
99/100

硝子の10代

2209年8月28日 東京市港区 雑居ビル


 翌朝、Runa-PROの事務所に出勤したヨウジは、CEOの春川が座るデスクの前に立ち、深く頭を下げている。


「申し訳ありませんでした・・・」


 彼は昨晩の一部始終を正直に伝える。スポンサーの不興を買ったことは、ザドキエルがライブ・エイドに選ばれるかどうかに、間違いなく影響してくる。


「・・・」


 春川は無言のまま、ヨウジを見つめている。マネージャーの璃はハラハラしながらその様子を見つめていた。


「ハァ〜、まあ・・・話は分かったわ。貴方らしいといえば、貴方らしいわね」


 春川は大きなため息をつく。


「ま、成り行きに任せましょう。紅白歌合戦、そしてライブ・エイドの出演者が最終決定するまであと3ヶ月弱はある・・・」

「え・・・」


 ヨウジ、そして璃は思わず、キョトンとした間抜けヅラをしてしまう。2人が拍子抜けするほどに、春川はヨウジの暴走を咎めなかった。


「おっはよー! ・・・あれ、どうしたの?」


 遅れてレイナが出勤してきた。彼女はオフィスに入った瞬間、いつもと違う雰囲気を感じ取り、その場にいる3人の顔を交互に見つめた。

 その後、ヨウジは事の詳細を彼女にも説明し、同様に頭を下げた。


「えー・・・」


 レイナは引き攣った薄ら笑みを浮かべている。まさか自らが引き入れた幼馴染の少年が、今の芸能界で最も影響力を持つ男と、いざこざを起こすとは思いもしなかった。

 そして、ヨウジが知らぬ合間にこの業界の闇に触れていたことを知り、複雑な感情を抱く。


「ヨウジはさ、どう思った? その場にいて・・・」

「・・・どう、って」


 ヨウジは視線を逸らした。正直なところ、ショックがなかったわけではない。加えて自分が騙されたかも知れないこと、そしてレイナたちに迷惑をかけてしまったことも。


「結局さ・・・思うんだよね」

「え・・・?」


 レイナは少しだけ、ヨウジよりも長く芸能人をしてきた。その中で、彼女も煌びやかな世界の裏に潜む悍ましいものたちも、多く見てきた。


「23世紀になっても、この世界の本質は変わらない。今もきっと、どこかの高級料亭じゃあ、若い子がおっさんプロデューサー相手に遊女ごっこしてるよ」

「・・・」


 あの戦争が終わり、瓦礫の中から復興しているこの国の文化・生活水準は、20世紀後半のレベルにまで後退している。街並みが過去へと回帰する中で、人々の思考や意識もそれに釣られて戻って行っているかの様だ。

 それは、良く言えばおおらかで寛容、悪く言えば大雑把でデリカシーのない世界であり、その意識の変化はこの業界におけるコンプライアンスに悪しき影響を及ぼしていた。


「男女平等と言いながらさ、まあ、女子格闘技のトップアスリートとかはともかくとして、結局は神様は女を男より弱く作ってる訳で・・・、確実に身を守ろうと思ったら、逞しい男性に守ってもらうのが確実なんだよね」

「・・・レイナ」


 人類史上最大の音楽の祭典が開かれようとしている。その裏で、大規模な事務所では性接待が常習的に横行している。彼女自身も、そういうことを暗に求められたことが無かったわけではない。しかし、彼女が守られてきたのは、その度にCEOである春川がブロックしてきたからだ。


「アンタは私のパートナーだからさ・・・ヨウジ、これからはアンタが私を守ってよ」

「・・・ああ! 約束する」


 ヨウジはこの人を守りたいと、心から思った。


〜〜〜


2209年9月7日 東京市千代田区 東京府警庁舎


 「東京府警公安部公安第5課 未確認魔法対策係」・・・東京府警の窓際部署とも評されるそのオフィスにて、刑事たちがミーティングをしている。彼らはついに、追い求めていた重大な「遺失物」の足がかりを掴んでいた。

 その中には小羽と六谷の姿もある。


「我々が追いかけていた『エルメランドのペンダント』が、都内の防犯カメラに捉えられた」


 係長がメインモニターに映像を提示する。東京市内にあるホテルエントランス前の防犯カメラが捉えた映像が映し出された。


「画像検索に引っかかったものだ。少年が所持している瞬間が、カメラに捉えられている。少年の身元も判明している。工藤ヨウジ、17歳。本籍地は長野県松本市・・・」


 刑事たちはざわつき出す。彼らの中には、その少年に見覚えのある者たちがいた。


「いや? でも、この子って・・・」

「・・・世界的な人気を誇る音楽ユニット『ザドキエル』のメンバーだ」


 最悪の不運か、運命の悪戯か・・・ヨウジは警察が密かにマークする「重要物品」の所有疑惑者として、その名前がリストアップされることとなった。


〜〜〜


2209年9月14日 東京市新宿区 ニッポン放送新本社ビル


 およそ2週間後、レイナはソロの仕事として、ラジオの仕事を受けていた。昭和の時代から続く深夜生放送の長寿番組だ。

 収録スタジオでヘッドフォンを付ける彼女の前には、パーソナリティを務める先輩女性アーティストの星野カナタが座っている。スタジオの外では、ADが指を折って放送開始時間のカウントダウンをしていた。


「・・・こんばんは! 今夜も始まりました『オールナイトニッポン』! 木曜日のラジオパーソナリティーは私、星野カナタでお送りします! そして今夜のゲストはリスナーの皆さんお待ちかねのこの人!」

「みんな、元気? 『ザドキエル』のメインボーカル、レイナです!」


 リアルタイムで聴いているリスナーのコメントが、スタジオのモニターに表示されている。彼ら・彼女らは皆、ザドキエルのファンであり、レイナの登場を待ち侘びていた。


「こうしてカナタさんとご一緒できるなんて光栄です! よろしくお願いします!」

「そんな固くならないでよ~。それにしても凄い活躍ぶりよね。MV動画の再生回数も半端ないし。それに『ザドキエル』自体は活動開始から3年目だったと思うけど、その短期間でAL-Talkでのフォロワーが世界一! 日本史上最も愛されたアーティストと言っても、過言じゃないんじゃない?」

「・・・えへへ」


 レイナは少し照れた様子で微笑んだ。AL-Talkとは、この時代で最もポピュラーなSNSのことである。


「ありがとうございます。でも最初は本当に苦労しました」

「そうなの?」


「はい。最初は私1人だけだったから、自分1人で作詞・作曲を手掛けていて・・・もちろん楽しかったけど、やっぱり大変でした。今の事務所と契約してからは、作詞家や作曲家さんとのタイアップ曲も貰えたり、助けを借りられる様になって・・・より表現の幅が広がった気がします」


 レイナはソロで活動を開始した時のことを思い返す。スタジオのスタッフが次のプログラムを提示する。


「それじゃあ次はリスナーさんからのお便りコーナーに移りましょう。レイナさんに聞きたいことがたくさん届いてるわよ」

「嬉しいな。全部答えられますように・・・」

「まずはラジオネーム『むしかご』さんから。『ヨウジさんと組んで変わったことはありますか?』 あ、確かにこれ私も気になるかも」


 お便りコーナーに移って、話題は早速もう1人のメンバーに関することへ変わった。彗星の如く現れた元一般人ギタリスト、その存在は当初、メディアを大いに騒がせた。


「変わったこと・・・というか、アイツと出会って自分の中で新しく挑戦してみようと思ったことはあります。ユニットになってからもう半年・・・かな? それだけ経っても、アイツの音楽の好みが分からないんですよ。どうも、特定のジャンルが好きなわけじゃないみたいなんです」

「・・・なるほど、私も彼のソロ配信をたまに聴くけど、全部カバーだよね? しかも大昔のJ-POPの」

「そうなんです」


 ヨウジはオリジナル曲の作成経験はない。その代わり、この時代には忘れ去られた20世紀末から21世紀初頭の邦楽を、中学時代から好んでカバーしていた。

 それは彼が、生成AIが生まれる前の戯曲を好むからだ。


「・・・今、ジャンル問わず創作にAIの力を借りるのなんで、当たり前じゃないですか。私もそうですし。ヨウジは別にAIが嫌いというわけではないらしいんですけど・・・でも、私も彼の影響を受けて最近、AIが生まれる前の21世紀のJ-POPを聴く様になったんです」

「ほうほう」


 レイナはヨウジが好む旧世紀の文化に興味を持った。そして配信アプリに著作権フリーの状態で氾濫するそれらを聴いてみた。そして彼女は衝撃を受けた。


「とてもAIには思いつかない様な表現、言い換え、そして一見不自然ながらそれを全く感じさせない詞・・・ああ、昔の人たちは、自分たちの知識と才覚だけで、こんな歌を作っていたんだと思い知りました」

「・・・それはつまり、レイナさんでも敵わないと、そう思ったということ?」

「はい」


 カナタは「うーん、信じられないな」と唸る様な声をあげる。脚本、漫画、小説、さらには論文、そして作詞作曲・・・21世紀の中盤以降、全ての創作活動においてAIの併用はほぼ必須となっている。

 それはレイナとカナタも例外ではない。この時代のクリエイターは、その創作活動のどこかでAIから何かしらの手助けを受けている。それが当たり前だからだ。


「だから・・・次の曲は、ヨウジと協力して1から作ってみようと思うんです。完成が遅くなりそうだから、紅白までの間に合うか心配だけど・・・みんな、楽しみにしててね!」


 レイナは新たなシングルの発表予告をした。その瞬間、リスナーのコメントを示すタイムラインが一気に加速する。


「AIに頼らず、1から人の手で作る曲か・・・。うん、私も楽しみ! じゃあ、次のお便りに行こうかな」


 カナタはメールで寄せられたメッセージをピックアップする。その中に、彼女の目を引く質問があった。


「ええっと・・・ラジオネーム『それはともかく』さんから、『ヨウジさんとは結局、どういう関係なんですか?』 なるほど、これは私も気になりますねぇ〜」

「・・・!」


 その質問はレイナとヨウジの関係性に切り込むものだった。カナタは少し意地悪な笑みを浮かべている。レイナは少し混乱してしまうが、小さな深呼吸をして頭の中を整理する。


「ヨウジと私は幼馴染で・・・いや、もう正直に言っても良いかな」


 タイムラインが色めき立つ。ついに熱愛宣言が飛び出すのか、そんな不安と歓喜がリスナーたちの興奮を煽っていた。だがレイナの口から出た答えは、そんな彼らの期待からは少しだけ外れたものだった。


「正直にぶっちゃけると、私たち・・・男女の関係では全くないんです。でもヨウジはやっぱり、私にとって大切な人です。恋人、とか恋愛感情とは少し違うかも知れないけど、ずっと一緒にいたいと思う。アイツがどう思っているかは分からないけど」

「・・・」


 世界の歌姫が生々しい感情を吐露する。カナタも無言のまま、彼女の告白を聞いていた。


「私はアイツと一緒なら、今の関係のままでも良いし・・・もし、アイツが私たちの関係の行先を、恋人や夫婦と呼ばれるものに変えるのを望むなら、それでも悪くないと思ってますし。・・・って、私何言ってるんでしょうねっ」


 我に帰ったレイナは顔を真っ赤にしてしまう。その焦った声色から、リスナーたちもレイナの様子を想像し、公開告白にも等しいコメントをぶっちゃけた世界の歌姫に色めき立つ。


「・・・っかーっ!! 眩しい、・・・眩しすぎるぜ! 薄汚れた大人には眩しすぎるぜぇ、10代の純情はよぉ!」


 カナタもてやんでい口調になりつつ、顔を両手で覆いながら悶えている。


「・・・そっか〜、何か・・・ここまで告白させて今更申し訳ないけど、BIG LOVEじゃん」

「ラ、LOVEって・・・正直、“好き”かどうかも良くわからなくて・・・」


 レイナは照れ顔を俯けてしまう。


「でも、レイナさんの彼とずっと居たいという気持ちが、ガムシャラな好きって気持ちに劣るとは思わないけどね・・・」


 カナタは大人としてのアドバイスを送る。リアルタイムのコメント欄も、2人の関係を応援する様なコメントで溢れていた。


・・・


東京市内 某所


 深夜のラジオ放送はその後も和気藹々とした雰囲気で進んでいく。ライブや作曲の裏話、さらにはヨウジとの関係性など、様々な話題が飛び交う。

 リスナーの総数は全世界で10万人に達し、コメント欄も矢の如く更新されていく。だが、ファンの全てが好意的なコメントばかり送ろうとしているわけではなかった。


「許せない許せない許せない許せない許せない」


 ここは東京市内某所にあるアパートである。パソコン画面に齧り付くその男は、誹謗中傷を書き殴り、オールナイトニッポンのコメントに投稿する。だが、コメント制限機能によって弾かれ、エラー画面が表示される。


「クソクソクソ!」


 男はこのトライアル・アンド・エラーをかれこれ数十回は繰り返している。男の部屋には壁一面に「ザドキエル」ことレイナのポスターや顔写真が貼られていた。

 しかし、異様なのはその全てが破かれ、または黒い油性ペンで顔が塗り潰されていることだ。それは男の中に湧き上がった激しい憎しみを反映しているかの様だった。その対象は当然、ザドキエルである。


「ファンをバカにしやがって・・・何が幼馴染だ! 殺す殺す殺す殺す・・・絶対殺す!」


 男はついに、パソコンのモニターをひっくり返してしまった。ディスプレイはひび割れ、巻き添えで落っこちたキーボートからは、落下の衝撃で外れたキーが飛び散る。

 そして荒々しく鼻息を鳴らし、壁にかけられたカレンダーを見る。そこには「11月25日と26日」に、赤ペンでぐるぐると丸がつけられていた。

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