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旭光の新世紀〜日本皇国物語〜  作者: 僕突全卯
第5章 ワールドエンド・レベレーション編
100/100

選ばれる者

2209年10月30日 東京市中央区 スペース・エルメ社 本社ビル


 瓦礫の中から無造作に復興した主要都市の生活・文化水準は、20世紀後半の様相を呈している。だが、新首都である「つくば市」と、旧首都にして日本最大の都市である「東京市」の中心地だけは、23世紀の街並みを回復させていた。

 そんな中心地に「スペース・エルメ社」の本社ビルがある。今年、世界各国のアーティストたちが注目する最高の舞台、「ライブ・エイド」の主催者だ。元は宇宙開拓時代の黎明期である21世紀末に設立された、民間の宇宙開発企業である。22世紀の宇宙開拓時代全盛期に、民間の宇宙輸送企業として急成長を遂げ、あの戦争が終わった後も、保有する宇宙輸送船を用いた復興事業への貢献で、政府や国連から多大な補助金を得ている。

 政治的にも、そして芸能業界に対しても、今最も大きな影響力を持つ企業となっていた。


「社長・・・、明日は午後2時よりNHKにてライブ・エイド出演者の選考会議があります。候補者の資料について今一度ご確認をお願いします」

「ああ、わかっている」


 ビルの最上階に位置する社長執務室にて、秘書の女性が明日のスケジュールを確認している。社長の宿屋順一はそっけなく頷くと、秘書は一礼をして執務室を出て行った。


「・・・」


 PCを操作し、ライブ・エイド出演候補者のリストを空中にポップアップさせる。そこに写し出されたのは、紅白出場オファーがすでに内定している者のうち、ライブ・エイドの「スポンサー枠」5組に入る候補者たちだ。ライブ・エイドの企画者並びに冠スポンサーであるスペース・エルメ社は、この5枠に関する莫大な裁定権を有していた。

 リストアップされた女性アーティストの中には、枠を目的として宿屋と一夜を共にした者たちもいた。国中の大手芸能事務所と、それらに属する美しき女性芸能人たちが、自らの足元に媚びを売り、春さえも鬻ぐ様は、彼に途轍もない優越感を抱かせる。


 宿屋順一・・・彼は元々、宇宙作業用の拡張型宇宙服「スペースアーマー」の開発と運用に関わる技術者であった。あの戦争の時、最後の冥王星遠征作戦に民間人義勇兵として参加し、生き残った英雄の1人である。

 地球への帰還後、当時のCEOを含む本社の重役たちが空襲で悉く死亡したこと、そして彼が英雄であることによる宣伝効果を期待した上層部から、突如として副社長に取り立てられた経緯があり、また思いがけず管理職としての適性もあったことから、3年前にはついにCEOへと就任した。


 突如として舞い込んだあまりにも高い地位と財力は、宇宙に憧れる愚直で勇敢な技術者であった彼の心を変え、歪ませてしまった。


「・・・コイツは」


 リストの中には、宿屋を袖にした山奈が属する「フォルテシモ」と、奇妙な因縁ができたヨウジを擁する「ザドキエル」が名を連ねている。宿屋は顔を歪ませる。

 こいつらをどちらとも落としてやりたい・・・そんな願望が沸々と湧き上がる。だが、そんな彼の内面を見透かしたかの様な冷たい声が、どこからともなく聞こえてきた。


「大分、良い思いをしている様だな。一体幾ら賄賂を貰って、何人の女を抱いたんだ?」

「・・・! いつお戻りで!?」


 その“女”は、いつの間にか社長執務室に現れていた。宿屋は衝撃のあまり、反射的に立ち上がる。女は歴代のCEOが抱えてきたスペース・“エルメ”社最大の機密であり、一般社員はおろか他の重役たちも知らない禁忌(タブー)であった。


「お前がライブ・エイドを餌にどれだけ良い思いをしようがそれは問題ではない。最後に選ぶべき者は分かっているだろうな?」

「はっ! もちろん、心得ております」


 宿屋は額から冷や汗をダラダラと流しながら、頭を下げる。


「仮にNHKが反対しようと、押し通せ。“あの子たち”が選ばれなければ、何のために“私”のペンダントを盗み出したか、分からなくなってしまうからな」


 その女は、大きな陰謀を企てていた。それは「世界」を変えてしまうほどの、巨大な陰謀だった。


〜〜〜


10月31日 東京市渋谷区 日本放送協会放送センター


 翌日、宿屋は予定通り、選考会議に参加するため、NHKの放送センターを訪れていた。1950年に設立され、250年近い歴史を持つ日本唯一の公共放送局も、あの日の空襲でかつての本社が破壊されたが、同じ場所に再建されている。

 厳かな大会議室に、NHKの重役たち、そしてスタッフたちが入っていく。その中に宿屋の姿もあった。彼はスタッフの案内を受けながら、円卓の一席に座る。そして全ての椅子が埋まったことを確認し、NHKの会長である笹倉が口を開く。


「・・・では、今年の『紅白歌合戦』、並びに『ライブ・エイド』の出演オファー選考会議を始めます」


 厳かな雰囲気で会議が始まる。各参加者の目の前に、候補者のリストがバーチャルディスプレイとしてポップアップした。


 「紅白歌合戦」とはNHK誕生の1年後である1951年より始まった、日本で最も古い音楽番組である。黎明期は80%を超える視聴率を誇ったが、21世紀に入るとインターネットの普及や有力歌手の出演辞退が相次ぎ、他の音楽番組と同様に低迷と評される時代が続いた。

 そしてアーティストの活動場所がテレビからネットに移っても尚、紅白は地上波による音楽番組最後の砦として放映され続けたが、テレビ放映の斜陽と共に軽視される時代が100年以上続くこととなる。


 そんな状況が一変する切っ掛けとなったのが、あの「宇宙戦争」だった。宇宙漂流連合は地球人類の施設を悉く破壊した。その中には数多の人工衛星やデータセンター、サーバー設備が含まれ、人類の最重要インフラである「インターネット」は崩壊した。

 その後、完全復旧を遂げるまでは民間人のインターネット使用に厳しい制限がかけられた。全世界の人々が戦前と同じ水準でインターネットが使用できる様になったのは、ここ4年間の話なのである。

 そしてラジオ・テレビを含む電波放送の方が復旧が早かったため、それまで人々にとっての娯楽はテレビ・ラジオしか無かった。それは人々の娯楽の主役が、インターネットからテレビへと再逆転した瞬間だった。


 また、反政府活動の温床になることを危惧し、あらゆるライブ・コンサートが政府による許可制になってしまったこと、さらに戦争による破壊で音楽活動を行える施設自体がほとんど破壊されてしまったことも相まって、アーティストたちが直接、大衆に向かってパフォーマンスを行える機会はとても貴重なものになった。

 そんな背景も相まって、テレビおよび地上波放送の音楽番組は、この23世紀という時代に著しい復権を遂げた。紅白歌合戦はその最高峰と位置付けられ、日本国内全ての音楽アーティストにとって、目指すべき至高の舞台となった。もはや辞退などあり得ないと評されるほどに。


「そして今年の紅白は・・・さらに特別です」


 来る2209年12月31日、全世界規模・史上最大のチャリティーコンサート「ライブ・エイド」が開催される。そこは限られた時間の中で、世界中のアーティストが参加する舞台。日本が主催地とは言えども、日本人ばかりを出演させるわけにはいかない。

 そんな中で、ライブ・エイドの企画者であり冠スポンサーでもあるスペース・エルメ社に敬意を払って、正規出演枠とは別に設けられたのが「スポンサー枠」であった。日本側の意向で5組のアーティストを無条件で追加できる。

 そしてNHKはライブ・エイドの地上波放映権を独占する契約を締結した。今年の紅白歌合戦はその協賛企画という位置付けになり、スポンサー枠5組の出演は「紅白歌合戦」の一部も兼ねたものとなる。


「・・・よって、スポンサー枠の5組は紅白歌合戦の参加オファー内定者の中から選ばれることになります。女子20組、男子20組の紅白参加候補者リストを提示します」


 2209年紅白歌合戦の最終候補者が提示される。有象無象の音楽家たちにとっては、まずこの中に入ること自体が夢となる。今年1年の活躍、世論の支持、そして番組の企画・演出といった選考基準に適合する選ばれし者たちなのだ。

 その中にはすでに「ザドキエル」の名が記されている。


「この40組のアーティストの中から、5組を選出します。そのために、本日はスペース・エルメ社よりCEOの宿屋順一氏にお越しいただきました。宿屋さん、よろしくお願いします」

「・・・こちらこそ、よろしくお願いします」


 司会進行を務めるスタッフが、宿屋の存在を役員たちに説明する。名を呼ばれた宿屋は立ち上がり、NHKの重役たちに向かって一礼した。


「では・・・スポンサー枠5組の選考を始めましょう」


 NHK会長の笹倉が会議を仕切る。参加者たちは眼前にポップアップした紅白出演内定者リストに目を向ける。

 その中から、ライブ・エイド出演者として目ぼしい者たちには、すでに赤色の印が表示されていた。


「やはりここ近年の世界的人気からすると、『ザドキエル』は外せないのでは・・・?」

「しかし・・・国内での実績を考慮すると『フォルテシモ』も無視できない」

「男性グループは『アスファルトヤカマシ』のクオリティは、是非とも世界に向けて発したいところ・・・」


 重役たちはそれぞれの意見を述べていく。宿屋は昨晩の光景を脳裏に浮かべていた。


御大(おんたい)の、御望み通りに・・・!)


 歴代CEOを裏から操っていた、スペース・エルメ社の絶対権力者・・・その御心は絶対だ。


「・・・宿屋さんは、どう思われますか」


 思案を巡らせる中、NHK重役の1人が宿屋に話を振る。第一に推挙する者の名は決まっている。皆が注目する中で、彼はゆっくりと口を開いた。


〜〜〜


11月14日 東京市港区 Runa-PRO 事務所


「おはようございます」


 ヨウジが扉を開けると、オフィスには誰もいなかった。彼はロッカーにカバンと上着を詰めると、応接用のソファに腰掛ける。


「・・・ん?」


 テーブルの上に積み上げられた芸能雑誌を何気なく手に取る。するとその下から1冊のノートが現れた。表紙には「Book of Life」と書かれている。


「あ! ヨウジさん、おはようございます」


 それと同時に、奥の給仕室からマネージャーの璃が現れた。彼女は紅茶を注いだティーカップを持って、ヨウジの方へ近づいてくる。


「早い出勤ですね」

「まぁ、ちょっと・・・目が覚めちゃって」


 ヨウジは照れくさそうな顔をする。そして彼は、テーブルの上にあった見慣れぬノートを手に取った。


「これ、璃さんのですか?」

「・・・? ・・・いいえ?」


 璃はキョトンとした顔で、首を横に振った。


「じゃあレイナのか。何でしょうね? 『Book of Life』」

「直訳すれば・・・命の本か、『命の書』・・・かな?」

「いや・・・人生設計ノート的な意味合いじゃないですか?」


 そのノートは見た目は普通のノートだった。璃のものでもないならば、必然的にレイナの所有物ということになる。多分、曲や作詞のアイデアが書き下ろされている構想用のノートだろう。ならば中は見ない方が良い。


「・・・おっはよーっ!」

「!!」


 そしてタイミングよく、レイナが事務所の扉を開けて現れた。瞬間、ヨウジと璃は心臓がキュっと締め付けられる。ヨウジは咄嗟に、ノートをテーブルの上に置いた。


「お、おはよう! 今日はなんだか、みんな出勤早いね・・・」


 ヨウジは震え声で挨拶を返した。




 その1時間後、事務所社長の春川がいつものスーツ姿で出勤する。彼女はデスクの前にヨウジとレイナ、璃を集めた。


「・・・今日の予定だけど、新曲のレコーディングあるの、覚えてるわよね? それと、別の事務所からタレコミなんだけど、どうやらNHKから紅白のオファーがぼちぼち届き始めているらしいの」

「!!」


 NHKはついに今年の紅白の最終候補者を決定した。ここ数日、最終候補者が所属する事務所へ、紅白の出演オファーが届けられているという。


「ウチには・・・まだ来てない。でも、もしかしたら・・・今日明日には来るかもね。みんな、万が一の時は覚悟するように」

「は、はい・・・」


 ヨウジは生唾を吞み込む。ライブ・エイドのスポンサー社長と一悶着やらかした身としては、血の気が引く思いだった。


・・・


同日 東京市墨田区


 一行は墨田区にあるレコーディングスタジオへ移動していた。ここはRuna-PROが提携しているレコード会社が所有するスタジオだ。

 すでに曲は完成している。あとは2人の歌声を乗せるだけだ。


「今年出す曲は、今日収録するので最後なの?」


 今日の仕事には、久しぶりにヨウジ一行の1人である沢星羅が同行していた。彼女は隣に立つヨウジに問いかける。


「いや・・・実はレイナと、紅白で披露するために作っている歌がある。まだ完成もしてないから実際に間に合うかは微妙なんだけど」

「!」


 星羅の脳裏には、2ヶ月前の深夜ラジオでの一幕が思い浮かぶ。ソロで出演したレイナが、AIに頼らない曲を作ると言っていた。


「それって今日の曲とはまた別?」

「うん・・・今日の曲は来週の『FNS歌謡祭』で披露するヤツ。リリースもその日だよ」


 レコーディングの準備をスタジオの前で待つ間、2人は他愛ない会話を交わす。

 その時、隣の収録スタジオの扉が開いた。その中から出てきたのは、ヨウジにとって見知った顔の女性だった。


「お疲れ様です・・・。・・・あ」

「え」


 彼女はいつものカラフルでキラキラしたアイドル衣装とは一転して、シンプルな私服に身を包んでいる。ゆえに、彼女が山奈メルであることに気づくまで、ヨウジは数秒間を要した。


「お・・・久しぶりですね、山奈さん」

「・・・え、ええ!」


 ヨウジは遅れて挨拶する。以前のことが尾を引いているのか、山奈の返事はぎこちない。例の一件を知っている星羅は、警戒心を露わにして彼女を睨みつける。


「ねぇ! まだ順番来ない・・・の」


 タイミング悪く、待ちくたびれて飲み物を買いに出ていたレイナが帰ってきた。彼女と山奈の視線が合わさり、バチッと火花を散らす。


「あら、久しぶり。今日は仲間と一緒じゃないの?」

「別に・・・アイドルのレコなんて時間も場所もバラバラなの、珍しくないこと知っているわよね?」


 映画撮影の一件で、山奈はレイナに対して良い感情を抱いていない。同時にレイナにとっても、山奈は大切なパートナーを貶めようとした女であり、心中穏やかでいられるはずがなかった。


「そう言えば聞いたわ、あのラジオ・・・。恋愛宣言なんてしたら、人気ガタ落ちじゃない? 大した余裕ね・・・!」


 続けて口火を切ったのは山奈だった。彼女はレイナが、事実上の告白を全国ネットに乗せたことを揶揄する。当事者であるヨウジは、気まずさからサッと視線を逸らした。


「・・・何で? だって私、“アイドル”じゃなくて“シンガーソングライター”だよ? そもそも擬似恋愛で売ってないんだよね、誰かさんたちみたいに」

「・・・!!」


 アイドルじゃない、レイナが口にした明確な線引きは、強烈なカウンターとなって山奈のプライドを抉る。


「・・・このっ!」

「山奈!」


 思わず、掴みかかりそうになった。その瞬間、彼女の名を叫ぶ声が聞こえた。ふとその声のした方へ視線を向けると、フォルテシモのマネージャーが迎えに来ていた。


「何しているんだ! 他所の事務所のタレントさんに迷惑かけるんじゃない!」

「は、はい」


 その叱責は、ヒートアップした彼女の頭を冷静にさせた。山奈は形だけの会釈をすると、その場からそそくさと退散していく。

 すると彼女と入れ違いで春川が現れた。


「・・・あれ? どうしたの? さっきの子、どこかで見た気がするけど・・・まあいいわ!」


 春川は少し険悪な雰囲気が漂うこの場に、ルンルン気分の笑顔を讃えて現れる。


「みんな! さっきNHKから電話で連絡が来たの! 今年の紅白、そしてライブ・エイドの出演が決まったよ!」

「!!」

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