冬の眠りと星の守り手
木かげ町に、冬がやってきました。
朝には霜が降り、屋根は白く光り、空気はきんと冷えています。
時計塔の窓からは、白い吐息がすぐに見えるほどでした。
「さむいさむい! 歯車が凍っちまう!」
タックは秒針をがたがた震わせて跳ね回ります。
「大げさね。冬は静かに過ごすものよ」
ベルは鐘の中で体をすぼめ、澄んだ声を低く響かせます。
「鐘の音も空気が澄んでいるから、遠くまで届くのよ」
「……でも、眠たくなるね」
ティックは目を細めて、長い針の影を壁に落としながらつぶやきました。
「冬は、時間もゆっくり流れているように感じる」
そのとき。
窓の外に、ふわりと光が舞いました。
雪ではありません。白い羽のようなきらめきが夜空をすべり、塔の中に落ちてきたのです。
「なんだ、これ?」
タックが手に取ろうとすると、それは小さな星の形に変わり、やさしい声を響かせました。
『……しーっ。静かに。眠っているものを起こさないで』
「眠ってる?」
ベルが目を丸くします。
『冬は大地も木々も眠る季節。わたしは星の守り手。彼らが安心して眠れるように、夜空から見守っているの』
「星の守り手……」
ティックが小さく繰り返しました。
◇
星の守り手は、柔らかく光りながら続けました。
『でもね、この町では時々、冬の眠りを邪魔するものが現れるの。寒さの中で不安や寂しさが大きくなると、それが風になって木々を揺らし、夢を乱してしまうの』
「夢を乱す風……?」
タックが眉をひそめます。
『そう。眠っている間に悪い夢を見せるんだ。木も土も人の心も、ゆっくり休めなくなる』
「それは困るわ」
ベルは真剣な顔になりました。
「どうしたらいいの?」
守り手は鐘の中にふわりと降りて、答えました。
『鐘の音と時間の調べで、風を鎮めることができる。あなたたちが時を正しく刻み、やさしく響かせれば、眠りは守られる』
三人は顔を見合わせました。
「よし、任せろ! 俺がテンポを刻んでやる!」
タックが胸を張ります。
「私は鐘を……静かに、でも遠くまで」
と、ベル。
「僕は針を動かして、落ち着いた時の流れを」
と、ティック。
こうして、冬の特別な仕事が始まりました。
◇
その夜。
北から冷たい風が吹きつけ、塔がぎしぎしと鳴りました。
落ち葉はすでになく、木々は裸の枝を揺らして不安そうです。
「きたぞ!」
タックが秒針をカチカチと大きく鳴らし、リズムを作ります。
「合わせて!」
ティックが短針を静かに動かし、穏やかな影を壁に刻みます。
ベルが鐘を低く鳴らすと、その音は雪の降り積もる町をやさしく包みました。
ごーん……ごーん……
音が広がるたび、強かった風が少しずつ和らいでいきます。
やがて冷たい突風はやみ、町の屋根に雪がふんわり積もりはじめました。
『……ありがとう。これで木々も人も、安らかに眠れる』
星の守り手の声がやわらかく響きました。
◇
夜空を見上げると、星々がひときわ明るく瞬いていました。
まるで「おやすみ」と言っているかのようです。
「なあ、なんか……俺まで眠くなってきた」
タックがあくびをします。
「それでいいのよ。冬は休む季節だもの」
ベルが笑いました。
「時を刻みながら休む。……それも大事なんだ」
ティックも静かに言いました。
守り手は鐘の縁に腰を下ろし、にっこり笑いました。
『春になればまた目覚める。だから今は、眠ることを怖がらなくていいんだよ』
◇
次の朝。
町の人々は窓を開け、白い雪景色に目を細めました。
「よく眠れたな」
「夢を見たけど、なんだか優しかった」
人々の心は軽く、足どりも柔らかでした。
それは夜のあいだ、時計塔の仲間たちが守った眠りのおかげでした。
◇
塔の上でクロウが朝の光を浴びながら言いました。
『よくやったな。冬の時はただ寒いだけではない。眠りを守る、大切な役目があるのだ』
三人は少し誇らしげに顔を見合わせました。
ティックが言いました。
「時は眠るものを包み込む……それも記録しておこう」
「なあなあ、俺も書きたい!」
タックがはしゃぎます。
「じゃあ、鐘の音で覚えておいて。言葉にしなくても、音が記録になるもの」
ベルが微笑みました。
その日、塔の鐘は雪景色の町に澄んだ音を響かせました。 音はまるで子守歌のように、やさしく長く続いていました。




