秋風と落ち葉のメロディ
夏の熱気が少しずつやわらぎ、町に秋がやってきました。
空気は澄み、遠くの山並みがくっきりと見える日が増えます。
時計塔のまわりの並木道も、少しずつ黄色や赤に色づいていきました。
「わぁ……葉っぱがいっぱい落ちてる!」
ベルが鐘の窓から顔をのぞかせ、舞い散る葉に見とれていました。
「おお、ほんとだ。床がじゅうたんみたいになってる!」
タックは大はしゃぎです。
「秋は葉が役目を終える季節だからね」
ティックが静かに言いました。
「役目を終える?」
ベルが首をかしげます。
「うん。木を守り、夏の光を受け止めて、最後に色を変えて落ちていく。それでまた来年、新しい葉に場所をゆずるんだ」
「へぇ……」
ベルは感心して目を細めました。
塔の上から見下ろす並木道は、赤や黄色の葉が風に吹かれ、くるくると舞いながら落ちていきます。
まるで無数の小さな手紙が空を飛んでいるようでした。
◇
その日の夕暮れ。
塔にひゅう、と強い風が吹き抜けました。
その風に乗って、大量の落ち葉が舞い込み、塔の床いっぱいに散らばります。
「うわっ、葉っぱだらけ!」
タックがあわてて跳びはねます。
「でも……ちょっときれい」
ベルは舞う葉を見てうっとり。
ティックはふと耳を澄ませました。
「ねえ……聞こえる?」
三人が静かになると、落ち葉がこすれ合う音がかすかに響いていました。
さわ、さわ、さら、さら……。
「音楽みたい……」
ベルが呟きました。
すると、散らばった葉の中から、ひときわ大きな一枚がふわりと宙に浮きました。
それは人の顔のように形を変え、やさしい声を響かせます。
『ようやく気づいてくれたね』
「しゃ、しゃべった!?」
タックが仰天して飛び退きます。
「あなたは……?」
ベルが息をのむと、葉は穏やかに答えました。
『わたしは落ち葉の精。毎年この季節、木々の声を運ぶためにやってくる』
「木々の声?」
『そう。葉は春から夏まで木と共に生きてきた。最後にその想いを地上へ伝えるんだ。風に舞い、音を奏で、ありがとうを残すために』
ティックは深くうなずきました。
「だからさっきの音は……」
『そう。あれは木々の感謝の調べ。風とわたしが合わせて奏でているんだよ』
◇
その夜、塔の仲間たちは特別な音楽会に招かれました。
精が舞うたび、落ち葉が床いっぱいに広がり、さわさわと合奏を始めます。
窓から吹き込む秋風は笛の音のように鳴り、塔の鐘がやわらかく重なりました。
「すごい……ほんとに音楽だ」
ベルは胸を熱くしました。
彼女の鐘の音も自然とリズムにのり、落ち葉の調べとひとつになります。
タックも負けじと秒針を刻み、カチカチと小気味よいビートを響かせました。
「おお、ノッてきたぞ!」
ティックは短針を少しずつ動かし、影を壁に揺らして拍子をとります。
三人の音が合わさり、落ち葉のメロディはどんどん豊かになっていきました。
外を歩く人々も足を止め、塔からこぼれる音に耳を澄ませます。
「風が歌ってる?」
「いや……落ち葉の音みたいだ」
「なんだか懐かしくて、あったかいね」
町の人々の表情は自然とやわらぎ、胸に小さな灯がともるようでした。
◇
音楽が終わるころ、落ち葉の精はほっとしたように微笑みました。
『ありがとう。君たちのおかげで、木々の声を人々に届けられた』
「こちらこそ……とてもすてきだったわ」
と、ベル。
「こんな演奏、はじめてだ!」
と、タック。
「ぼくらも忘れないよ」
と、ティック。
精は静かにうなずき、風に乗って散りゆきました。
残された葉はただの落ち葉に戻り、床にさらさらと積もるだけ。
◇
夜が更け、塔の中が再び静かになったころ。
クロウが低く言いました。
『秋風は別れの歌を運ぶ。だがその別れは、次の出会いの約束でもある。葉が散るからこそ、春にまた芽吹くのだ』
三人はしばらく黙ってその言葉をかみしめました。
やがて、タックがぽつりと。
「なあ……俺たちも、毎日の時を奏でてるんだよな」
「そうね。人が気づかなくても、時は音楽になって流れていく」
ベルが優しく答えました。
「うん。だから大事に刻まなきゃ」
ティックも頷きました。
塔の外では秋風がまたひと吹き。
落ち葉がさらさらと鳴り、まるでまだ続きがあるかのように小さな旋律を残しました。
◇
次の朝。
並木道の落ち葉のじゅうたんを踏みしめながら、人々は通学や通勤へ向かいます。
しゃりしゃりと鳴る音が、どこか心地よく聞こえました。
「昨日の夜、いい夢を見た気がする」
「うん、風の歌みたいな……」
誰もが少し笑顔になって、足取りを軽くしていました。
時計塔の鐘が朝を告げると、その音は落ち葉の調べを思い出させるように町へ響きました。




