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夏至の夜の音楽会

 夏至の日。

 一年のうちでいちばん昼が長く、夜が短い日がやってきました。

 木かげ町は夕暮れになってもまだほんのり明るく、子どもたちが外で遊んでいる姿が見えます。

 けれど、古い時計塔の中では、精霊たちがそわそわと落ち着きませんでした。

「なあ、なんでこんなに夜が短いんだ?」

 タックが歯車の上で腕を組み、不満そうに言いました。

「俺、夜に走り回るのが好きなのに。今日はあっという間に朝になっちまう」

「ふふ。それは地球が太陽に少し近づいてるからよ」

 ベルが鐘の中から、得意げに答えました。

「だから昼が長くて、夜が短い日ができるの……わたし、昔、流れ星に教えてもらったの」

「へえ……」

 とティックが感心します。

「ベルって、けっこう博識なんだね」

「でもさあ」

 タックがむすっとして言いました。

「夜が短いと、俺たちの鐘の音も急ぎ足になっちまうじゃないか」

そのとき、塔のてっぺんからクロウが声を落としました。

『文句を言うな、タック。夜が短いなら、その夜を精一杯楽しめばいい』

「楽しむ?」

『ああ。夏至の夜は、空の仲間たちが集まって音楽会をひらくんだ。お前たちも呼ばれているぞ』

「えっ、音楽会!?」

 三人は目を輝かせました。


     ◇


 夜が訪れると、塔の周りに小さな光が舞い降りてきました。

 蛍たちです。

 その光は星のように瞬き、時計塔を囲むようにひらひらと飛びました。

『ようこそ、夏至の夜へ』

 蛍のひとりが、明るい声で言いました。

『今夜は星も、虫も、風も、みんなで奏でるんだ』

「すごい……」

 とベルが感嘆します。鐘の中にいる彼女は、音楽が大好きでした。

「わたしも……歌っていいの?」

『もちろん! 君の鐘の声がなければ、この夜は完成しないよ』

 ベルの頬がほんのり赤くなりました。


     ◇


 やがて音楽会が始まりました。

 まず、風が塔をすり抜け、ひゅううと笛のような音を奏でます。

 つづいて、蛍の群れが光を点滅させ、まるで楽譜のように夜空に模様を描きました。

 そこに、草むらのコオロギたちが加わります。

 りん、りん、と小さな弦の音。

 さらに、フクロウが低く鳴いて太鼓のような響きを添えました。

「わあ……本当に楽団みたい」

 ティックがうっとり見とれていました。

 タックはじっとしていられず、秒針をカチカチと刻んでリズムを取りはじめました。

「よし、俺も参加するぞ!」

 塔の中に小さなリズムが響き、その拍子に合わせて仲間たちの音がひとつになっていきます。


     ◇


 最後に、ベルが鐘を鳴らしました。

 ごーん……とやさしく深い響き。

 その音は町じゅうに届き、人々が眠りにつく枕元にもしずかに降りそそぎました。

『すてき……!』

 蛍たちが歓声をあげ、光がぱっと広がります。

 星たちもきらきら瞬き、鐘の音に合わせて空を揺らしました。

「ベル、すごいぞ!」

「うん、やっぱり君の声が特別なんだね」

 ティックとタックが口々に言います。

 ベルは照れながら微笑みました。

「でもね……わたしひとりじゃ歌えなかった。タックのリズムと、ティックの落ち着いた時の流れがあったから」

 三人は顔を見合わせ、思わず笑いました。


     ◇


 そのとき、塔のてっぺんでクロウが低く言いました。

『見ろ』

 三人が空を見上げると、星座がゆっくりと形を変えていくのが見えました。

 それは人の姿のようで、手を取り合って踊っているようにも見えました。

『夏至の夜は、星も地上に近づく。人々が時を大切に生きている限り、星はその姿を見せてくれるのだ』

 三人は胸を熱くしながら、星座の舞踏を見つめました。


     ◇


 やがて夜が終わり、東の空が白みはじめました。

 短い夏至の夜は、本当にあっという間に過ぎてしまったのです。

「もう終わりかぁ……もっと遊びたかったな」

 とタック。

「短いからこそ、忘れられない夜になるんだよ」

 ティックがやわらかく答えます。

「そうね。歌も、星も、きっと心に残るわ」

 ベルは微笑みました。

 クロウは黙って夜明けを見つめていましたが、最後にひとことだけ。

『お前たちも覚えておけ。時は音楽のようなものだ。流れを刻み、重ね合えば、美しい調べになる』

 鐘が朝を告げ、町が目を覚まします。

 人々は昨夜の夢を思い出せずにいたけれど、なぜか心が軽くなっていました。

 それは、夏至の夜に奏でられた、不思議な音楽の贈り物だったのです。

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