雨の日のプレゼント
春が終わり、町に梅雨がやってきました。
空はどんより曇りがちで、時計塔の鐘も湿った空気に包まれていました。
ある日、朝からぽつぽつと雨が降りはじめました。
人々は傘を差し、足早に通りを行き交います。
屋根を打つ雨音が心地よく響く一方で、塔の仲間たちは退屈そうにしていました。
「また雨かぁ。外がぜんぜん見えないじゃないか」
タックが長い腕をぶんぶん振り回し、歯車の上を行ったり来たりしています。
「たまには落ち着けばいいのに」
ティックはいつものようにのんびり、短針に寄りかかって目を細めました。
「ふたりとも。雨の音をよく聞いてみて。まるで歌みたいよ」
ベルは鐘の中で、しとしとと響く雨に耳を澄ませていました。
「歌? どこがだよ。ぴちょん、ぴちょんって……ただの水だろ」
「でも、聞こえるの。ほら、“ありがとう”って」
「はあ?」
タックは呆れ顔をしましたが、ベルの目は真剣でした。
◇
その夜。
雨脚は強まり、塔の石壁をざあざあと打ちつけました。
仲間たちが眠ろうとしていたとき、不思議な声が鐘の音に混じりました。
『ありがとう……ありがとう……』
ベルがはっとして目を開きます。
「ほら! 聞こえたでしょう!」
ティックとタックも耳をすませると、確かに雨の粒が声を持っているようでした。
ひとしずく、ひとしずくが、優しい囁きに変わって降りそそいでいます。
「雨がしゃべってる……?」
「いや、あれは……」
クロウがてっぺんから低い声を響かせました。
『雨粒は雲の涙だ。遠い空で泣いた誰かの想いが、しずくになって落ちてくるのだ』
「涙……」
とティックがつぶやきました。
『だが、その涙は地上の芽を育て、命を潤す。だから“ありがとう”の声を返しているのだろう』
塔の中はしんと静まりました。
雨は冷たいのに、その声はどこかあたたかかったのです。
◇
次の日。
町の子どもが塔の下で遊んでいました。
雨の合間をぬって、裸足で水たまりをぴちゃぴちゃ跳ねています。
「見ろよ! しずくが光ってる!」
「ほんとだ! 宝石みたい!」
その笑い声を聞いて、ティックは目を細めました。
「ぼくたち、時を刻むだけじゃなくて……こんなふうに、雨の想いも届けてるんだね」
タックも腕を組んで頷きます。
「まあ、ちょっとは悪くないな」
ベルはそっと鐘の中から顔を出し、小さな声で歌いはじめました。
「しとしと ありがとう……ぽつぽつ ありがとう……」
鐘の響きと混ざり合い、町に届く音はどこかやさしい旋律になりました。
人々はふと足を止め、しばし耳を傾けました。
「なんだか雨の音がきれいに聞こえるね」
「うん……心が落ち着く」
それはベルの小さな歌と、雨粒の声が重なった、不思議な調べでした。
◇
夜。
雨は弱まり、星が少しだけ顔をのぞかせました。
塔のてっぺんで、クロウが低く言いました。
『お前たち。今日はいい仕事をしたな』
「えっ? オレたち何もしてないぞ」
とタック。
『いや。お前たちが耳を澄まし、心を向けたからこそ、雨の声は人に届いた。時を守るとは、ただ針を進めることじゃない。心を重ねることだ』
ティックは静かにうなずきました。
「そうだね。……ぼくらが“ありがとう”を受け取って、人に返していくんだ」
「じゃあ、雨の日も悪くないな!」
とタック。
「ええ。むしろ贈り物の日よ」
ベルはにっこりしました。
◇
翌朝。
雨上がりの町はしっとりと光り、あちこちで小さな芽が顔を出していました。
塔の下で子どもたちが見つけます。
「見て! 昨日の雨で芽が出た!」
「わあ、かわいい!」
その声が届くと、鐘の中でベルは小さく歌いました。
『ありがとう……ありがとう……』
昨日の雨の声をまねするように。
塔の仲間たちは顔を見合わせて、自然と笑いました。
雨はただの水ではなく、心をつなぐプレゼントだったのです。




