風見鶏の秘密
時計塔のてっぺんに立つ風見鶏、クロウ。
彼は百年以上、この塔を見守ってきました。
けれど仲間たちは、クロウがどうして塔にいるのか、なぜ時のことに詳しいのかを知りませんでした。
そんなある日のこと。
◇
「なあクロウ、ちょっと聞いてもいいか?」
タックが空に向かって声をかけました。
『なんだ、タック』
「お前さ、どうしてそんなに“時間”に詳しいんだ? ティックが止まったときも、すぐ理由を言い当てただろ」
クロウはからかうように小さく笑いました。
『ふん。長く空に立っていれば、なんでも見えてくる』
「ごまかすなよ! 俺は気になるんだ!」
「タック……」
とティックが苦笑します。
ベルも鐘の中から顔を出しました。
「わたしもちょっと気になる。クロウって、ほかの風見鶏とは違う気がするの」
三人に見つめられて、クロウはしばらく黙っていました。
やがてため息をついて、ゆっくり話しはじめました。
◇
『……昔な。私はただの風見鶏だった』
クロウの声は低く、どこか遠くを思い出すようでした。
『鉄でできた体を屋根にくっつけられて、ただ風に揺れて方角を示すだけの存在だった。話すことも、考えることもなかった』
三人は目を丸くしました。
『ある嵐の夜だった。稲妻がこの塔を打ち、私は稲光をまとった。そのとき初めて心が芽生えたんだ。雷は私に“見守る力”を与えた』
「雷が……心を?」
とティック。
『ああ。だがその代わり、私は塔から離れられなくなった。永遠にここで風を受け、時を見つめ続ける運命になったのだ』
クロウは空を見上げ、翼をゆっくり広げました。
その姿は夕日に赤く染まり、どこか誇らしくも寂しそうでした。
◇
「じゃあ、クロウはずっとひとりだったの?」
もじもじと、ベルがたずねました。
『ああ。百年もの間、声を聞いても誰も答えてくれなかった。私の言葉は風に混じって消えていったからな』
タックが唇をかみました。
「それって……さみしすぎるじゃないか」
クロウは小さく笑いました。
『だからこそ、お前たちの声を聞いたときは驚いたよ。塔の中に、時を守る小さな精霊たちがいるなんてな』
「ぼくらも驚いたよ。クロウが話すから」
ティックがやわらかく笑いました。
◇
そのとき。
ごう、と強い風が吹きました。
塔を中心にして、嵐の雲が近づいてくるのです。
『来るぞ』
クロウの瞳が光りました。
嵐が来ると、塔は大きく揺れます。歯車が狂えば時が乱れ、鐘が壊れる危険もありました。
「どうすればいい!?」
とタック。
『私が風を受け止める。だが……お前たちも中から支えろ!』
三人は頷き、それぞれの持ち場につきました。
タックは秒の歯車を押さえ、ティックは短針をがっしり抱きしめ、ベルは鐘を揺らして余分な衝撃を逃しました。
クロウは嵐の風を全身で受け止め、ギィギィと軋みながらも、塔を支え続けました。
雷鳴がとどろき、塔の上に稲光が走ります。
その瞬間、クロウの体がふたたび光を帯びました。
『見ろ! これが私に与えられた力だ!』
稲妻が彼を通じて地面に流れ、塔を守りました。
◇
嵐が去ったあと、空には澄んだ星が広がっていました。
三人はへとへとになりながらも、クロウを見上げました。
「クロウ……すごいじゃないか!」
「ほんと、かっこよかった……」
「ありがとう。鐘も壊れなかったわ」
クロウはしばらく黙っていました。
やがて、いつもの皮肉っぽい調子で言いました。
『ふん。大したことではない。私はただ、ここで風を受け止めるためにいるのだからな』
でも、その声はどこかやさしく響きました。
◇
その夜、塔の中でティックが小さくつぶやきました。
「クロウはずっとここで見守ってくれてたんだね」
「うん。これからは、ぼくらも一緒に見守ろうよ」
とベル。
「もちろんだ! もうクロウをひとりにはさせない!」
とタック。
三人の声が風に混じり、塔のてっぺんまで届きました。
クロウは黙って星空を見つめていましたが、心の奥で小さく微笑んでいました。
『……百年待ったかいがあったな』
星はいつもより強く瞬き、塔は静かに時を刻み続けていました。




