番外編・クロウの昔話
冬の夜。時計塔の窓からは、しんしんと降る雪が見えていた。
鐘の音を響かせたあと、塔の中ではティック、タック、ベルが小さな暖炉のそばに集まっている。
「さむい、さむい!」
タックが長針をぶるぶる震わせた。
「こんな夜、外でじっとしてるなんて信じられないよ」
「クロウのこと?」
ベルが首をかしげて、塔のてっぺんを見上げた。そこには、黒い影が風雪を浴びながらしっかり立っている。
風見鶏のクロウだ。
「いつもあんな高いところで、平気なのかな」
ティックは少し心配そうに言った。
「僕ならきっと凍えて動けなくなっちゃう」
そのとき、上からカラン、と軽い音が落ちてきた。
『聞こえてるぞ』
低くて乾いた声。クロウが翼を小さく広げて、風にのせて降りてきた。
『お前たち、わたしが寒さで震えてると思ったのか』
クロウはくちばしで笑ったように見えた。
「だって!」
タックが口をとがらせる。
「雪だって氷だってへっちゃらって、どういうことなのさ」
クロウはしばらく黙ってから、時計塔の小さな仲間たちを見回した。
『……なら話してやろうか。わたしがどうして塔の上に立ち続けられるのかを』
ティックとタックとベルは、目を丸くして顔を見合わせた。
「えっ、クロウの昔話?」
「聞きたい!」
「ぜひ!」
クロウは静かに頷き、雪の夜に語り始めた。
◇
『むかしむかし、わたしは風そのものだった。姿も形もなく、ただ空を駆けて、世界中を旅していた』
クロウの声は、吹雪に混じってどこか遠い。
『海を渡り、山を越え、砂漠を抜け、草原を撫で……好きなときに吹き、好きなときにやんだ。誰にも止められない、それが風の生き方だった』
タックが目を輝かせる。
「すごいや! 自由そのものだ!」
『でもな』
クロウは小さくため息をついた。
『自由すぎると、時に孤独になる。わたしは止まらずに動き続ける。だから、誰も“また会おう”とは言わなかった』
ベルが小さく眉を寄せた。
「……さみしくなっちゃったの?」
クロウは肯定するように、首を少しかしげた。
◇
『あるとき、長い旅の末にこの町に来た。 真ん中に高くそびえる塔を見て、わたしは思った。“あの上なら、空の仲間を見守れるかもしれない”と』
「それが、この時計塔?」
ティックが尋ねる。
『そうだ。この塔は昔から、町の時を告げ、人を集める灯台のような役目を果たしていた。わたしは気づいた。ずっと流れ続けるより、この塔に宿って、人々と同じ“時”を過ごす方がいい、と』
「それで、風見鶏になったの?」
『そうだ。塔を守る形を選んだ。風の流れを読む役目を持ち、人々に空の知らせを伝える存在になった』
クロウは胸を張った。
『だからわたしは寒さに負けない。わたしの身体には風が流れ続けているからな』
◇
タックは腕を組んで言った。
「でも、ずっと一人で塔のてっぺんにいるなんて、やっぱりさみしくない?」
クロウは少し目を細め、雪空を見上げた。
『……たしかに、ときどき思い出す。果てしなく走っていた日々を。でも、今はお前たちがいる』
ティックが目を瞬いた。
「僕たち?」
『そうだ。お前たちは時を刻み、鐘を鳴らす。わたしはその上から見守る。それぞれの役目は違うが、同じ時をともにしている……それが、何よりあたたかい』
ベルは胸がいっぱいになって、ふわりと小さな歌を口ずさんだ。
「それって……家族みたいだね」
クロウは照れ隠しのように、くちばしでカン、と音を鳴らした。
『まあ、そんなものかもしれんな』
◇
そのとき、塔の外で風が強まり、雪が激しく舞い上がった。
クロウは翼を広げて言った。
『さあ、話は終わりだ。鐘の時間だぞ』
ティックとタックは慌てて針を合わせ、ベルが鐘の紐をぎゅっと握った。
ごーん、ごーん……。
鐘の音が雪の夜に響き渡る。
クロウは再び塔のてっぺんに舞い上がり、風雪を受けてしっかりと立った。
『見ろ』
クロウの声が風に乗って届いた。
『雪が鐘の音に合わせて舞っている……これは、お前たちと共にいる証だ』
三人は見上げて、胸に温かなものを感じた。
その夜、ティックは思った。
クロウは風の子だった。自由で孤独。でも今は、ぼくらと一緒に時を過ごしている。だから、もうひとりじゃない。
雪はしんしんと降り続き、時計塔の上でクロウは誇らしげに風を受けていた。




