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時計塔の朝日

 夜明け前の木かげ町は、しんと静まりかえっていました。

 雪に包まれた屋根は白く光り、町全体が眠っているようです。

 けれど、時計塔の中だけは、静かな緊張に包まれていました。

「今日で……一年がひとまわりするんだな」

 ティックが短針をゆっくり動かしながらつぶやきました。

「そうか……去年の春から、オレたち、いろんなことがあったな!」

 タックは秒針の上で飛び跳ねました。

「桜の花の声を聞いたこと」

「川の光る魚を追いかけたこと」

「夏至の夜に音楽会をしたこと」

「落ち葉の精と演奏したこと」

「雪の朝に子ぎつねを導いたこと」

 三人は口々に思い出を並べては、顔を見合わせて笑いました。

「本当に……たくさんの時を刻んだのね」

 ベルがしみじみと呟きました。

 鐘の中で揺れる彼女の声は、どこか誇らしげで温かでした。


     ◇


 そのとき。

 塔の奥から、ふいにやわらかな光が差しました。

 それはただの朝日ではなく、塔そのものが生み出す光のようでした。

『……よくぞ、一年を守り抜いたな』

 三人は息をのんで光の方を見ました。

 そこには、大きな影が浮かび上がっていました。

 それは時計塔そのものの精霊。古より時を見守る「塔の心」でした。

「塔の……心さま……!」

 ベルが声を震わせました。

『お前たちは鐘を鳴らし、時を刻み、人々を導いた。だからこそ、町の人々は無事に一年を過ごすことができたのだ』

「オレたちが?」

 タックは驚いて目を丸くしました。

「でも、ただの針と鐘なのに……」

 ティックがつぶやきます。

『ただの針ではない。ただの鐘ではない。お前たちは心を持ち、時を思いやった。だから音も針も命を宿したのだ』

 塔の心の声は、まるで鐘のように静かに響きました。


     ◇


 塔の心はさらに続けました。

『これからも時は流れ続ける。春が来て、夏が過ぎ、秋が実り、冬が眠る。その巡りの中で、お前たちは人々の未来を照らす光となるだろう』

 三人は胸にじんわりと温かさを感じました。

「よし! オレ、もっともっとリズム刻んでやる!」

 タックが元気いっぱいに言います。

「僕は針をまっすぐ動かし続けるよ。人々が迷わないように」

 ティックが静かに頷きます。

「わたしは鐘を鳴らすわ。悲しい時も、うれしい時も、未来に届くように」

 ベルの声は凛としていました。

『うむ。それでいい。さあ、新しい朝がやってくるぞ』


     ◇


 ちょうどその時、東の空が白みはじめました。

 雪をかぶった山並みの向こうから、まぶしい光が少しずつ顔を出します。

 最初の一筋の光が塔の窓に差し込んだ瞬間、塔の中が黄金に染まりました。

「わぁ……!」

 ベルが感嘆の声をあげました。

「すげぇ……まるで塔そのものが光ってる!」

 タックが目を輝かせます。

「これが……一年を始める朝日なんだ」

 ティックが目を細めました。

 三人の影が壁に長く伸び、鐘の音と重なります。

 ごぉぉん……

 静かな朝の町に、鐘がひときわ澄んだ音を響かせました。 その音は人々の眠りをやさしく揺らし、窓を開けた町の人々の胸に小さな灯をともしました。

「きっといいことがある」

「なんだか、不思議と安心する音だ」

 町じゅうの声が笑顔に変わっていきました。


     ◇


 鐘の音がやんだあとも、朝日は昇り続け、雪の町を明るく照らしました。

 それはまるで、未来への道を示す光のようでした。

 三人は窓から外を見下ろしました。

 子どもたちが雪の道を走り、大人たちが新しい一日の支度を始めています。

「なあ……」

 タックがぽつりと言いました。

「オレたち、これからもずっと一緒にいられるよな」

「もちろんよ」

 ベルがにっこりと答えます。

「時が流れる限り、ぼくらはここにいる」

 ティックが静かに続けました。

 三人は顔を見合わせ、笑いました。

 そして、塔の心が最後に囁きました。

『時は絶えず流れる。だが、その音を誰かと分かち合えば、永遠の物語となる。お前たちの物語は、これからも続いていく』


     ◇


 朝の光の中で、鐘の音がもう一度だけ鳴りました。

 ごぉぉん……

 それは一年を終える鐘ではなく、これから始まるすべての時を祝福する鐘。

 木かげ町の時計塔は、今日も新しい時を刻みはじめました。


 精霊たちの笑い声とともに。

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