未来へと鳴る鐘
年の瀬の空気が町を包んでいました。
白い息がすぐに凍りそうなほどの寒さ。家々からは大掃除の音が聞こえ、あちこちの窓には新しい紙が張られています。
「いよいよ、一年も終わりかぁ」
タックが秒針に座って、しみじみとつぶやきました。
「長いようで、あっという間だったね」
ティックが頷きます。
「鐘を鳴らすたびに思ったわ。毎日の音が、少しずつ重なって、一年になるんだって」
ベルが柔らかく微笑みました。
塔の中は、静けさと緊張に包まれていました。
なぜなら、大晦日の夜にだけ鳴らす「未来の鐘」が控えていたからです。
◇
『お前たちも知っているだろう』
塔のてっぺんでクロウが低い声を響かせました。
『年の終わりに鳴らす鐘は、ただの音ではない。過ぎた一年の時を送り、新しい一年の未来を呼び込む鐘だ』
「未来を呼ぶ……?」
ベルが小さく首をかしげました。
『そうだ。鐘の音は人々の願いと重なり、まだ見ぬ明日を形づくるのだ』
ティックは真剣に言いました。
「つまり……間違った響きを鳴らしたら、未来も歪んでしまうかもしれないってこと?」
『その通り。だからこそ、心を澄ませて鳴らさねばならん』
「わ、わ、オレ、急に緊張してきた!」
タックが慌てて歯車を飛び跳ねました。
「大丈夫よ。三人で鳴らすんだから」
ベルが落ち着いた声で言います。
◇
そして、大晦日の夜。
町は家々の明かりでほのかに照らされ、どこからか年越しそばの匂いが漂ってきます。
人々はそれぞれの家で新しい年を待ちわびながら、静かに過ごしていました。
時計塔の中では、三人が息を合わせて準備を整えます。
「秒針はオレに任せろ。正確なリズムを刻んでやる!」
と、タック。
「短針は僕が整える。過ぎた一年を振り返りながら」
と、ティック。
「鐘はわたしが響かせるわ。未来に届くように」
と、ベル。
三人の心がひとつになりました。
◇
やがて、真夜中。
クロウが翼を広げ、夜空に向かって叫びました。
『未来の鐘を、鳴らせ!』
タックが秒針を大きく刻みます。
カチ、カチ、カチ……
ティックが短針を動かし、ゆったりとした時の流れを刻みます。
そしてベルが鐘を鳴らしました。
ごぉぉん……
低く、深く、やさしい音が町じゅうに響きわたりました。 鐘の音は空へと昇り、雪雲を突き抜け、星々を揺らしました。
人々はその音を聞きながら、静かに手を合わせます。
「来年も元気で」
「家族が笑顔でありますように」
「新しい夢に出会えますように」
その願いが鐘の音と重なり、未来へと流れていきました。
◇
鐘を鳴らすたびに、不思議なことが起こりました。
塔の壁に、まだ訪れていない光景が一瞬ずつ映し出されたのです。
子どもが走る姿。
花が咲く野原。
町の祭り。
新しい家族の笑顔。
すべてがまだ未来の景色。
でも、鐘の音が導くたびに、その未来がかすかに形をとりはじめていました。
「これが……未来の鐘の力……」
ベルが呟きました。
ティックは深く息をつきました。
「ぼくらの音が、これからの時をつくっていくんだね」
「だったらもっといいリズムで刻まなきゃな!」
タックが力強く針を鳴らしました。
三人の心は一層強く結びつき、最後の鐘が鳴らされました。
ごぉぉん……
その瞬間、町じゅうの窓がほのかに光り、人々の顔がやわらかに輝きました。
◇
やがて鐘の音はしずまり、夜空にしんとした静けさが戻りました。
けれど町全体が不思議な温もりに包まれていました。
「……終わったんだな」
タックがほっと呟きます。
「新しい年が始まったのね」
ベルが微笑みます。
「ぼくらの鐘は、ちゃんと未来に届いた」
ティックが静かに頷きました。
クロウがゆっくり羽を休めながら言いました。
『よくやった。未来はまだ白紙だ。だが、お前たちの音が、その紙にやさしい線を描いた』
三人は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じました。
◇
町の家々では、家族が笑い合い、新しい年を祝っていました。
子どもたちは窓の外を見上げ、不思議そうに言いました。
「鐘の音、なんだか胸がぽかぽかした」
「うん。明日が楽しみになる音だったね」
その声を聞きながら、塔の仲間たちは小さく笑いました。
未来はまだ見えないけれど、確かに鐘の音はそこへ届いた。
そのことを胸に抱きながら、新しい一年の時を刻みはじめたのです。




