表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/16

時をさかのぼる夜

 冬の夜はとても長い。

 町の灯りが消えると、時計塔の鐘の音だけがしずかに響き、闇を刻んでいました。

「ふあぁ……」

 タックが秒針に座って大きなあくびをしました。

「長い夜って退屈だなぁ。オレ、動きっぱなしで疲れるし」

「夜があるから朝があるのよ」

 ベルが鐘の中から顔を出し、落ち着いた声で言いました。

「人も木も眠って、次の日にまた元気になるの。夜は休むための時なのよ」

「でもさぁ……」

 タックはじっと歯車を見つめました。

「もし時間をさかのぼれたらどうなるんだろうな? 昨日に戻ったり、一年前に戻ったり」

「タック、それは危ない発想だよ」

 ティックが真剣な声を出しました。

「時は一方にしか流れない。逆にしようとすれば、歯車が壊れる」

「でも気になるんだよ! 昔のことをもう一回見られたら、楽しそうじゃん!」

 その瞬間。

 ぎぎ、と塔の奥の古い歯車が鳴りました。

 ふだん動かないはずの、埃をかぶった巨大な歯車。

 そこから青白い光がもれてきました。

『……誰か、呼んだかい?』

 三人はぎょっとして振り向きました。


     ◇


 光の中から現れたのは、背の高い影でした。

 長いマントをまとい、懐中時計のような瞳を持っています。

『わたしは時の影。過去と未来のはざまを歩く者』

「ひぇっ……!?」

 タックは思わず後ずさりしました。

「あなたは……時間をさかのぼれるの?」

 ベルが小声で尋ねます。

『できるとも。ただし、それは祝福であると同時に呪いでもある』

「呪い……?」

 ティックが眉をひそめました。

『人は過去に戻りたいと願う。失ったものを取り戻そうと。でも、時は戻れば戻るほど、いまを失うんだ』

 その声は冷たくも悲しげでした。


     ◇


 タックは小さく唾を飲み込みました。

「でも……オレ、一度だけでいい。昔の夏祭りに戻ってみたい! だって、すっごい楽しかったんだ!」

『望むなら見せてあげよう』

 影が腕を広げると、塔の壁が水のように揺れました。

 そこに浮かんだのは、去年の夏祭りの光景。

 赤や青の提灯、夜空に大輪の花火。

 子どもたちの笑い声。

「わあ……! 本物だ!」

 タックが目を輝かせます。

 しかし、その映像は次の瞬間、音もなくしぼんで消えました。

『過去は幻。手に取ることはできない』

「えっ……」

『思い出は宝物。でも、そこに居座ればいまが消える。お前はそれでも戻りたいか?』

 タックは言葉を失いました。


     ◇


 ティックが静かに口を開きます。

「タック、君はその夏祭りがあったから、いまここにいるんだよ」

「……」

「もし本当に戻ってやり直したら、オレたちとこうして話してる時間もなくなるかもしれない」

 タックはじっと友達を見ました。

 ベルも鐘を震わせながら言います。

「音は消えても、心に残るの。時も同じよ。過ぎた時間は消えない、ちゃんと胸に残ってるの」

 タックの胸に、去年の花火の音と光がよみがえりました。

 それはもう十分すぎるほどの宝物に思えました。

「……オレ、やっぱり戻らなくていいや。今があるから、十分だもん」

 影はゆっくりとうなずきました。

『賢い選択だ。ではわたしは去ろう……時は常に前へ。だが心は、思い出を抱いて進むことができる』

 光がふっと消え、塔の奥はまた静かな闇に戻りました。


     ◇


 しばらく沈黙がありました。

 やがてタックがぽつりと呟きました。

「なあ……思い出って、なくならないんだな」

「そうよ。むしろ大事にすればするほど強く残るの」

 ベルが微笑みました。

「だから、ぼくらは前に進みながらも、思い出と一緒に生きていける」

 ティックが頷きます。

 タックはにやっと笑いました。

「よし! じゃあオレ、もっと楽しい思い出つくるぞ! そしたら未来に進んでも、胸いっぱい宝物が残るからな!」

 三人は顔を見合わせ、思わず声をあげて笑いました。


     ◇


 その夜。

 雪の降る町は静まり返っていましたが、人々は布団の中で不思議に温かい夢を見ました。

 懐かしい声や風景がやさしく現れる夢。

 目覚めるとみんな、少し幸せな気分になっていました。

 それは、時計塔の仲間たちが「過去は宝物、未来は希望」と気づいたことで、時の流れがやさしくなったからでした。

 鐘が夜明けを告げると、雪の町に清らかな音が広がりました。

 その音は、人々に「今日という時を生きよう」と静かに語りかけていました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ