男たちの雑談
6月29日で『魔術師の杖』は連載開始4周年です(^^)ノ
よくある「白派?黒派?」のお話。3人組+1名の雑談。
『あなたは白派?黒派?』
ライアスはちょっと首をかしげて即答した。
「俺は白かな」
質問の意図などぐるぐる考えだしたらキリがない、こういうのは直感で答えるに限る。
(どうして白が好きなのかとか、さらに突っ込まれたら困るが……やはり清潔感かな)
生真面目なライアスが白が好きな理由を、あれこれ考えはじめたところで、ユーリはサラリと軽い調子で言った。
「僕は黒もイイと思います。妖艶だし素肌が引き立ちますよね」
こげ茶の髪をしたオドゥがすかさず、からかうように突っこみを入れる。
「へぇお前、素肌なんて見る機会あるの?」
(……それは俺も思った)
パチッと目が合うとライアスの考えが伝わったのか、ユーリは意味深なほほえみを浮かべた。
「あ、内緒でお願いします。『王太子は黒が好き』なんて王都新聞にでも書かれたら、売り場が黒一色になりますからね」
何だろう、大人ユーリに負けた感がある。ちょっだけ焦ったライアスは、レオポルドに話を振った。
「レオポルドはどっちだ?」
「…………」
銀の長いまつ毛が物憂げに動いただけで、黄昏色の瞳には何の変化もない。それでも話はちゃんと聞いていたらしい。
「脱いでしまえば、どちらも同じだろう」
それだけ言ってまた口を閉ざす。もとより飲み会のネタみたいな雑談に加わる気もないし、聞いてきたのがライアスだから返事をしたまでだ。
それでもネリアが白と黒の下着を持って、「どっちがいいかな?」と聞いてきたら、まじめに考えて答えるだろうが。
「そ、そうか……」
話が途切れて、ライアスもそれ以上突っこめない。
「『どちらも同じ』って、オドゥが言いそうなセリフですよねぇ」
ユーリがそう言って、オドゥに赤い瞳を向けた。
「僕はそんなこと言わないよ」
黒縁眼鏡のブリッジに指をかけ、深緑色の目を細めたオドゥは、笑ってユーリの言葉を否定する。
「どっち派っていうか……そうだな、トップノートはヴィオで、ミドルノートにはパウアの花やサラーの樹皮も使う。マウナカイアみたいな南国で採れる素材は、官能的で神秘的な香りになるからね」
何だか呪文みたいな単語がたくさん出てきて、ライアスは顔をしかめた。
「香り?」
「そう、下着の色なんてどうでもいいけど、抱きしめたときにふわりと感じる、相手の香りにはこだわるかな。ベースとなる抽出には錬金釜で合成したものを使う。錬金術師ならではだろ?」
オドゥの説明に、ユーリは軽いショックを受けた。
「錬金術師ならではって……僕、そんなの知りませんよ」
「だってお子様には関係ないもん、抱きしめたときの香りなんて」
「僕は成人してますよっ!」
ユーリが抗議すると、オドゥはめんどくさそうに言う。
「成人つってもさぁ、ついこないだじゃん。植物系の香りならヴェリガンだって詳しいぜ」
「えっ……」
ここでまさかのヴェリガンが急浮上。ユーリは赤い瞳をきらめかせて身を乗りだした。
「僕がウブルグからカタツムリの話を聞いているあいだに、オドゥとヴェリガンはそんな話をしてたんですか⁉」
オドゥは思いだすように首をひねる。
「まぁ、そうなるかな。ヴェリガンは行動力が伴わないだけで、女の子が喜びそうなこと、ちゃんと研究してたし」
「僕もそういうの交ぜてくださいよ」
口をとがらせたユーリに、オドゥは意外そうな顔をする。
「だってお子様には関係ないだろ」
「だ・か・ら、僕は成人してますよっ!」
「あー……そのうちね」
「うわ、はぐらかされた」
あくびをしてすっとぼけたオドゥにユーリがむくれていると、今まで黙っていたレオポルドがぽつりとつぶやいた。
「……香りか。さすがオドゥだな」
「何、お前も興味あんの?」
「彼女はきれい好きだからな、好みの香りで染めるのはおもしろそうだ」
すっくと立ちあがったレオポルドに、オドゥは目を見ひらいた。
「まさか今すぐやる気か?」
「塔にも素材はある」
ふっと口の端に浮かべたほほえみ、それだけで見る者の動きを止めてしまうほどの、精霊のごとき美貌を残像のように残し、銀の魔術師は転移して姿を消した。
三人はそれをあっけにとられて見送り……しばらくして我に返ったオドゥが天を仰いだ。
「うわ、あいつ上機嫌で塔に帰っていった。こういうとき差が出るんだよなぁ。レオポルドが本気になったら、僕にはどうしようもない。『さすがオドゥだな』とか言いながら、何でも自分のモノにしてオイシイとこ全部持ってくんだよ!」
「差が出るとは、どういうことだ」
けげんな顔をしたライアスに、オドゥはため息をついて説明した。
「僕のは後づけの知識だからさ。香料の歴史や産地、ベストな配分なんてのは、貴族階級で育ったあいつは自然と身につけている。いまごろ組みあわせをいろいろと考えているだろうよ」
レオポルドはいつもそうだ。何にも興味がなさそうな淡々とした態度をとるが、やる気になったときの行動力は凄まじい。
「え、僕はそんな知識学んでませんけど」
戸惑うユーリに、オドゥが指摘する。
「アルバーン公爵夫人なら、調香師に自分の香水を作らせるだろうけど、リメラ王妃はそういうタイプじゃないから、その差じゃねぇの?」
「あ、そこかぁ」
納得したユーリに対し、ライアスは出遅れ感がハンパない。白がいいとか考えている場合ではなかった。
「俺は香水の知識も身につけないといけないのか……」
これならずっとドラゴン相手に訓練をするほうが、まだマシかもしれない。だいぶ弱気になったライアスを、オドゥがなぐさめるようにフォローした。
「ほら、ドラゴンなら龍涎香とかあるじゃん。あと脇からでる分泌物も人気なんだろ?」
「ドラゴンの脇汗か?たしかに業者がときどき竜舎に布を回収しにくるが……」
竜舎の敷布に沁みついた香り……香水に混ぜれば深みがでるらしいが、それはあくまで微量だ。まともに嗅いだら、竜舎で寝ているような気分で落ち着かないだろう。
花や樹木、柑橘類のさわやかな香りとブレンドしてこそ、本領を発揮するのであって、それだけではただの動物臭とあまり変わらない。
「俺は絶対レオポルドには敵わない気がする」
腕組みをして大きくため息をついたライアスに、首の後ろに手をやったオドゥは、眉を下げてなぐさめにもならないことを言った。
「いや……まぁ、あいつも抜けてるトコあるから」
レオポルドは仮眠室の机に材料をならべ、長い銀髪を邪魔にならないようヒモでくくると、さっそく作業に取りかかる。
子どもの頃はミラが調香師にあれこれと、口うるさく注文するのを、ただ冷めた思いで聞いていただけだった。
素材からの抽出には時間がかかる。調薬ぐらいはレオポルドもよくやるから、その要領で魔法陣で調整しながら香りを取りだす。
香りをたらした試香紙を軽く振り、風にあててその変化を書き留める。
「ふむ、おもしろい」
風のように自由で、それでいて真っ向から向かってくる、彼女のイメージを香りで表現していく。柑橘系もいいが、さわやかな森の香りもいれたい。
「さすがオドゥだな。香水作りがこんなに心躍るものだとは」
組み合わせは幾通りもあり、配分しだいで香りも変わる。どうすればいいのか簡単には答えが見つからない。だからこそ楽しい。
できあがった香りをひと吹き……彼女が素肌にまとったとしたら。それを想像することさえ、罪深い空想のように感じる。けれど彼の手は止まらなかった。
(納得いくものができたら、七番街のガラス工房に香水瓶を注文しよう)
いつもの彼を知る者が見たら、その黄昏色の瞳に宿る強い輝きに、きっと驚いたことだろう。
レオポルドが作る香り……どんなものができあがるでしょうね。
ドラゴンがいるあっちの世界の龍涎香は、こちらの龍涎香とはまったく違う物だと思われます。









