もしもエクグラシアにバレンタインがあったら
2024年なのになぜ2023年?……とお思いでしょうが、昨年のバレンタインでTwitterに投稿したものです。
加筆して再構成しました。2024年のバレンタインSSは本編483話に投稿しました。
竜騎士団の詰め所はいつにも増して、色とりどりのリボンで飾られた、カラフルな包装紙に包まれた贈り物であふれていた。
それに埋もれるようにして仕事をしているライアスに、わたしは背伸びして話しかける。だってそうしないと、積みあがっている箱の向こうにいる彼の顔が見えないもの!
「ライアス、いっぱいチョコもらったね!」
紺色に銀のラインが入った騎士服を着たライアスは、顔をあげてわたしと目が合うとふっと笑った。ちらりとチョコの山に目を走らせて、何でもないことのように言う。
「今年はとくにすごいな」
「それ全部食べるの?」
竜騎士のライアスは体も大きくて、しっかり食べるほうだけれど、この量はふつうじゃない。彼は椅子の背もたれに体を預け、まじめな顔で眉を寄せた。
「もちろん食べるが、その前に解毒と解呪をしてからだな」
「何がしこまれてるの⁉」
目を丸くしたわたしに、ライアスはキラッとまぶしい笑顔を見せた。
「ネリアは知らなくていい」
その有無をいわさぬ迫力に、わたしはそれ以上突っこめず、口をつぐむしかなかった。
そして女性からプレゼントをもらいやすい男は、我が錬金術師団にもちゃんといるのだ!
「オドゥは何かいろいろだね。大劇場のチケットとか、意外とアクセも多いね」
「換金しやすいからね」
「こらぁ!そういう生々しいことをいうなぁ!」
わたしが怒っても、オドゥは黒縁眼鏡のブリッジに指をかけて、ものすごく優しげなほほえみを浮かべる。
「女の子たちが僕にかけてくれるお金も、彼女たちの誠意の表れだからだいじにしなくちゃ」
「いってる本人には、まるっきり誠意がないと思うんですけど」
「対価なりの仕事はしてるよ、ちゃんとね。彼女たちは僕とすごす時間にお金を払うんだから、大切にしてあげないと」
「うわー、女の敵!」
まったくもぅ……ふつうにしてれば話しやすいお兄さんなのに。オドゥは眼鏡の奥にある深緑の瞳を細め、ビロードのような声で甘くささやく。
「ネリアももう少し僕に甘えてくれてもいいのに。何だって相談にのるし、どんな願いもかなえてあげるよ」
「どうせ『対価が必要だ』っていうんでしょ。甘えません!」
オドゥは黒縁眼鏡から指をはなし、すこしだけ身をかがめてわたしの瞳をのぞきこむ。
「ネリアだったら……きみのほほえみひとつでじゅうぶんだよ。僕はきみのためなら世界だって滅ぼせる」
怖いから!
けれどオドゥがメチャメチャ雰囲気だしているその横で、ヌーメリアにもらったチョコをだいじそうに握りしめたヴェリガンが真剣な表情でコクコクうなずく。
「ぼ、僕もその気持ちわかる、かも」
ヴェリガンまで同調しないで!
「ちょっ、僕がせっかくいい感じでネリアに迫ってんのに。ヴェリガンといっしょって言われると……何だが気が削がれるなぁ」
オドゥは首をかしげて頭の後ろをポリポリかいたけれど、怖がるのをやめたといっても、警戒までは解いてないからね!
「アレクもチョコもらったんだね」
「うん、ヌーメリアからと……市場で仲良くなった女の子たちからももらった」
「ひょっとして、ヴェリガンより多い?」
「うぐっ!」
何か心の傷がえぐられたらしいヴェリガンの横で、アレクはポリポリとほっぺたをかいた。
「でもお返しもしなきゃいけないから、たいへんだよ」
「何アレク、お返しなんてするの?」
「え、リコリスの町にいたときからやってたよ。領主の息子はそれなりにモテるんだから」
お、おぅ……何だか男たちが真剣に話をしている。
「し、知ってる。チョコって子どもの時にいくつもらってたかで、大人になってからもらう数が決まるんだ」
「うわぁ、チョコの数で決まるヒエラルキーなんて、クソくらえだな。どうせ僕らライアスにかなわないし」
「ひがまない、ひがまない」
「そうですよ。数や金額じゃなくて、こめられた想いをだいじにするべきだと僕は思いますね」
さっそうと現れたユーリは両腕で抱えるほどのチョコを持っている。机の上にそっとならべられたチョコは、さまざまな形をしていてどれも彫刻品みたいだ。
「ユーリがもらったチョコはどれも凝ってるね!」
「うーん、自分で作るんじゃなくて菓子職人に作らせるからでしょうね。味は問題ないと思いますが、まずは解毒と解呪をしてもらわないと」
ライアスといいユーリといい……解毒と解呪をしてもらわないと食べれないチョコってどんなチョコなの⁉
「いや、待って。なんで毒とか呪いとかがかかってるのが前提なの?」
「だってこの季節は惚れ薬が爆売れですし」
ユーリがとうぜんのようにいうと、オドゥまでもうなずく。
「この季節は小遣い稼ぎにいいよね、惚れ薬」
「小遣い稼ぎって……オドゥが惚れ薬作ってたの?」
「僕だけじゃなくてヴェリガンも作ってたよ」
「えっ⁉️」
彼の言葉に耳を疑ったわたしは、あわててヴェリガンを見ると、彼は心なしか小さくなった。
「僕も……人並みにモテたいと……思ったときがあって」
「惚れ薬がほしくてやってくる女の子に、チヤホヤされてもモテたことにはなんないよ」
「うぐっ(涙」
オドゥの言葉がさらにヴェリガンの心をえぐり、ヌーメリアからもらったチョコを抱きしめていた彼の手はベタベタになった。
わたしはそのまま魔術師団の塔にいき、さりげなく彼の机に置かれた包みの数をチェックする。
「レオポルドはチョコ……あんまもらってないね」
「甘いものは好きではない」
予想通りの答えが返ってきて、わたしはあいづちを打った。
「そっか、そうだよね」
やっぱりそうだよね……レオポルドならきっとそう言うだろうと思ったんだ。けれど彼は光のかげんで色をかえる黄昏色の瞳を、まっすぐこちらへ向けてきて真剣な表情でいった。
「だがきみがくれるチョコなら食べる」
「えっ!」
目を丸くしたわたしに、さらに重ねて念を押すように言葉を続ける。
「きみのチョコだったら食べたい」
「あ、あの……」
「むしろほしい」
「そ、そう」
ダメ押しのひと言が決まり、気を利かせたマリス女史がお茶の用意をしに立ちあがる。
「……」
彼の黄昏時の空を思わせる瞳の色がぐっと濃くなった。これは期待している目だ。そしてわたしはうっかり何も考えずに塔にやってきたことを激しく後悔する。さっきまで散々みんなとチョコの話をしてたのに!
マリス女史とバルマ師団長がこそこそ話をする声まで聞こえる。
「どうしましょう、お茶を淹れようかと思いましけど、チョコがあるならコーヒーのほうがいいかしら」
「ああ、そうですね。師団長ならいっしょに召しあがられるでしょうし」
いや、待って。この流れでコーヒーが用意されたら、気まずいことこのうえない。
だってわたし……。
(どうしよう、何にも用意してないよ!)
きらめく銀髪を肩に流し、精霊のように整った美貌の主が真剣な表情で、わたしを見つめていた。









