アミュレット作り
2022ハロウィンSSの後日談です。
対抗戦が終わって秋の終わり、デーダスに行く前ですね。
魔女のお茶会があった翌日、アレクがトコトコわたしの所にやってきて、内緒話をするように耳元へ口を寄せた。
「ネリア、ヌーメリアにないしょで、ヴェリガンを手伝ってほしいんだ」
「ヴェリガンを?」
ヌーメリアは工房にいる。わたしはそっと師団長室を抜けだし、アレクといっしょにヴェリガンの研究室に行った。
するとホウメンゴケの上に敷物を敷いて、何やら植物を仕分けしていた彼が、わたしをみるなり「キャア!」と悲鳴をあげた。真っ赤になった顔を両手で覆い、そのままつっぷしてしまう。
「は、恥ずかしいぃ……」
「え、何なの。さっぱりわからないよ」
ヴェリガンはもごもごと何かつぶやいている。
「アミュ……を……くて」
「網をくれ?」
顔をあげたヴェリガンは涙目になっていた。わたしが泣かしたみたいじゃん!
「アミュレットを………つ、作りたくて。ヒィック!」
こんどはちゃんとつっかえながらも最後まで言い切って、けれどしゃっくりのおまけつきだ。
「アミュレット?」
何とかヴェリガンのしゃっくりを落ち着かせて聞いてみると、ヌーメリアのためにアミュレットというお守りを作りたいらしい。
「身につけるお守り、アクセサリーみたいなのだよ。お茶会帰りの魔女からバスケットを受けとったから、お返しをしたいんだって」
「そうなんだ」
アレクが説明した方がよっぽどわかりやすい……。ヴェリガンは赤くなってもじもじ続ける。
「彼女が喜びそ……なデザイン……相談に乗ってほし……」
「僕、髪飾りもかわいいよねって話したけど、こういうの女の人だからさ、ネリアのほうがわかるかと思って」
やっぱりアレクの説明の方がわかりやすい……。ヴェリガンはアミュレットの材料にするハーブを準備していたという。
「いいね!わたしもアミュレットがどんなものだか調べてみるね!」
わたしはマリス女史にエンツを送った。
「そんなわけだから、アミュレットについて教えてほしいの」
「何がそんなわけだ」
目の前にいる銀髪の魔術師は、せっかくの美貌をだいなしにするようなシワを、眉間にくっきりと刻んでいる。
「だってあのふたりぎこちないからさ、けっこうレオポルドも気を使ってくれたし、教えておこうと思って。それに〝魔女のお茶会〟にもくわしかったし」
「塔は魔女だらけだからな」
ため息をひとつつき、レオポルドは黄昏色の瞳でじっとわたしを見つめてたずねてきた。
「お前もアミュレットがほしいか?」
「へ、なんで?」
聞き返して思いだした。わたしもこいつにボッチャのお菓子、差しいれたんだ!
「あ、昨日の夜に差しいれたお菓子のお礼なら、気にしないでいいよ。ちょっと体験したかっただけだし」
気軽に答えたらレオポルドの顔色が変わった。
「まて!」
……ガタン!
……バタン!
レオポルドが叫ぶと同時に、バルマ副団長が椅子の音を立てて勢いよく立ちあがり、マリス女史も師団長室のドアから飛びこんできた。
「いまの話は本当ですかっ⁉️」
「ネリス師団長からバスケットを……⁉」
ふたりとも血相を変えてレオポルドにつめ寄り、彼は苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「……お前たちが思うようなことはない」
「でも召しあがられたんですよね。ネリス師団長!」
キッと眉をあげたマリス女史が、わたしをふりかえる。
「ひゃいっ!」
「ちょっと体験したかった……って。いくらウチの師団長が相手でも、もっとご自分を大切にしてください。その後お体に変わりはないですか?」
「うん、だいじょうぶ。そのあと居住区に帰ってぐっすり寝たし」
ボッチャジュースでほわほわとしたいい気分だったけど、お酒を飲んだわけじゃない。二日酔いみたいなこともなかった。そう思って答えると、マリス女史はジロリとレオポルドをにらんだ。
「朝までいっしょにいて差しあげなかったんですか?」
「頼む。本当にこいつはわかってないだけだ」
レオポルドは頭痛でもするかのように、自分の額を押さえて力なくうめく。
「や、押しかけたのわたしだから。それにレオポルドは食べるだけじゃなく、わたしにクッキーサンド作ってくれたし」
おもてなしだってちゃんとしてくれた。押しかけた割には親切な対応だったと思う……と必死にフォローすれば、マリス女史とバルマ副団長はさらに目を見開いた。
「お返しまでされたんですか⁉️」
「ガチじゃないですか!」
「お前はもうよけいなことを言うな!」
「えっ、何⁉」
マリス女史とバルマ副団長は眉をよせて、わたしとレオポルドの顔を交互に見くらべ、それからふたりで顔を見合わせると大きくため息をついた。
バルマ副団長は苦笑いしてレオポルドに告げる。
「あー……アルバーン師団長、来年の〝魔女のお茶会〟までにはきちんと説明してあげた方がいいですよ。なし崩しに事を済ませなかったのは、ほめてあげますが」
「こいつが訪ねてくるとは思わなかった」
レオポルドが憮然として答えれば、気を利かせたマリス女史がさっと話題を戻した。
「そうですね……アミュレットでしたか、いくつか図案をお持ちしましょうか」
「お願いします!」
そのままわたしは塔の師団長室で、アミュレットの図案を見ながら、レオポルドから講義を受けることになる。
「アミュレットは魂を守るもの、魔除けでもある。ヴェリガンの故郷はサルジアとの国境に近い。呪術や死霊使いにもなじみのある土地だ」
「護符とはちがうものなの?」
首にさげたグレンの護符にふれながら質問すれば、レオポルドはうなずいた。
「似ているがちがう。アミュレットは死霊使いが使う呪具が元になっている。もともとは死者の魂を、悪しきものから守るための埋葬品だ」
「えっ、埋葬品⁉」
「使う術が特殊であまりいいイメージがないが、死霊使いの役割は生者と死者をつなぎ、死者を守ることだ。アミュレットを贈るのはヴェリガンの故郷では習わしなのだろう」
レオポルドは目を伏せて、図案のページを一枚一枚めくっていく。
「相手の一生を……魂までもふくめて守る、という決意をあらわすものだ。生者が身につければアクセサリーとなる。その者に近しい者が作り、肌に直接つけた方が効果が高い」
「じゃあ、相談されたわたしも責任重大だね。わ、いろんなデザインがある。指輪にブレスレット、それに首飾り?」
「身につけられるなら何でもいい」
「それならアレクが提案した髪飾りも入れてもらおうかな。ヌーメリアは灰色の髪があまり好きじゃないから。それとペンダントはいつも下げているから、ブレスレットとかどうかな」
「色石を使うなら、指輪や耳飾りなども華やかですよ」
マリス女史の提案に、わたしは首を横にふる。
「ヴェリガンは植物で作るつもりなんだって。彼の魔力が乗せやすいから、色のちがうハーブを準備してた。指輪や耳飾りだとかさばるかも」
「さすがは〝森の王〟ですわね。ならば伝統的な古い図案もありますよ。素朴だけれど躍動感がありますね」
「いいね!」
わたしはマリス女史に手伝ってもらい、虫をかたどったものはやめて、花や鳥をモチーフにした髪飾りとブレスレットの図案をいくつか選ぶ。
「これであとはヴェリガンに決めさせよう。魂までも守るという決意かぁ。ステキだね、憧れちゃうなぁ」
「お前……自分はいいのか?」
ふとレオポルドが聞いてきた。
「何が?」
「師団長ともなれば縁談も舞いこむ。国王に頼めば身元のたしかな相手とて紹介してくれるだろう。だれかと添いとげようとは思わないのか?」
「わたし、そんなガラじゃないもん。師団長やるだけで精一杯だし」
「…………」
無言になったレオポルドに、わたしは言葉を重ねた。
「このままで、じゅうぶんだよ」
住めるところがあって、おいしいものが食べられて、身分も保証されている。イヤなことがあればライガでひとっ飛びすれば、たいていのことは忘れられる。
レオポルドは息をつき、広げていた図案を取りあげた。
「師団長ならばアミュレットも権威を感じさせるものがいい。若い女性なら華やかさもほしい。シンプルでも色石を使い、極小の魔法陣を刻む。グレンの護符にライガの腕輪があるから、耳飾りか指輪だ」
「錬金術をやるとなると、指輪は外しちゃうかなぁ。つけてると邪魔なんだよね。イヤリングは耳たぶが痛くなるから、長時間つけると頭痛がしちゃうの」
「……そうか」
小さくつぶやき、彼は図案をパタリと閉じて、マリス女史に渡した。
「後でもういちど見る」
「かしこまりました」
ヴェリガンが選んだのは、二羽の小鳥が赤い実を運ぶかわいらしい図案だった。
寄り添う小鳥は〝相愛〟、実は〝豊穣〟をあらわすらしい。未来を築いていくふたりにはピッタリじゃない?
「ふふっ、ヴェリガンうれしそうだね」
「ネリア、だれかを幸せにできるって……うれしいよ。それが好きな相手なら……なおさら」
さっそくハーブを編んでいく彼の横顔は、わたしから見ても何だかカッコいい。しばらくヌーメリアにはないしょだね、とふたたびアレクとささやきあう。
ヴェリガンが手を動かしながら言葉を紡ぐ。
「僕は……ずっと迷惑をかけないように……ってそればかりで。だれかを自分の力で幸せにするなんて……考えたこともなかった。そんなこと……できないと思ってたし」
「ヴェリガンは自信がないだけだよ」
こくりとうなずいて、ヴェリガンがアレクの頭をなでた。
「アレクが教えてくれた……『ヴェリガンはすごい』って。それに『ヌーメリアはこうすれば喜ぶ』とか、彼女が困ってることとか……いろいろ」
「アレクが?」
「へへっ、僕の作戦勝ち!」
おどろいてアレクを見れば、ニカッと笑ってガッツポーズを決める。
「僕はさ、ヌーメリアやネリアがいくら親切にしてくれても、王都でどうしたらいいかわからなかったからさ。ヴェリガンの世話をするのがちょうどよかったんだ」
「うっ」
「だって僕から見てもどうしようもない大人なんだもの。朝は起きられないし、ご飯だってちゃんと食べないし」
ひとつひとつアレクが欠点を挙げていくと、ヴェリガンの背が縮こまった。
「でもさ、ヌーメリアを幸せにしてくれるなら、どんな大人でもよかったんだ。あの日僕を助けてくれた彼女を幸せにする仲間なんだよ」
ふたりは拳と拳をコツンとぶつける。
「アレクの……アミュレットも……作る」
「えっ、あ……わたし、髪飾りとブレスレットのデザインしかもらってないや」
「だいじょうぶ。僕と……おそろいで作るから」
「カッコいいのじゃないとやだよ」
アレクの注文にわたしとヴェリガンは笑った。元はアトリウムだった研究室には穏やかな午後の日が注ぎ、樹々が金色に色づく。夏にはあれだけ飛んでいた月光蝶も姿を見せない。
秋の終わりと同時に冬がやってくる。冷たい風が吹きすさぶデーダス荒野とはあまりに違う光景に、わたしはちょっとだけグレンとの暮らしを思いだした。
ネリアの考えがどうであれ、このときにピアスのデザインは決まり、塔のふたりにはレオポルドが本気だということが伝わりました。









