2.魔女の爪はただもんじゃなかった
「爪ってだいじなの。指先に明かりを灯すときは意識して、爪の先端に魔素を集めるようにするの」
ニーナが人差し指を立ててポッと小さな明かりを灯してみせる。これは転移と同じく、魔力持ちにとっては初歩的な術らしい。
「爪にこだわりがある魔女は多いわよ。髪と並んで自分の分身、術の媒体として使えるし」
魔力持ちにとって自分の体は魔素の塊だ。髪や爪は手軽に使える素材でもある。
レオポルドが髪を長く伸ばしているのも、オシャレのためではなく何かに使うためだと聞いたことがある。
何に使うかまでは知らないんだけどさ!
「お手入れも欠かさないわよ。オイルを塗ったり、形を整えたり。貴婦人ならそれはもうきれいに磨くでしょうね」
わたしはちょっと自分の手を丸めて、指先に並ぶ爪を眺めた。
「わたしの故郷でも指の爪ひとつひとつに、色をつけたり全部ちがう柄を描くとか流行ってました」
「わかってるじゃない、その魔女!」
高校生だったわたしはネイルなんてふだんしなかったけど、夏休みに従姉のアケミ姉ちゃんからやってもらったりした。
みっつ上の兄貴しかいないわたしには、ネイルも自分でやるアケミ姉ちゃんがオシャレ上級者に見えたものだ。
(マスキングテープでライン引いたり、爪楊枝でドットをつけたり……シールも貼ってかわいくしてもらったなぁ)
「というわけだからさ、ネリィも爪を飾ってみたら?」
「そうですね」
ニーナがサーデを唱えて、寝泊まりしている自分の部屋からメイクボックスを取り寄せる。
こういうときのニーナは行動的というか、有無を言わせぬ迫力がある。
わたしも爪の手入れはそれなりにやっている。
伸びたらすぐに切っているし、爪にいいというサラーのオイルも塗っている。
とはいえ白いドレスローブに合うような、控えめな色なら爪にのせてもいいかも。
きっと貴婦人たちはそういうところも見ているんだろうし。
だが乗り気になったわたしは、ニーナが次々と取りだす小瓶を見て後ずさりした。
「えっ……ま、まさかそれを爪に飾るんですか⁉️」
「そうよ、ニジイロトカゲの皮にカマムシの翅、ケダマの目、あとはフウゲツコウモリの牙に……」
「ひいいいぃ!」
どこの世界に極彩色をさトカゲの皮や、虫の翅や、スイカの種サイズのころんとした目玉や、コウモリの牙を爪に飾る淑女がいるんですか!
うん、この世界にはいるんだね、きっと……。
「なんかちょっと、想像していたのとだいぶちがいます…… いやああぁ!」
おそるおそるケダマの瓶詰めを手にとると、中にぎっしり詰まった目玉がいっせいにギョロリとこちらを向いて、わたしは悲鳴をあげた。
こんなん爪につけたら顔洗うたびに目が合ってうなされる!
「力を誇示するためのものだしねぇ、やるなら思いっきりゴテゴテ飾ったほうがいいわよ」
「そうよ、どんなデザインがいいかしら。ネリィの手ってちっちゃいからまずはつけ爪?」
ニーナもミーナもきゃっきゃと楽しそうに、ノリノリでデザインを考えはじめる。
魔女の手仕事と同じで、ふたりとも手を動かすのが好きだし、オシャレに関することには目がないのだろう。
そしてこの世界のネイルは、染料で爪を染めるか接着剤のようなもので飾りを貼りつけていくのだと知った。
このままではわたしの爪はシャキーンとエグいぐらいに伸ばされ、ミニサイズの目玉やら牙やら何かとんでもないもので飾られてしまう。
あっちの世界でもキラキラネイルの原料は魚のウロコだったりするし、そう変でもないのかもしれないけれど……さすがに目玉はイヤだ!
焦ったわたしは必死に考えて、ふたりに提案した。
「あああの、クリスタルビーズとかを飾って、魔法陣を爪に描いてあしらったらどうでしょう。そのほうが錬金術師団ぽいと思うんです!」
デザインはわたしの想像できる範囲でお願いしたい。
「魔法陣の陣形ってオシャレですよね。砕いた魔石を散りばめれば効果が高そうですし」
夢中になっていたふたりは、くるんとそろってわたしを振りむいた。ニーナが若草色の目をまたたく。
「その発想……なかったわ。爪に魔法陣を描いてそこに魔石をセットすれば!」
「……すれば?」
何だろう、何ができるんだろう、ふたりのようすを見守っていると、ニーナがパァッと顔を輝かせた。
「うまくいけば指を振るだけでだれでも魔法が使えちゃうのよ!」
「やだ、超便利じゃないですか!」
ミーナがほほに手をあてて小首をかしげる。
「けれど爪に描ける大きさの魔法陣となると、限られてくるわね」
「そうよね、でも体に直接刻めば魔改造になっちゃうけど、爪なら生え変わるもの。だれでも試しやすいわ!」
どうやら体に魔法陣を描くのは儀式やまじないでやることはあるものの、オシャレとして使うという発想はないそうだ。
けれど虫の翅や得体が知れない目玉よりはよほどいい。ふたりが興味を示したことで、わたしはがぜんやる気になった。
「やってみましょうよ!」
ニーナとミーナは顔を見合わせる。
五番街に店をかまえ、王都の流行を作りだしエクグラシアのファッションに新風を吹きこむふたりは、新しいことにためらったりしない。
「うーん、私たち魔術学園は中退したから、ちょっと行きにくいけど……行っちゃう?」
ミーナが言えばニーナもうなずいた。
「そうね、魔法陣といえばあの先生よね」
「先生って……だれか心当たりが?」
わたしがたずねればミーナが意外そうな顔をした。
「あら、ネリィもよく知ってる人だと思うわよ」
「よく知ってる人?」
それでもピンとこないわたしに、ニーナがあきれたように息を吐く。
「魔法陣研究の第一人者といえば、シャングリラ魔術学園初等科教諭のロビンス先生よ!」
「おおっ、ロビンス先生ならわたしも会いに行きたいです!」
わたしに転移魔法を教えてくれて、マウナカイアにもやってきたロビンス先生。
ダルビス学園長にはあまり会いたくないけれど、来年は錬金術師団にふたりも卒業生を迎えることになるのだ。
あいさつに行っておいてもかまわない、むしろ行くべきだ!
「じゃあきまりね!」
ニーナはさっそくロビンス先生に約束をとりつけて、わたしたちはシャングリラ魔術学園に彼を訪ねた。









