1.魔術書は難しい
思いつきで書いた七夕SSです。
夏が始まったばかり……ということで、職業体験にやってきた頃を想定してます。
「おおーっ、これが魔術学園で読む魔術書!」
さすがにアレクが家庭教師から学ぶことより高度な内容らしく、複雑な陣形や計算式がびっしりとページに記されている。
うん、見ただけで目を回してしまう。物理学の公式とどっこいどっこい……それ以上に複雑かも。
塔にいるあいつもこれを必死に勉強したかと思うと、無愛想なヤツだけどそこは尊敬できる。
「呪文のある世界でよかったぁ。ぜんぶ術式を編まないと魔術を使えない世界だったら、わたしとほうに暮れてたよ」
レナードが銀縁眼鏡をキラリと光らせた。
「魔法陣を多重展開できる人間に言われても説得力ないな」
きみたちは知らないだろうけど、このお姉さんは転移魔法だって覚えたてだからね。
魔術に関しては学園生どころかアレクにも負ける、超絶初心者だから!
……とは言えないので、「ふふっ」と余裕ありそうな笑みでごまかしておく。
大人のほほえみ、超便利。
魔術を究めるどころか、デーダスでは素材を空の彼方に飛ばしたし、もしかしたらわたしの魔術的センスは皆無かもしれない。
……ダメじゃん!
魔導国家エクグラシアの錬金術師団長がコレじゃ、絶対ダメじゃん!
ここはどうにか魔術のコソ練をしよう、わたしはそう思い立った。
(アレクほど初歩じゃなくて、学園生ほど複雑じゃないやつがいいな)
そんな覚えるのに手頃な、バランスがいい魔法ってあるんだろうか。
「ねぇ、ソラは精霊の力を使って師団長室を管理しているのよね?」
「はい」
「それってどうやってるの?」
「たいていの用事は風を喚べば事足ります。あとは家事魔法も使います」
そういってソラは師団長室のホコリを風で寄せ集める。
便利そうだけどもしもわたしがやると、絶対嵐の後みたいになる。
「家事魔法かぁ、浄化の魔法や加熱の魔法陣ならグレンに習ったけど……アイロン魔法ぐらいは覚えてもいいかも!」
「ネリア様……」
ソラがすっと近寄ってきた。
「お気にいりの服を焦がしたくなければ、やめられたほうがいいかと」
いつもの無表情で淡々と注意された。
「あ、それじゃあ修復の魔法陣とかどうかな?」
覚えられたら便利そうなのに、ソラはやっぱり首を横に振った。
「それもネリア様にはあまり向いていません。とにかく根気がいる魔法ですから、魔術師たちも目が死にます」
「そ、そう?」
目が死ぬのはイヤだなぁ……。
「じゃあどんなのがいいかな」
「ネリア様はバーンと魔法陣を敷いてドーンと魔力をこめるような、多少大雑把でも魔力さえあれば何とかなるようなものがいいです」
とても的確かつざっくりしたアドバイスをしてもらった。
「……ということがあったんだよね」
「それをなぜ私に相談する」
銀髪の涼やかな美貌を持つ魔術師は、それをだいなしにするような深いシワを眉間にくっきりと浮かべた。
「魔術師団長ならそういうのくわしそうだし。あと手頃な魔術の練習場所が近くにあったら教えてほしいの」
「塔にも魔術訓練場ならある」
「そういうんじゃなくて、川べりでトランペットの練習するとかそんな感じがいいの」
「とら……?」
「コソ練感がでるじゃん!」
「何がいいたいかよくわからんが、川ならマール川があるだろう」
王都にくるときにドラゴンたちとヘリックスが戦ったマール川。田園地帯を流れていて、イメージよりも川幅が広すぎる気がする。でもまぁいいか。
「じゃあそこにしよう。練習するのは何がいいかな、造形魔術とかもやってみたいよね!」
オドゥやレオポルドが花をポンッと咲かせるやつ。
「待て。天変地異を起こす気じゃないだろうな」
「えぇー、だいじょうぶだよ」
たぶん。
レオポルドはわたしの顔をまじまじと眺めたあと、こめかみを押さえて深くため息をついた。
「わかった、私もいく。それと練習するのは幻術にしよう。幻なら実害もそうあるまい」
実害もそうあるまいって……でも〝幻術〟という言葉の響きにひかれたわたしは、彼の提案に乗ることにした。
研究棟へ戻ってそのことを伝えれば、ソラはこてりと首をかしげる。
「マール川でレオと幻術の練習……ピクニックですか」
「そんなんじゃないけど、お弁当はあったほうがいいかな」
「レイメリア様も『魔法の練習だ』と、よくレオを連れておでかけされました。つまりはピクニックですね」
どうやらソラの中では「おでかけして魔術の練習=ピクニック」ということらしい。









