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【11/1コミカライズ連載開始】魔術師の杖 短編集 ネリアとレオポルドのじれじれな日常  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
4巻発売1周年記念SS カイ、王都へいく

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5.カイの観察眼

 図星である。レオポルドは鍋の具をバランスよく全員の皿に盛ったが、自分が食べたいものもしっかりと確保していた。


 ふだん自分の好き嫌いを口にしたことはないし、いつも淡々と食事をする彼が何を好むかなど、だれも気にしたことはない。


 ネリアはとくに何も言わなくても、彼の好みを理解してくれていた。


 デーダス荒野でそれほど凝った食事がでてきたわけではない、材料は手にはいりやすく保存が効くもの、調味料も塩や砂糖ぐらいしかなかった。


 いつだったか彼女がぽつりと言ったことがある。


『グレンもね、これが好きだったんだ』


 レオポルドがグレンといっしょに過ごしたのはほんの数年だ、それから十年以上離れて暮らし、育った環境は何もかもちがう。


 なのに師団長室の本棚に並べられたクマル酒の銘柄から、父グレンの好みや自分との共通点を知る。


 食べかたが似ているとカイに指摘されても、レオポルドは何と答えていいのかわからない。


 デーダスで暮らしていたネリアも、いま目の前にいるカイも、彼が知らないグレンを知っている。


「……私はグレンではない」


 ようやくのどの奥からしぼりだしたのは、それだけだった。


 カイはエメラルドグリーンの瞳を見開いてキョトンとして、それから気まずそうに頭をポリポリとかいた。


「わりぃ、父親に似ているとか言われたら腹立つよな。俺も海王と同じとか言われたらうんざりする」


 これではまるですねているみたいだ……そう思ったが、レオポルドはだまってそっぽを向いた。


「レオ……だっけか、お前は背筋も伸びてて食べかたもキレイだし、そこんとこは全然似てねぇ。あいつはもっとこう……猫背でかきこむように食ってたし」


「グレンの話はもういい」


 手を挙げて制してもかまわず、カイは言葉を続けた。


「だけどふたりとも、食事のことなんか何も考えていなさそうな顔で、しっかり好物は確保する。それでいて一番最初にバクりといかねぇんだ。まるで食べるまでの幸せをかみしめるみたいに、最後までだいじにとっておく」


「ほぅ、ふたりにそんな共通点が」


 オーランドがグラスを傾けつつあいづちを打つと、カイは自慢げに胸をトンと叩いた。


「おぅよ、俺の観察眼はたしかだぜ。なんたってウミウシの食事を何ヵ月も観察してるからな。これ、女とのつき合いかたにも同じことが言えるんだぜ」


「……」


 レオポルドは自分の皿を見つめた。無関心に見えて本当に好きなものはさっさと確保する。それでいてすぐ食べず、最後までだいじにとっておいて幸せをかみしめる。


 ウミウシの食事風景をいくら観察しても、男女の機微など読みとれそうにないが、あながちはずれている……とは言えない気がする。


 レインがすかさずカイに突っこんだ。


「じゃあカイがさっき『ぜんぶ頼む』って言ったのは……」


「あ、俺オンナならたいていイケるから。逆にレインのおっさんはいつものヤツって……揺るがねぇよな」


「おうよ、いつものヤツが一番安心する。まるで俺のために生まれてきてくれたかと思うぜ。手にしっくりなじむこのフォルムもちょうどいい」


 レインはクマル酒の瓶を抱きしめるようにして瓶に口づけた。


 彼が手に持つ瓶はクマル酒でも人気の銘柄だから、自分のために生まれてきたと言い張る人間は全国におおぜいいそうだ。


「だけどよ、カイにしたってぜんぶイケるといっても、好みってもんはあるだろ。俺は何飲んでも結局コイツに戻るが」


 とくりとクマル酒をついだグラスをレインが差しだせば、それすらもくいっと飲みほしてカイは陽気にウィンクする。


「さぁな……探してるだけかもな。それまでに飲んだ酒のことなんかすべて忘れさせてくれる、()()()()()()()()ってヤツを」


 そんなことをぬけぬけと言い放つ男は、だらしないようでいてまったく油断がならない。


 自分のグラスがカラになったカイのもとに、また新しい酒が運ばれる。こんどの酒は血のひとしずくのような真っ赤な色だった。


 カイはまるで血をすするように、グラスの酒を舐めながらライアスに水を向けた。


「そっちのキラキラはどうなんだ?こんなかで一番女にモテそうなツラしてるが」


 〝キラキラ〟と呼びかけられたライアスは、困惑しつつも真面目に答えた。


「酒の好みでいえば俺はとくに……しいて言えば、みなで楽しく飲める酒がいい。食事がうまいなら何を飲んでもうまいと感じる」


「つまり女ならだれでもいいんだな」


「は?どうしてそうなる」


 目をむいたライアスに、カイはめんどくさそうに説明した。


「キラキラは自分に優しくてニコニコしている、そうだな……レインとかともうまくやれる女ならそれでいい。好みやこだわりは特にない。自分のためにかわいいカッコでもしてくれりゃ大満足だ」


「なっ……」


 絶句しているライアスをオーランドは眉間にグッとシワを寄せ、銀縁眼鏡の奥からうかがうように見た。


(このていどで動揺するとは竜騎士としては、一人前でも団長としてはまだまだ修行が足りぬぞ……ライアス!)


 海の領域を統べる海王のひとり息子と、堂々と渡りあうにはライアスはまだ経験が浅い。


 カイは初対面のレオポルドやライアスをからかっているだけだ。その証拠にすでに面識があるオーランドやレインには、ちょっかいを出さない。


 もとより生真面目な弟が腹芸を苦手としているのは、兄であるオーランドもよく知っている。


 そのまっすぐな気性が、竜騎士たちからもかわいがられ愛されていることも。


 だがこれは気の置けない飲み会という形をとった外交……師団長たちと海王子とのトップ会談でもある。まったく油断はできない。


(いかにこの場を乗り切るか、ライアス……お前の成長ぶりを見せてもらうぞ!)


 ちなみにオーランドも好物はしっかり確保して、だいじにとっておく派だ。


 好みのタイプなど把握されたら、弱みを握られるようなものだ。自分の本命である女性のことなど、たとえ家族であってもとことん隠しておきたい。


 だからレオポルドの気持ちがわからないでもない。


 そしてレオポルドはといえば、カイの矛先が自分からそれたのを機に、ふたたびもくもくと食べはじめた。


 どうやら彼の好物らしき、ホクホクした白身魚をかみしめるようにしている。


(寡黙にしてマイペース……さすがは魔術師団長だ)


 オーランドはひそかに感心したが、レオポルドはよくしゃべる酔っ払いの相手など、アーネスト国王のおかげで慣れていた。

みんなそれなりに酒が入ってますので、言ってることや考えていることは適当です。

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