4.ガード下の居酒屋
カイを連れてどこに行く?
アンケート1位は居酒屋となりました。ご協力ありがとうございました!
ネリアが見たら「ガード下の居酒屋みたい!」と叫んだだろう。
「カイを連れてくなら気どった店じゃないほうがいいな。俺にまかせてくれ!」
そういって紺色の髪を持つベテラン竜騎士レインが案内したのは、魔導列車の高架下にある貨物駅の近くにある店だった。
エクグラシア全国各地から王都シャングリラに向かって魔導列車はやってくるが、シャングリラ中央駅で降りた人間たちは転移門や魔導バスで移動する。
王都シャングリラの中を環状に走るのは、客車ではなく貨物列車だけだ。
王都の物流は主にマール川の支流が流れこむ六番街にある船着き場が担っている。
シャングリラ中央駅と六番街を結んだ線路がのばされ、やがて環状にぐるりと発展したのだった。
「これは……このようなところにも店があるのだな」
ライアスが看板もだしていない店をみあげて驚いた声をだした。高架下にある線路を支えるアーチを利用した空間は、ドアすらもなくただテーブルと椅子がならべられているだけだ。しかもけっこうにぎわっている。
「酒を飲むのに雨さえしのげりゃそれでいい。食材は六番街の市場から毎日仕入れてるから新鮮だし、副団長のデニスとはよく来るぜ」
オーランドが銀縁眼鏡のつるを持ちあげ、レンズをキラリと光らせた。
「営業許可を得てはいるが……本来は違法だ。魔導列車の高架を補強する際には立ち退くことになっている。しっかりした店舗を構えることは難しいだろうな」
「そういいつつ、営業はオヤジの代から二十年だけどね。いらっしゃいお兄さんたち、何にするね」
愛想よくでてきた店主に案内され、あいているテーブルに陣取ると、すぐに湯気が立つ鍋と取り皿が運ばれてきた。
ホカホカと湯気をたてる鍋には、ブツ切りにされた魚介の塊が豪快に放りこまれ、グツグツとあぶくが立っている。
「まだ何も注文もしてないぞ」
目を丸くしたライアスに店主は豪快にカラカラと笑う。
「この店にやってくる客は、みーんな腹をすかせてる。好き嫌いがあるなら別に注文してくれ」
「オヤジ、揚げ串も頼む。何をだしても食うからな!」
レインの注文も豪快そのものだった。
「あいよ、そうこなくちゃ!」
カイはエメラルドグリーンの澄んだ瞳を、キラキラと輝かせて鍋に見いっている。
「おわー、これが王都鍋かぁ!」
王都鍋……という料理は存在せず、どちらかというとごった煮に近いのだが、カイの命名は店主も気にいったらしい。
「王都鍋!いいねぇ、兄さんシャングリラは初めてかい?」
「ああ、揚げ串ってヤツもすんげぇ楽しみだ!」
「まかせときな、それで何を飲む?」
店主がサッとメニューを開くと、空中に瓶やグラスの映像が展開した。これにはレインが驚いた。
「おわっ、こんなん初めて見たぞ」
「魔道具ギルドの新商品でさ。いちいち酒の説明をしなくてもすむだろ」
魔道具ギルドが誇る空間投影の技術を使ったものらしい。手を振ればどんどん酒の銘柄やグラスの映像がかわっていく。
あっけにとられてしばらく眺めていたレインは、首をかしげてボリボリと頭をかいた。
「こんなん慣れている俺には逆にめんどくさいけどな、いつものクマル酒をたのむわ」
「いつもの……つーても、クマル酒にも十は銘柄があるんだけどねぇ。それじゃいつものヤツを瓶でだすよ」
「おぅ」
「すげぇ!おもしれぇ!」
カイには大ウケだったようで、映像に目を輝かせて手を振りながら、メニューをつぎつぎに表示させていく。
「兄さんは何でも珍しいみたいだな。で、何にする?」
「ああ。ぜんぶ頼む」
あっさり答えたカイに、店主がポカンと口をあけた。
「ぜ、ぜんぶ?」
海王子は注文も豪快すぎる。あっけにとられている店主の横で、オーランドが冷静に問いただした。
「カイ……ぜんぶとなると酒だけでも三十種類はくだらないし、カクテルなどのアレンジを加えると百は超えるのだが」
褐色の肌をしたカイはニカッと白い歯を見せて笑う。
「それなら三日三晩飲み続けられるな。お前らも飲むんだろ、かたっぱしからいこうぜ!」
おい待て。だれが三日三晩飲み続けると言った……そういえばカイに連れ去られたテルジオが、翌朝ありえないぐらい人間をやめていたことをオーランドは思いだした。
あのときのテルジオを何かに例えるとするなら……浜辺に打ちあげられ、じりじりと太陽に照らされるクラゲだ。
オーランドはテーブルに座る一同を見回した。ベテラン竜騎士のレインは多少やさぐれても何とかなるが、クラゲなライアスとレオポルドを見るわけにはいかない。王都防衛上、それでは困る。
オーランドはカイの代わりにあらためて注文しなおした。
「カイ、いちどに注文したらテーブルに乗りきらない、グラスを空けてから次を注文しろ。そうだな……メニューを順番に持ってきてくれ。それでいいな」
「おう、かまわねぇぜ」
エンドレスであることには変わりないが、テーブルに乗るグラスは人数分とその場で決めた。テーブルに運ばれたグラスはだれかが飲めばいい。
カイがおうようにうなずくと、ホッとした店主がまずはレインにクマル酒の瓶とグラスを運んできた。
レインはクマル酒の瓶をだいじそうに抱きかかえ、早々に戦線離脱を宣言する。
「俺はこれさえあればいい、団長がんばれよ」
「ああ」
ライアスは王都中の女子が悲鳴をあげそうな、キリリとひきしまった表情で青い瞳をきらめかせてうなずく。
(団長、それキメ顔の無駄使いぃ……)
レインは思ったが何も言わず、クマル酒をグラスに注いだ。この酒には人生の甘味も苦みもすべてがはいっている。
メニューの上に並ぶ酒は、マール川流域でとれる麦を使ったマールと呼ばれる発泡酒が多い。船着き場で働く男たちが好む苦みのある酒だ。渇いたのどを潤して、塩気のある料理によく合う。ただし飲むとトイレが近くなるが。
カイのグラスには金色に近い明るい色のもの、ライアスのは赤褐色、レオポルドには黒っぽい酒が注がれ、どれも細かい泡が表面を覆っている。
オーランドのは赤と黒、二種類を混ぜたものだ。
「まずは乾杯といこう」
「王都の夜に!」
「「「乾杯!」」」
カイが飲みものを決めているあいだに、レオポルドは鍋からアクをすくい、それぞれの皿にとりわけていた。
全員の前においしそうに盛られた皿が置かれ、ハシやレンゲまで添えられて仕事が早い。
これは親切でやっているのではなく、ムダを嫌う性分なのだ。
レオポルドは涼しい顔で黒のマールを飲みほし、パクパクと鍋の中身を片づけていく。
とくにしゃべりもせず、もくもくと食事をするレオポルドを、カイがポカンと見つめた。
「何だ」
ようやく黄昏色の瞳と目が合い、カイは親戚のおじいちゃんみたいな気分でウンウンとうなずいた。
「いやぁ、お前……食べかたまでグレンにそっくりだな。マイペースに見えてしっかり自分の好きなもん食ってるだろ」
レオポルドの動きがピタリと止まった。
飲みはまだ始まったばかりです。









