次代の皇帝
怪盗パンコレの被害に遭った令嬢は、帝国の中でも美しいと評判の者ばかりである。
そしてその中でも、婚約が破談になってしまった悲劇の令嬢たちは、皇太子ロウマック・ビアンケリアの婚約者としてまとめて受け入れることになっていた。
その婚約式が終わったのがつい先日のこと。
第一婚約者であるメルメル・アフロディーテを始めとする、総勢12名のそうそうたる顔ぶれがロウマックの婚約者として立ち並ぶことになった。
「……はぁ。紅茶が不味いな」
午前の中庭で紅茶を傾けるのは、第一皇女ランネイ・ビアンケリアだ。
怪盗パンコレの最後の犯行が行われてから、既に3ヶ月ほどの時が過ぎていた。帝都の治安もすっかり元通りになっている。
あたりには秋の気配が立ち込めており、寝る時にネグリジェ一枚という者も既に少ない。思えば初めから、あの暑い時期を狙っての犯行だったのだろう。
「ランネイ様。ただいま戻りました」
「エトカか。どうだった?」
「はい。皇女様への縁談申し込みはゼロです」
「……知っているし、どうでもいい。別件だ」
ランネイはふぅとため息を吐くと、エトカにジト目を向ける。
「あー、あの件でしたか。新しいパンツセットは、無駄に細かいオーダーを受けた優秀な職人たちが貴重な時間を哀れにも浪費して、非常に精巧なものが既に完成しております」
「その件でもない。分かっているだろう?」
ランネイが紅茶のカップを置く。
すると、エトカは周囲に聞こえないような小さな声で呟いた。
「……黒でした」
「分かった。皇帝との面談は設定できるか?」
「先程急ぎで申し込みましたので、今日の昼過ぎにでも可能になるかと思われます」
「ありがとう。では、調査資料を確認するから一度部屋に戻る。それにしても……残念だ」
「えぇ。本当に」
ランネイは力が抜けたように俯くと、憂鬱を顔に滲ませながらゆっくりとその場を後にしたのだった。
皇帝を前にしたランネイは、恭しく頭を下げる。そして、型にはまった挨拶をすると、促されるままに腰を下ろした。
「それで、今日はどうした。ランネイ」
「はい。例の怪盗パンコレ事件。背後にいた黒幕の正体がわかりました」
皇帝は少し驚いたように目を見開いた。
ランネイは重苦しい気持ちを抑えながら、どうにか言葉を続ける。
「事件の調査をしていく中でも、私は自分のパンツが盗まれたことはずっと秘密にしておりました。知っているのは陛下、エトカ、アズサの三名のみだったはずです……」
「……あぁ。私からも誰にも言っていない」
「そんな中、ある者が私に言ったのです。『パンツが返ってくるといいですね』と」
ランネイは、あの時の衝撃を思い出す。
まさか彼が黒幕だとは、その時まで欠片も考えていなかったのだ。
「この事件の黒幕は……皇太子ロウマックです」
「……やはりそうか」
「分かっていたのですか?」
「お前のように根拠を持って推理したわけではないが。ただ、最近の生活態度を見ているとな……もしかしたらと薄々思っていたのだ」
そう言うと、皇帝は疲れたように肩を落とす。
執務室に沈黙が降りる。
ロウマックは婚約式が終わると、その美女揃いの婚約者達をとっかえひっかえ寝所に招いては、いろいろと楽しむようになったらしい。
もちろん中には深い関係になることを拒絶する者もいる。ただ、この先のことを考えると令嬢側の立場も弱く、ロウマック自身もそういった者たちをいかに懐柔するか楽しんでいる節があった。
「調査によりますと……ロウマックは、ランジュ王国の暗部と繋がっておりました。戦争の情報も漏れていたものと思われます」
「……だろうな」
「彼は王国貴族と結託して、暗殺者ギルドに依頼を投げることにした。帝国美女のパンツを集めるようにと……」
王国にとっては、帝国の治安を混乱させられる一手である。そしてロウマックにとっては、今の姿を見ても分かる通り、美女揃いの後宮を築き上げるチャンスであった。
実際、有効な手ではあったのだろう。
様々な要素が重なった結果だが、帝国は今年のランジュ王国侵攻を見送っている。今後の予定も立っていない。
「集めたパンツはどうなっている?」
「はい。皇太子宮の私室の奥に、ひっそりと飾ってあるのが発見されました。動かぬ証拠です」
「そうか……本当に、残念だ」
皇帝は目元を押さえると、大きく息を吐き、何かを考えるような仕草をする。そのまましばらくして、ゆっくりと顔を上げた。
「……ロウマックは廃嫡する」
「えぇ、妥当かと。本当の理由は首脳部以外には明かせませんが……王国暗部と親密になっている以上、この国の未来を任せることはできません」
「そうなると、次の皇帝だが……」
皇帝は少し間を置いて、ランネイを見た。
「ランネイ。帝国初の女帝になる気はあるか?」
「いえ、ありません」
「即答か。なぜだ」
「私には、人心を慮る才がありませんでした」
そう言って頭を下げる。
今回の事件を通して、ランネイは自分がトップに立つべき人間ではないと思い始めていた。何より、実の弟であるロウマックの気持ちを読み切れなかったことが彼女を苛んでいたのだ。
彼が歪んでしまった理由には、少なからず自分の活躍が絡んでいたことだろう。
「ランネイ。一度考え直してくれんか。代わりを立てるにしても、第二皇子はまだ幼い」
「……そうですね。もう少し考えてから結論を出すことにします」
「うむ。帝国の未来を、よろしく頼む」
おそらく皇帝の中では、次期皇帝はランネイに決まっているのだろう。そのことを正確に察しながら、ランネイは再度頭を下げて執務室を後にした。
皇女宮に戻ると、エトカが何やら荷造りを初めていた。驚いたランネイは、彼女に問いかける。
「どうした。何をしている」
「え? それは逃げる準備ですよ、ランネイ様」
「……どういうことだ」
意味のわからない回答に少し混乱しながら、ランネイはソファに腰を下ろす。そんな彼女へ、エトカは少し焦った様子でオロオロとし始めた。
「ランネイ様? あれ? どうせ、皇帝陛下から次期皇帝を押し付けられそうになっているんですよね。てっきりこのまま帝国城から逃げるのだとばかり思っていたのですが、違いましたか……?」
「……あー……お前は本当によく気が回るな」
「あ、ですよね……ホッ、良かった」
エトカの様子を見て、ランネイはなんだか一気に解放されたような爽快な気持ちになった。
逃げたければ、逃げてしまえばいい。難しく考える癖があるランネイだが、たまには何も気にせずに思うがまま人生の針路を決めるのも良いだろう。
「エトカは一緒に来てくれるのか?」
「はい。どこまでもご一緒しますよ、私は」
「そうか。まぁ私のパンツを被るくらいだしな」
「えぇ。最近は被るだけじゃ飽き足らず……」
「飽き足ってくれ、そこは」
ランネイは笑いながら一緒に荷造りを始める。
怪盗パンコレはものの見事に帝国から逃げおおせたのだ。探偵皇女たる彼女がその頭脳をフル回転させれば、同じように逃げ切ることだって十分可能だろう。
「あぁ、そういえばランネイ様」
「なんだ、どうした」
「神官ニャウシカが、帝国を出るようですよ」
「ほぅ……」
「行き先は、最近立ち上げようとしている新興国のようです。攻め落としても旨味の少ない山奥の土地を確保して、たくさんの子どもの奴隷を買って、開墾をしながら住む場所を作っているみたいです」
それはおそらく、難しい事業になるだろう。
帝国の政治を深く学んできたランネイであっても、一から国を作ろうとすれば上手くやれる自信はない。発生するだろう困難はいくつも思いつく。
だが、どんな状況であっても、コツコツと努力を続ける根性さえあるのなら、あるいは――
「もしや国主の名はキリヤか?」
「大正解です」
「ククク……。では、私たちもそこへ行こう」
ランネイが提案すると、エトカはコクリと頷いて微笑みを返す。
「はい。そう言うと思い、神官ニャウシカには竜車に同乗できるよう頼んでおきました」
「お前は本当に気が利くな」
そう言うと、ランネイは心の底から湧き出る可笑しさを抑えきれず、大きな笑い声を上げてエトカを力強く抱きしめたのだった。
これにて『暗殺者キリヤのパンツ集め』は終幕となります。お楽しみ頂けましたでしょうか。
キリヤやランネイたちが今後どうなっていくのか、それはまたいつか別の機会にでも語れればと思います。
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ありがとうございました。





