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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
三章 暗殺者の帰還
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皇族の姉弟

 帝国城の中庭。

 午前のティータイムを楽しんでいたランネイの元にやってきたのは、美女ランキング2位の令嬢メルメル・アフロディーテ、そして弟である皇太子ロウマックであった。


「姉上に相談がありまして……。実は、早々にメルメルと婚約してしまおうと思うんです」


 彼の相談はそんな風に始まった。


 皇太子ロウマック・ビアンケリアは12歳。

 容姿は父親の鏡写しで、筋肉質で大きな体に鋭い目をしている。将来は美丈夫に育つことだろう。一方でその性格は、どちらかというと母に似て穏やかであった。


 同じく穏やかな性格のメルメルと二人で並ぶと、そこだけ年中春のような雰囲気になる。ランネイはそんな二人を眺めるのが嫌いではなかった。しかし、


「ロウマック。通例であれば皇太子の婚約式は15歳で行うことになるだろうが……早く婚約したい理由があるのか?」

「はい。その通りです」

「どんな意図がある」


 ランネイの問いかけに、ロウマックはキュッと手を握る。


「姉上は聞いていませんか? ……怪盗パンコレにパンツを盗まれた女性が、婚約を破談にされてしまうケースがいくつも起きている、と」


 彼の言葉にランネイは頷く。

 確かに最近、そういった話をよく耳にするのだ。


 帝国法にも精霊神典にも、結婚前に守るべき貞操は明文化されていない。そのため、見知らぬ泥棒にパンツを奪われたことを「貞操を失った」と見る者も確かにいるらしい。


「……そこで、メルメルと話していたんです。僕がこのタイミングで彼女との婚約を発表すれば、そういった婚約破談の動きに歯止めをかけられるんじゃないかと」


 なるほど、とランネイは頷いた。

 確かに、メルメルのようなパンコレ被害者と皇太子が婚約を結べば、皇族は本件について貞操への懸念を持っていないとアピール出来るだろう。


 いつも穏やかで政治にはあまり関心を持っていないらしい弟も、メルメルが絡むとなれば懸命に考えるらしい。


「ふふ。メルメルと早く婚約者になって、公然と破廉恥な行為をするつもりではあるまいな?」

「あ、あああああ姉上っ!?」

「冗談だ。あぁ、メルメルもすっかり赤くなってしまったな。悪かった」

「も、もう。お姉様ってば……」


 二人はモジモジしながら身を寄せ合い、体の後ろで隠すように手を握り合っている。ランネイにはその様子が丸わかりだが、指摘するのも野暮だろうと黙っていた。


 ランネイが紅茶のカップを傾けると、ロウマックは話を再開する。


「それで、姉上に相談したかったのは……僕とメルメルの婚約だけでは、貴族社会に与えるインパクトが小さいと思ってるんです」


 そう言って、彼は少し恥ずかしそうに後頭部を掻く。


「僕は姉上ほど優秀じゃない。貴族社会では、姉上が男だったら良かった、って声も多いですし」

「ロウマック……」

「あぁごめん姉上、僕に何か思うところがあるわけじゃないんです。ただ、皇太子とはいえ僕の婚約が持つ影響力はそれほど大きくないから、今回の目的を考えると力不足なんじゃないかと思って」


 ちなみにだが、現在のランネイには婚約者がいない。

 数年前、探偵皇女と呼ばれ始めた殺人事件の犯人が、当時の婚約者だったのだ。そして、数々の事件を解決して行くうちに名を上げ過ぎて、国内の貴族は軒並み尻込みしている状況だった。


 ロウマックの横では、メルメルが気まずそうに視線を逸している。姉弟の間に思うところはなくても、周囲からすればそのあたりの繊細な問題はコメントしづらいものがあるのだろう。


「……あとは、既に婚約を解消された女の人たちですよね。彼女たちをどうにか救ってあげたいんですが、僕にできることは限られてますから」


 悩ましげに目を伏せるロウマック。

 彼には現皇帝やランネイほどの優秀さがあるわけではない。しかし、皇族の中では例外なほど人の心を考えて優しく振る舞う少年であった。


「お前には、彼女たちを救う方法がある」


 ランネイはそう言って、弟の顔を見た。


「えっと……?」

「簡単な話だ。パンコレのせいで婚約が破談になった令嬢たちを集め、全員をお前の婚約者にするのだ。もちろん第一婚約者はメルメルとし、他の者は名目上の婚約者としておくだけで良い」


 そうすれば、メルメルだけと婚約するよりも強いインパクトを持って、パンコレ被害者の貞操に問題がないことをアピールできるだろう。

 また、彼女たちの「パンツを盗まれた令嬢」というレッテルも、「皇太子の婚約者」という箔で上書きできる。


「その全員と結婚しろとは言わん。恋人でもできれば下賜する形を取れば良い」

「なるほど……それなら確かに彼女たちを救えるかもしれませんね」

「まぁ、お前の外聞は多少悪くなるかもしれないがな。事情を知らない者からすれば、婚約者の多い尻軽な皇太子だと見られる可能性はあるだろう」

「そっかぁ……まぁ、仕方ないか……」


 ロウマックは少しだけ顔を顰めてから、隣に座るメルメルの手を握った。


「メルメル。なんかごめんね」

「いいの。婚約が破談になって落ち込んでる人たちの力になれるのは、ロウマック様だけだもん。それを嫌だなんて言わないよ」

「あぁ……メルメル」

「ロウマック様……」


 二人はキラキラした目で見つめ合う。

 そのままどんどん距離が近づいていき――


「コホンッ」


 ランネイの咳払いによって中断される。

 婚約後であれば二人の間に何があっても大体のことは許されるが、今はまだ色々と我慢してもらわないと困る。


 ロウマックは姿勢を正し、まっすぐにランネイを見た。


「婚約者の件は、父上とも話してみます」

「……苦労をかけるな。ロウマック」

「姉上ほどではありません」


 そう言って、メルメルの手を取り立ち上がる。


「姉上のパンツも返ってくるといいですね」

「あぁ。そのためにも、私は必ずパンコレを捕らえるつもりだ。この帝国城に十選メンバーを集めたのは、奴への誘いだからな……絶対に乗ってくる」

「えぇ。成功を祈ります。お気をつけて」


 ロウマックとメルメルは一礼すると、仲睦まじい様子で手を繋ぎ、その場を去っていった。


「――エトカ。いるか」

「はい、ランネイ様。どうされましたか」


 呼ばれるとすぐ、メイドのエトカがどこからともなく背後に現れる。


「一つ、秘密裏に調査してほしいことがある」

「はい。ロウマック様との会話から何か思いついたことでもあったのですか?」


 ランネイはコクリと頷くと、紅茶を口に含み、憂鬱そうな吐息を一つ漏らした。



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