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暗殺者キリヤのパンツ集め  作者: まさかミケ猫
二章 探偵の逆襲
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魔導研究所

 帝国魔導研究所。

 帝都の外れに作られたその大きな建物は、ビアンケリア帝国の覇道を下支えする重要な研究施設であり、また研究職の魔術師を養成する学校も兼ねている。


 その施設内の、とある研究室。

 ソファの上で膝を抱えて落ち込んでいるのは、第一皇女ランネイ・ビアンケリアであった。


「もう嫌だ……パンツ3つも盗まれた……」


 涙声でそう呟きながら、彼女は膝の間に顔を埋めた。全12色あったパンツも、赤・緑・金を盗られた今は9色。セブン・パンツ思考法もファイブ・パンツ魔闘術も、色の欠けた状態ではその運用が大幅に制限される。


 止むことのない怪盗パンコレの犯行に、彼女の心はボロボロだった。探偵の矜持も皇女の仮面も剥がれかけ、居ても立ってもいられず幼馴染の元へと逃げ込んで来たのだ。


「クヒヒヒヒヒ……。ランネイが折れかけるなんて珍しいね」


 そんな声が聞こえ、彼女の前に氷の浮いたミルクがことりと置かれる。キンキンに冷えたグラスは、窓から差し込む日差しに汗をかいてテーブルを濡らした。


「いつも強気なランネイらしくない。『癒やしの緑』が不在なのは、やっぱり大きいのかい?」


 そう話すのは、魔術師の女の子だった。

 ランネイと同い年ながら、妖精のように可愛らしい童顔。儚げに揺れる色素の薄い髪。そして、それら全てを台無しにする目の下の隈と、薄汚れて穴の空いた白衣。


「……アズサ博士」

「よそよそしいなぁ。二人きりの時くらい、口調を崩しなよ。昔みたいにさ。クヒヒヒヒヒ」


 彼女の名はアズサ・ハクセイ。

 皇女とは幼馴染であり、帝国美女十選に名を連ねるほどの美少女だ。だが、普段は化粧っ気も皆無であり、周囲からも魔導研究に人生を捧げる変人魔術師として扱われていた。


 ランネイはグラスを手に取り、ミルクを一気に飲み干す。


「で、ランネイ。捜査はどんな状況なのさ。いくつか手は打ってるんだろ?」

「あぁ……だが、今のところすべて空振りに終わっている。読み違えていた事も、予想外の事も起こりすぎていてな。頭が痛くなる一方だ」


 疲れたように話すランネイを前に、アズサはコクコクと首を縦に振る。


「パンコレ教団とかね。聞いた時は笑ったけど」

「あれは誰にも予想できんだろう」

「クヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……」


 空になったグラスをテーブルに置きながら、ランネイは大きなため息を吐く。冗談でなく神殿がパンコレを神格化すれば、捜査はやり辛くなるだろう。


 思ったように進んでいないのは、なにもパンコレ教団の件だけではない。パンコレ対策としてオッカー商会に開発を頼んだ就寝用タイツは未だ実用化には程遠い状態だ。容疑者のリストアップも進めているが、ピンと来る者も未だ見つからない。


「ランネイの襲撃予測は?」

「大外れだ。完全に読み違えたよ」


 てっきり、パンコレが平民を狙い始めたのは一時的に貴族を油断させるためであり、隙を見せれば再び前と同様のターゲットを狙い始めると思っていたのだ。


「……見事に平民ばかりやられてるねぇ」

「あぁ、私の失態だ。ここ数日は、第三席デコラ嬢の屋敷で張り込みをしていたが……まるまる無駄になってしまったな」

「クヒヒヒヒ……デコラちゃんは自分のパンツが狙われなくて不機嫌になってたけどね」


 帝国美女十選のメンバーで、まだパンツを盗まれていないのは3人だけだった。第三席デコラ。神官ニャウシカ。そしてここにいる魔術師アズサだ。


 以前のパンコレであれば、遠くないうちにデコラが狙われると踏んでいたのだが、今となってはそれも怪しい。


「神官ニャウシカも寝返ったようなモンだからねぇ……クヒヒヒヒヒ、デコラちゃんでなければ、次は私の番かな」

「笑ってる場合か」

「まぁこれでも、私なりにパンコレ対策は取ってるからねぇ。一応はうら若き乙女だし。パンツ泥棒に脱がされるのは御免だからさ」


 そう言うと、アズサが取り出したのは一本のスプレー缶だった。どうやらそれがパンコレ対策の発明品らしい。

 稀代の天才と言われる彼女の魔道具は、どれも目新しく独特だ。付き合いの長いランネイにとっても初めて見るモノが多い。


「それは何だ、アズサ」

「クラウドドラゴンのブレスを加工した、雲を固めるスプレーだよ。試作品だし、一晩しか効果は保たないけど、まぁ十分だね。最近はコレを使って、夜空の星を見ながら寝るようにしてるんだ。雲の上は涼しくて快適だよ」


 そう言って、アズサは窓の外を指差した。


 これまで怪盗パンコレは、襲撃時に魔術を一切使用していない。おそらくは、魔術の痕跡から居場所を追跡されるのを避けるためだろう。ならば、空の上というのは確かに良い逃げ場かもしれない。


 ランネイはほぅと感嘆を漏らして頷いた。


「このスプレーを他の者に配れないのが残念だ」

「そうだねぇ、クヒヒヒヒヒ……少なくとも、寝てる間に空から落ちても死なないような奴にしかコレは渡せないね。せいぜい私かランネイか……」

「あとはユニコーン騎士団のウォルターくらいだろうな。彼女については残念ながら、既にパンツを盗まれてしまっているが」


 そう話すと、二人はしばし黙り込んだ。

 ランネイは窓の外に目を向け、流れる雲を眺めながら、疲労でぼんやりする頭を少し振る。


 しばらくして、口を開いたのはアズサだった。


「……そうだ。ランネイの専属メイドの娘がいただろう。名前はなんだったか……元ワクナン家の……」

「エトカのことかな」

「そうそう、エトカちゃん。彼女、ランネイのパンツを盗まれてしまったことに相当な責任を感じているようでね……実は相談を受けたんだ」

「相談?」


 ランネイが首を傾げると、アズサはニヤニヤと笑みを浮かべながら部屋の隅へ行く。そして、一つの紙袋を持って戻ってきた。


「パンツが3枚も欠落して、推理力や戦闘力が相当落ちているんだろう? これは、それを補うためのモノさ。身に着けるといい」


 ランネイは袋を受け取ると、訝しげにそれを開き、中に入っていた布を摘み出す。


 アズサは素晴らしい発明を多くする代わりに、これまでに微妙なモノも数多く作ってきた。果たして今回の発明品は――


「これは……ガーターベルト……?」

「クヒヒヒヒヒ。これには『思考加速』の魔術を込めてある。効果は微弱だけれどねぇ。パンツと一緒に身に着けるといいよ」


 その説明に、ランネイは驚愕のあまり目を大きく見開いた。それはこれまで、神話などには語られていても、魔術や魔道具としては誰も実現したことのない術だったのだ。


「伝説の魔術じゃないか……! 一体いつの間に魔道具化に成功したんだ」

「つい今朝さ。私は天才だからね……インスピレーションさえ浮かべば、あとはちょちょいとね」


 そう言ってクルクルと指先を回す。

 アズサはこれまでにも、その特異な才能でランネイの想像を凌駕する発明をいくつもしてきた。だが今回は、それらと比べても飛び切りだ。


「はは……ははは。凄いじゃないか、アズサ! これがあれば、私の推理力は一段階進化する……!」

「そこまで劇的な効果は期待しないでくれよ。ただ、君のメイドからの必死の願いに応えただけさ」

「あぁ。エトカにも後ほど感謝を伝えよう」


 ランネイは本当に久しぶりに、心の奥底から湧き上がる歓喜に震えていた。こんな気持ちになるのは、あの日パンツを失ってから初めてのことかもしれない。


――運命神の持つと言われる天秤が、少しずつ自分の方へ傾いて来たように感じる。


 ランネイの心にやる気が満ちてきた。そして、何やらニヤニヤと笑みを崩さないアズサを見て、晴れ渡った気持ちのまま口を開く。


「そうだ。なぁアズサ……昔のように、仮説思考ゲームに付き合ってくれないか?」

「クヒヒヒヒヒ、懐かしいねぇ。いいよ」


 仮説思考ゲーム。

 それは幼い頃、その頭の良さで周囲から浮いていたランネイとアズサが、二人きりで編み出した遊びだった。一つの仮説をもとにして、そこから思考を発展させていく会話ゲームだ。


 現在ランネイが探偵に、アズサが研究者になっているのは、この遊びのおかげと言っても良いかもしれない。



 ランネイはニヤリと笑って、指を一つ立てる。


「――例えば、帝国美女十選の中に裏切り者(ジョーカー)がいるとしたら……それは誰だ」


 そんなランネイの問いかけに、アズサは驚いた顔をしつつも、眉間をこね回しながらポツポツと自説を展開し始めた。


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