3-15
「ところでクラスよ。先程のあの指と呪文のようなものはなんだ?」
狂喜乱舞しているウグリを見ながら、ガウレが問いかけた。
「えっ? 魔法……ですが……」
自信なくクラスは答える。
「魔力喚起がまったく感じられん。本当に魔法なのか? それに転移など大掛かりな魔方陣が必要なはずだろう? 俺には瞬時に現れたように見えたが……」
魔法が完成してからでは、避けられない攻性魔法もある。
魔業士が魔導士と戦うには、魔法を使うために魔力を呼び起こす瞬間を捉える必要があるのだ。
「喚起? ……まぁいいじゃないですか。それも秘密ということで」
(バレバレだったか……)
「そうか? お前がそう言うのなら、約束だからな。魔法の事は黙っておこう」
ガウレの北欧バイキングのような、たっぷりとした白髪交じりの髭の中から、にぃっと笑ったはずみで白い歯が現れ、
「話したらどうなる?」
ガウレの担いでいた5m超の鉄塊が、瞬時に消える。
「こうなって、俺は町を去ります」
「じょ……冗談だ。約束は必ず守る」
「お願いしますよ」
ドスンとガウレの背後で音がした。
振り向いたガウレは、そこに元の槌があることにホッとする。
「からかって悪かったな。……それにしても上手く使えば巨万の富も、思いのままだろうに」
「そうですね。でも今はその必要がないですから」
鉄槌をポンポンと叩き、ガウレが、
「そうか。この大きさの蓄魔鉱の結晶は、今では産出されないからな。割れたときには諦めていたんだ。再び手に入れることが出来るとは思わなんだ。感謝している」
「蓄魔鉱?」
「故郷でしか産出されない鉱石のことだ」
クラスはウグリを指差し、
「あの玉が繋がってる鎖も?」
「いや。あれは蓄魔鉱を精製した蓄魔鉄で出来ている。結晶よりは劣るがな。それでも普通の鉄とは業の掛かり具合いが比べ物にならん」
欠伸をかみ殺すと、ガウレはカルナに向かって、
「大鋏の娘。俺は少し眠る。聞きたいことはその後に酒場で答えてやる。後で来るといい」
ジャラジャラと玉鎖を体に巻きつけたウグリが、
「クラスのダンナも来て下さいよ! 奢りますんで!」
そう言って2人は、空き地を後にした。
ぴょんとカルサが、クラスに飛びつき、おんぶの体勢になる。
「グェッ!」
クラスはカルサの腕をタップするが、カルサは首から手を離さない。
「おじさん! さっきの何?」
「カルサちゃん。クラスさんが困っていますよ」
「うぐ……ドリアエズ家ニ戻リ……ましょう」
カルサの体を揺らして、1度きちんとしたおんぶの体勢に戻してから、クラスはカルサを地面に下ろした。
「時間がかかってしまいましたが、カルナさんの用事があったんでしたね」
「はい。ぜひクラスさんにしてもらいたいことが」
「してもらいたいこと!」
なにやらクラスは妄想し始めるが、ぶんぶんと首を振って、
「では家にもどりましょう」
「はい」
「ん」
3人も空き地を後にした。
ドルプの部屋からは、鼾が聞こえてくる。
「え~っと、お湯は冷めちゃったな……」
3人は、ドルプの家の応接間に戻っていた。
「あ、私がやります。クラスさんは座っていてくださいね」
そう言ってカルナが、狭くなっているクラスの前を通る。
身長170cのクラスの鼻の下を、カルナのふわふわの髪と共に頭が通り過ぎていく。
(ほへぇ……いいニオイ……。なんで若い娘ってこういう良い匂いがするんだろうか……)
「っと。じゃあお願いしますね」
クラスがテーブルに戻ると、カルサはすでに椅子に座って、足をプラプラとさせていた。
「今日はもう学校行けないね」
「ん」
カルサは片手をグーに、片手をチョキにして、なんとかチョキでグーを切ろうとしている。
髪の毛の赤みがかった金色は、姉と同じ色だ。
姉とは違うまっすぐな髪を、クラスの元の世界で言うショートボブの髪型にしており、こめかみ辺りの髪をときおり邪魔そうにかき上げる。
(この娘も成長したら、ものすごい美人になりそうだな……)
などと、父親目線のクラスがうんうん頷いていると、
「お待たせしました」
とカルナが、お盆に炒り豆茶セットを載せてやって来る。
「ありがとう。やらせてしまってすいません」
「いえいえ。炒り豆茶淹れるの好きなんです」
カップから湯気が立ち上る。
カルサはやはりきび砂糖を大量に入れて、息を吹きかけながら飲み始めた。
クラスは入れてもらった炒り豆茶を啜って、
「やっぱり女性から淹れてもらったのは一味違うな」
「男性から淹れてもらうのも好きですよ」
(いれてもらう!)
カルナの何気ない一言に、あやうくクラスは炒り豆茶を噴出しそうになる。
「あぁ淹れてもらうね。でも美味しいですカルナさん。ありがとう。じゃあ用件とやらを伺うとしますか」
クラスの対面の椅子へ座ったカルナが、懐から取り出したのは鈍く光る銀色の石。
にはクラスは目もくれずに、カルナの胸に釘付けになっている。
「これのことなんです。昨晩もお願いしたんですが。……クラスさん?」
「ハッ! ああ! かっこいい石ですねぇ。これを買えばいいんですか? でも生憎と持ち合わせが……」
「違います。もう、昨晩のことは何も覚えていないんですか? 口の中にまで入れてしまったというのに」
「売り物じゃない? でも口に入れたんですか? 俺が? それは申し訳ないです……」
「その事はいいんです。要件というのは、どんな方法でもかまいません、この石に傷をつけてもらえないか、ということです」
「この石に?」
「ええ。できれば真っ二つになんかして貰えれば」
「ちょっとお借りしますね」
クラスは、銀色の石を片手に取り、しげしげと眺める。
曲げた指の第2関節でコンコンと石を叩いてみたりする。
(真っ二つねぇ……)
笑顔と期待に満ちたカルナの目。ふと見れば、カルサもカップを咥えたままクラスをじっと見ている。
(この娘達、なんか厄介ごとに巻き込みそうな雰囲気してるんだよなぁ……。でも貼り付けは見られちゃってるし……)
クラスは石を机に置いて、
「オアタァ!」
右手でチョップを石に放つ。
ゴン、という鈍い音がして、
「あああぁ~」
情けない声を上げながら右手を左手で押さえて、クラスが床に蹲る。
「という訳で、無理ということで……」
カルナは笑顔のままだ。
「先程見せて頂いた、魔法みたいなものではダメなんでしょうか?」
「はぁ。増やしたりはできそうですがねぇ……。すみません」
(もしかしてとは思ったのだけれど……。このヒトでもダメならばこの町もそろそろ後にしないと)
カルナは笑顔のまま、心の中に落胆の色を広げる。
カルナの顔と、クラスの顔を見比べながら、その様子を見ていたカルサが、
「おじさん?」
「ん? 何だい? カルサちゃん」
「さっき何でもするって言った」
「へ?」
「玄関で、おじさん頭を地面につけて何でもするって言ったよ」
「う゛!」
(確かに言った。言っちゃったよ俺! 犬と呼んでくれとまで!)
クラスは右手で、自分の頭にアイアンクローをする。
(ああーもう!)
しばらくそうしていたが、頭から手を離しカルサに笑いかけ、
「ふぅ~。そうだね何でもするっておじさん言ったよね」
「ん」
カルサも笑顔を返す。
カルナは、カルサのこんな笑顔を見たことが無かった。
クラスは人差し指を立て、口の前に持って行く。
「これもナイショだよ」
カルナとカルサの目の前で、硬銀石は音もなく2つに切り分けられた。
累計ランキングにまで載ってしまうとは全く思っていませんでした。
拙い作品ですが、続けていこうと思います。
3章は18か19で終わりです。
1人で過ごす大晦日の部屋から、感謝を皆様に!!




