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異世界紳士録  作者: ガー
笑顔と復讐と星空
29/33

3-14

「あれ? サンダルが片方ないぞ?」


カルナたちを置いて玄関に来たクラスは、いつも履いているサンダルが片方しかないことに気付く。


いっしょについてくると言うカルナとカルサを先に外に出し、しばらく玄関を探すがサンダルは見つからない。


仕方なくブーツを履いて、ドアを開いたクラスが見たのは、地面のあちこちに空いた穴、穴、穴。


「なんだこりゃ。でっかい足跡?」


ふと見れば人だかりが出来ており、どうやらそちらが騒がしいようだ。


「カルナさんは、家に来るとき何か見ました?」


カルナは視線を空に移して、


「さぁ~。何もなかった気がしますけど。ねぇカルサちゃん?」


「ん」


「そうですか。なんだろう?」


3人は人だかりに近づいていく。






クラスは適当に、人だかりの見物人に声をかけた。


「何かあったんですか?」


「往来のど真ん中で、突っ立ってる奴と寝てる奴がいるんだよ。どけと言っても黙ったままで動きゃしない。でも睨まれると怖くてねぇ……。こうして皆で集まって、もう一回言おうと思っているんだけど……」


人だかりをかき分けてクラスが見たのは、不機嫌そうにクラスの片方のサンダルを持っている筋肉質な男と、気持ち良さそうに地面に寝ているひょろっとした男の姿だった。


(なんであのヒト、俺のサンダル持ってんだ……)


しばらく見ていると、サンダルを持っている男が、何かに気付いたかのようにクラスを睨み始める。


(なんかこっち見てるし!)


サンダルを持っている男は、クラスのいる方に向かって声をかける。


「おい」


人だかりがざわざわとし始め、男が声をかけた方向を一斉に見る。


クラスは、わざとらしく後ろを振り返った。もちろん誰もいない。


「お前だ。黒い髪の男」


(やっぱり俺かー!)


人だかりの中に黒い髪をしたヒトはクラスしかいない。


観念したクラスは、ため息をつきながら前へと出て行った。







(このオッサン怖ぇ……)


びくびくしながらクラスが男の前に立つと、


「酔いは覚めたようだな。……随分髭の伸びるのが早いな。まぁいい。昨晩はすまなかった。この通りだ」


意外なことに頭を下げてきた。


「え? あ、ああこれはどうも……」


(ホントに昨晩は何があったの? 俺っていったい……)


男が差し出してきたサンダルを、吠える犬に近づくようにして受け取るクラス。


だが、サンダルが男の手から離れない。


「それから、そろそろこのブーツを何とかしてもらいたい」


そう言って、自分の履いているブーツを男は指差した。


何の事か分からないクラスは、ためしに男の履いているブーツをクリックしてみる。


するとブーツだけではなく、あたりの地面全体が、選択状態を示す四角いポインタで囲まれている。


クラスが驚いて見回すと、寝ている男のブーツもその範囲内のようだ。


(グループ化か?)


「……ブーツ? 何のことですか?」


クラスはあたふたと『グループ化を解除』を選択し、目を泳がせる。


「何を言う。現にこうして……」


男の片足が上がる。


「こうして……。動くな」


もう片方の足も男は上げて、首を捻っている。


「ハハハ。嫌だなぁ。謝られることなんて何もナイデスヨ?」


まわりの視線を気にして、クラスは取り繕う。


「いや。確かにあそこで寝ている奴の足も……」


ムクリ、と寝ていた男が上半身を起こした。


「……ガヤガヤうるせぇなぁ。お。ダンナ。おはようさん。……あってめぇ! 昨日の酔っ払いじゃねぇか! 髭なんか生やしやがって、誤魔化せると思ってんのか! この足をどうにか……。なってるな」


寝ていた男は、何事もなく立ち上がり、


「あー。まだ顎がガクガクする。あのちっこいの思いっきり蹴りやがって」


いつの間にか近寄ってきていたカルサが、寝ていた男の足を踏みつけた。


「アイター! なにしやがるちっこいの!」


「バカ」


ギャアギャア言いながら追いかけっこを始める2人。


「……まぁあいつ等は放っておいてだ。」


今度こそ、サンダルをクラスに渡した男が、


「馬鹿呼ばわりされてでも、一晩待ったのだ。約束どおり武器を返してもらいたい」


「武器?」


「ああ。お前が消したときに、楽器と言っていた物のことだ。……まさか無くしたとは言うまいな」


「楽器?」


クラスは、噴出してきた汗を拭いながら、


(武器? 楽器? 消した? もういい加減にしてくれ昨晩の俺!)


男の睨むような視線に目を合わせず、クリップボードの一覧に見慣れないモノ(・・)が、追加されているのに気付いたクラスは、


(これか? ……こんな人だかりで貼り付けペーストしたら騒ぎになるな)


「とりあえず向こうにいきませんか? こんなに人の注目を集めちゃってますし。ねぇ?」


「……昨日の酔っ払いとは別人としか思えんな。分かった。おい、ウグリ遊んでないで行くぞ」


「覚えてろよ! ちっこいの! イタタタタ」


指をカルサに思い切り噛まれたウグリが、手を押さえてやってくる。


カルナの後ろで、カルサはあかんべぇをしている。


立ち去っていく5人を、人だかりは見送って、それぞれの生活へ戻っていった。







どこかの建物の裏。


人気の無い、それなりの広さもある場所に5人はぞろぞろとやってきた。


「ここでいいでしょう。あらかじめ言っておきますが、これから先に起こることは、他言はなしでお願いしますよ」


クラスは4人に向けて、真面目な顔をして前置きをする。


「どういうことだ?」


ガウレが問いかける。


「っと。自己紹介が遅れましたね。俺はクラス。今は賞金稼ぎのようなことをしています」


「俺はガウレだ。こいつが甥のウグリ。おいウグリ、昨晩のことを謝らんか」


「ケッ。勝手に割り込んできたクセに。お騒がせしてすみませんでしたね。酔っ払いのオッサン。」


「こちらこそご迷惑?をお掛けしたようで。……よく覚えてはいませんが」


ガウレが、ウグリの頭に拳骨をお見舞いする。頭を押さえてウグリはしゃがみこんだ。


カルサがにんまりとしている。


「……で、なぜ秘密にする?」


ガウレが改まってクラスに質問した。


「俺の魔法は特殊でしてね。まぁ色々と目立ちたくはないんですよ。もし喋りたいと言うのなら止めはしませんが、武器のお返しはできません。」


「……分かった。ウグリもそれでいいな?」


「へいへい」


クラスはカルナに向かって、


「カルナさん達もいいですね?」


「はい。カルサちゃんも」


「ん」


コクコクと頷いたカルサを見てから、クラスは何もない空き地に体を向ける。


(ん~と。最初のは~。おおぅ。いけないいけない。魔法って、指で印を組むんだったな。……印て何?)


両手の指を、グニグニと組合わせるクラス。


(ゲコゲコ。……これでいいか)


クラスの両手は、薬指の目が飛び出たカエルの形になった。


(次は呪文か……。ユンピョウトウシャ(・・・・・・・・・)ってヤツか? 全部覚えてなんかいねぇよ……)


クラスは頼りなさげに、


「……ちんから」


突然、宙にガウレの鉄槌が現れる。


ドスーン。


突如現れ、地面に落ちた鉄槌に4人は目が点になる。


クラスは、


(あれ? サイズ大きくない? こんなの持てないよ?)


鉄槌に向かって『サイズ変更』を選択し、クラスは鉄槌のサイズを縮める。


(楽器とかなんとか言ってたな……。なんだろうこの塊。棒とか生えてるし、マラカスみたいなモン?)


ガウレのトレードマークである巨大な鉄槌は、片手サイズのただの鉄と化した。


(ありゃ。棒が細くなっちゃった。……まぁいいか)


クラスは4人のほうに向き直り、


「これですかね? なんだかよくわからない物ですが」


口元を引くつかせて、ガウレは、


「おい、おい! 何だ今のは! どこから俺の槌を……。いやそうじゃない。大きさが!」


「ああ。すいませんよく覚えてなくて。もっと小さいんですね?」


「違う! まさか大きくもできるのか!?」


「大きくですか? ……もうめんどくさい。いいって言うまで大きくしますから。丁度いいところで止めてください」


そう言うと、クラスは鉄槌だった物のサイズ変更を始める。


ムクムクと大きくなっていくガウレの鉄槌。


(アニメーションOFFとかしてなくて良かったな……)


「おお、おお……」








ガウレの鉄槌は、元々は1本だった。


ある男との戦いで、2つに分けられてしまったのだ。


仕方なく2本を使い続けていくうちに、付いた通り名が「両槌」(りょうつち)


元々のガウレの通り名は、「巨巌」(おおいわ)


巨大な1本の鉄槌を振り回す戦士として、その名を馳せていた。








「いいぞ。その大きさだ」


ガウレの言葉に、サイズ変更をやめるクラス。


(えぇ~。うそーん。何この大きさ)


「……棒も大きくなっちゃいましたが」


「それは良い。なんとかする。ワッハッハッハッハ! やるではないかクラスよ!」


バンバンとクラスの背中を叩くガウレ。


「げはっガハッ! 痛い痛い」


(酔っ払ってブレークポイント取りやがったな! 昨晩の俺!)


咳き込んでいたクラスが、ようやく息を整えて、


「後で違うものだと言われても困りますんで、試してみてくれませんかね?」


(……分子結合的なナンタラとか、どうなってんだろ? ……角度とか)


「ん? そうか? では試してみようか」


ひょいと重さを感じさせずに、巨大な鉄槌を持ち上げるガウレ。


その光景に、今度はクラスが目を点にする。


ブンブンと唸りを上げて、鉄槌はガウレの手により踊っている。


「重さも丁度良い。久しく忘れていた感触だ!」


ズッ!!!


地面へ吸い込まれるように、あたかも元々地面に埋まっていたかのように、鉄槌は地面へ振り下ろされた。


「少し柔らかいか? だが業の通り具合も問題ない。そこは腕でどうにかするとしよう。大丈夫だ」


「……はぁ。貴方がいいと言うならいいんでしょう」


クリップボードには、今貼り付けた鉄槌と、もう一つ似た形をしているアイコンがある。


「もう一つも同じ大きさですか?」


クラスはガウレに聞いた。


「いや。いい。この1つで十分だ」


「わかりました。ではお次の方」


ガバッとウグリが、クラスの両肩を掴む。


「お、お、お、お、おい! 俺の玉鎖、俺の玉鎖も早く!」


「分かりましたから落ち着いて。今出しますから」


(くさり? なんだか鞭みたいなアイコンだな……)


クラスは、片手の人差し指と中指の間に親指を入れて、グニグニと親指を動かす。


その手を上に突き上げて叫ぶ。


「イッパツヤラセロ!」


またも、宙に突然ウグリの玉鎖が現れ、ジャラジャラと地面へ落ちた。


「ウホーゥ! 出てきた出てきた。大きさはこれでいいからな!」


「あ、間違えた」


「あ?」


宙にもう1つ、同じ玉鎖が現れる。


すでにある玉鎖と同じように、ジャラジャラと音をさせて、地面に落ちていくもう一本の玉鎖。


「今、消しますから」


「待て待て待て待て! いいんだいいんだ。まさかもう1つ手に入るなんて!」


カルナもカルサも、ガウレでさえ口を開きっぱなしだ。


「ヒャッハー! なんていいヒトだ。おっさん! いやクラスのダンナ!」


「はぁ……。そちらも同じように試してもらえますか?」


「ヨーシ! 後で繋げるから、このままで……」


ウグリはそう言うと、先端の玉を宙に放り投げる。


ジャラジャラと音をさせながら、空に向かって鎖は上昇していく。


そのうち伸びきった鎖はピタッと宙へ留まり、1本の棒のようになった。


ウグリは地面へ伸びきった鎖を突き刺し、もう1本の玉鎖も同じように、空へと伸びる棒にした。


当然のように落ちてくると思っていたクラスは、いつまでも棒となっている2本の鎖を見上げ、


「落ちてきませんねぇ。大丈夫ですか?」


「イイ! イイゾ! 最高だぁー!!」


ハイテンションになっているウグリを見て、


(若いっていいな……)


と思うクラスだった。

メリークリスマス!


筆者は、自分も含めて、1人でこの日を過ごす方を応援しています。

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