3-14
「あれ? サンダルが片方ないぞ?」
カルナたちを置いて玄関に来たクラスは、いつも履いているサンダルが片方しかないことに気付く。
いっしょについてくると言うカルナとカルサを先に外に出し、しばらく玄関を探すがサンダルは見つからない。
仕方なくブーツを履いて、ドアを開いたクラスが見たのは、地面のあちこちに空いた穴、穴、穴。
「なんだこりゃ。でっかい足跡?」
ふと見れば人だかりが出来ており、どうやらそちらが騒がしいようだ。
「カルナさんは、家に来るとき何か見ました?」
カルナは視線を空に移して、
「さぁ~。何もなかった気がしますけど。ねぇカルサちゃん?」
「ん」
「そうですか。なんだろう?」
3人は人だかりに近づいていく。
クラスは適当に、人だかりの見物人に声をかけた。
「何かあったんですか?」
「往来のど真ん中で、突っ立ってる奴と寝てる奴がいるんだよ。どけと言っても黙ったままで動きゃしない。でも睨まれると怖くてねぇ……。こうして皆で集まって、もう一回言おうと思っているんだけど……」
人だかりをかき分けてクラスが見たのは、不機嫌そうにクラスの片方のサンダルを持っている筋肉質な男と、気持ち良さそうに地面に寝ているひょろっとした男の姿だった。
(なんであのヒト、俺のサンダル持ってんだ……)
しばらく見ていると、サンダルを持っている男が、何かに気付いたかのようにクラスを睨み始める。
(なんかこっち見てるし!)
サンダルを持っている男は、クラスのいる方に向かって声をかける。
「おい」
人だかりがざわざわとし始め、男が声をかけた方向を一斉に見る。
クラスは、わざとらしく後ろを振り返った。もちろん誰もいない。
「お前だ。黒い髪の男」
(やっぱり俺かー!)
人だかりの中に黒い髪をしたヒトはクラスしかいない。
観念したクラスは、ため息をつきながら前へと出て行った。
(このオッサン怖ぇ……)
びくびくしながらクラスが男の前に立つと、
「酔いは覚めたようだな。……随分髭の伸びるのが早いな。まぁいい。昨晩はすまなかった。この通りだ」
意外なことに頭を下げてきた。
「え? あ、ああこれはどうも……」
(ホントに昨晩は何があったの? 俺っていったい……)
男が差し出してきたサンダルを、吠える犬に近づくようにして受け取るクラス。
だが、サンダルが男の手から離れない。
「それから、そろそろこのブーツを何とかしてもらいたい」
そう言って、自分の履いているブーツを男は指差した。
何の事か分からないクラスは、ためしに男の履いているブーツをクリックしてみる。
するとブーツだけではなく、あたりの地面全体が、選択状態を示す四角いポインタで囲まれている。
クラスが驚いて見回すと、寝ている男のブーツもその範囲内のようだ。
(グループ化か?)
「……ブーツ? 何のことですか?」
クラスはあたふたと『グループ化を解除』を選択し、目を泳がせる。
「何を言う。現にこうして……」
男の片足が上がる。
「こうして……。動くな」
もう片方の足も男は上げて、首を捻っている。
「ハハハ。嫌だなぁ。謝られることなんて何もナイデスヨ?」
まわりの視線を気にして、クラスは取り繕う。
「いや。確かにあそこで寝ている奴の足も……」
ムクリ、と寝ていた男が上半身を起こした。
「……ガヤガヤうるせぇなぁ。お。ダンナ。おはようさん。……あってめぇ! 昨日の酔っ払いじゃねぇか! 髭なんか生やしやがって、誤魔化せると思ってんのか! この足をどうにか……。なってるな」
寝ていた男は、何事もなく立ち上がり、
「あー。まだ顎がガクガクする。あのちっこいの思いっきり蹴りやがって」
いつの間にか近寄ってきていたカルサが、寝ていた男の足を踏みつけた。
「アイター! なにしやがるちっこいの!」
「バカ」
ギャアギャア言いながら追いかけっこを始める2人。
「……まぁあいつ等は放っておいてだ。」
今度こそ、サンダルをクラスに渡した男が、
「馬鹿呼ばわりされてでも、一晩待ったのだ。約束どおり武器を返してもらいたい」
「武器?」
「ああ。お前が消したときに、楽器と言っていた物のことだ。……まさか無くしたとは言うまいな」
「楽器?」
クラスは、噴出してきた汗を拭いながら、
(武器? 楽器? 消した? もういい加減にしてくれ昨晩の俺!)
男の睨むような視線に目を合わせず、クリップボードの一覧に見慣れないモノが、追加されているのに気付いたクラスは、
(これか? ……こんな人だかりで貼り付けしたら騒ぎになるな)
「とりあえず向こうにいきませんか? こんなに人の注目を集めちゃってますし。ねぇ?」
「……昨日の酔っ払いとは別人としか思えんな。分かった。おい、ウグリ遊んでないで行くぞ」
「覚えてろよ! ちっこいの! イタタタタ」
指をカルサに思い切り噛まれたウグリが、手を押さえてやってくる。
カルナの後ろで、カルサはあかんべぇをしている。
立ち去っていく5人を、人だかりは見送って、それぞれの生活へ戻っていった。
どこかの建物の裏。
人気の無い、それなりの広さもある場所に5人はぞろぞろとやってきた。
「ここでいいでしょう。あらかじめ言っておきますが、これから先に起こることは、他言はなしでお願いしますよ」
クラスは4人に向けて、真面目な顔をして前置きをする。
「どういうことだ?」
ガウレが問いかける。
「っと。自己紹介が遅れましたね。俺はクラス。今は賞金稼ぎのようなことをしています」
「俺はガウレだ。こいつが甥のウグリ。おいウグリ、昨晩のことを謝らんか」
「ケッ。勝手に割り込んできたクセに。お騒がせしてすみませんでしたね。酔っ払いのオッサン。」
「こちらこそご迷惑?をお掛けしたようで。……よく覚えてはいませんが」
ガウレが、ウグリの頭に拳骨をお見舞いする。頭を押さえてウグリはしゃがみこんだ。
カルサがにんまりとしている。
「……で、なぜ秘密にする?」
ガウレが改まってクラスに質問した。
「俺の魔法は特殊でしてね。まぁ色々と目立ちたくはないんですよ。もし喋りたいと言うのなら止めはしませんが、武器のお返しはできません。」
「……分かった。ウグリもそれでいいな?」
「へいへい」
クラスはカルナに向かって、
「カルナさん達もいいですね?」
「はい。カルサちゃんも」
「ん」
コクコクと頷いたカルサを見てから、クラスは何もない空き地に体を向ける。
(ん~と。最初のは~。おおぅ。いけないいけない。魔法って、指で印を組むんだったな。……印て何?)
両手の指を、グニグニと組合わせるクラス。
(ゲコゲコ。……これでいいか)
クラスの両手は、薬指の目が飛び出たカエルの形になった。
(次は呪文か……。ユンピョウトウシャってヤツか? 全部覚えてなんかいねぇよ……)
クラスは頼りなさげに、
「……ちんから」
突然、宙にガウレの鉄槌が現れる。
ドスーン。
突如現れ、地面に落ちた鉄槌に4人は目が点になる。
クラスは、
(あれ? サイズ大きくない? こんなの持てないよ?)
鉄槌に向かって『サイズ変更』を選択し、クラスは鉄槌のサイズを縮める。
(楽器とかなんとか言ってたな……。なんだろうこの塊。棒とか生えてるし、マラカスみたいなモン?)
ガウレのトレードマークである巨大な鉄槌は、片手サイズのただの鉄と化した。
(ありゃ。棒が細くなっちゃった。……まぁいいか)
クラスは4人のほうに向き直り、
「これですかね? なんだかよくわからない物ですが」
口元を引くつかせて、ガウレは、
「おい、おい! 何だ今のは! どこから俺の槌を……。いやそうじゃない。大きさが!」
「ああ。すいませんよく覚えてなくて。もっと小さいんですね?」
「違う! まさか大きくもできるのか!?」
「大きくですか? ……もうめんどくさい。いいって言うまで大きくしますから。丁度いいところで止めてください」
そう言うと、クラスは鉄槌だった物のサイズ変更を始める。
ムクムクと大きくなっていくガウレの鉄槌。
(アニメーションOFFとかしてなくて良かったな……)
「おお、おお……」
ガウレの鉄槌は、元々は1本だった。
ある男との戦いで、2つに分けられてしまったのだ。
仕方なく2本を使い続けていくうちに、付いた通り名が「両槌」。
元々のガウレの通り名は、「巨巌」。
巨大な1本の鉄槌を振り回す戦士として、その名を馳せていた。
「いいぞ。その大きさだ」
ガウレの言葉に、サイズ変更をやめるクラス。
(えぇ~。うそーん。何この大きさ)
「……棒も大きくなっちゃいましたが」
「それは良い。なんとかする。ワッハッハッハッハ! やるではないかクラスよ!」
バンバンとクラスの背中を叩くガウレ。
「げはっガハッ! 痛い痛い」
(酔っ払ってブレークポイント取りやがったな! 昨晩の俺!)
咳き込んでいたクラスが、ようやく息を整えて、
「後で違うものだと言われても困りますんで、試してみてくれませんかね?」
(……分子結合的なナンタラとか、どうなってんだろ? ……角度とか)
「ん? そうか? では試してみようか」
ひょいと重さを感じさせずに、巨大な鉄槌を持ち上げるガウレ。
その光景に、今度はクラスが目を点にする。
ブンブンと唸りを上げて、鉄槌はガウレの手により踊っている。
「重さも丁度良い。久しく忘れていた感触だ!」
ズッ!!!
地面へ吸い込まれるように、あたかも元々地面に埋まっていたかのように、鉄槌は地面へ振り下ろされた。
「少し柔らかいか? だが業の通り具合も問題ない。そこは腕でどうにかするとしよう。大丈夫だ」
「……はぁ。貴方がいいと言うならいいんでしょう」
クリップボードには、今貼り付けた鉄槌と、もう一つ似た形をしているアイコンがある。
「もう一つも同じ大きさですか?」
クラスはガウレに聞いた。
「いや。いい。この1つで十分だ」
「わかりました。ではお次の方」
ガバッとウグリが、クラスの両肩を掴む。
「お、お、お、お、おい! 俺の玉鎖、俺の玉鎖も早く!」
「分かりましたから落ち着いて。今出しますから」
(くさり? なんだか鞭みたいなアイコンだな……)
クラスは、片手の人差し指と中指の間に親指を入れて、グニグニと親指を動かす。
その手を上に突き上げて叫ぶ。
「イッパツヤラセロ!」
またも、宙に突然ウグリの玉鎖が現れ、ジャラジャラと地面へ落ちた。
「ウホーゥ! 出てきた出てきた。大きさはこれでいいからな!」
「あ、間違えた」
「あ?」
宙にもう1つ、同じ玉鎖が現れる。
すでにある玉鎖と同じように、ジャラジャラと音をさせて、地面に落ちていくもう一本の玉鎖。
「今、消しますから」
「待て待て待て待て! いいんだいいんだ。まさかもう1つ手に入るなんて!」
カルナもカルサも、ガウレでさえ口を開きっぱなしだ。
「ヒャッハー! なんていいヒトだ。おっさん! いやクラスのダンナ!」
「はぁ……。そちらも同じように試してもらえますか?」
「ヨーシ! 後で繋げるから、このままで……」
ウグリはそう言うと、先端の玉を宙に放り投げる。
ジャラジャラと音をさせながら、空に向かって鎖は上昇していく。
そのうち伸びきった鎖はピタッと宙へ留まり、1本の棒のようになった。
ウグリは地面へ伸びきった鎖を突き刺し、もう1本の玉鎖も同じように、空へと伸びる棒にした。
当然のように落ちてくると思っていたクラスは、いつまでも棒となっている2本の鎖を見上げ、
「落ちてきませんねぇ。大丈夫ですか?」
「イイ! イイゾ! 最高だぁー!!」
ハイテンションになっているウグリを見て、
(若いっていいな……)
と思うクラスだった。
メリークリスマス!
筆者は、自分も含めて、1人でこの日を過ごす方を応援しています。




