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異世界紳士録  作者: ガー
笑顔と復讐と星空
24/33

3-9

集中して気分でも変えるかとクラスは学校に向かう。


辞書を引けるようになったので、教導書はどんどん読めるようになっていた。


(合言葉はやっぱり見えないな・・・)


教導書のページを隅から隅まで見渡すが、変わったところはないようだ。


変わったところといえば、誰もいなかったはずのクラスの席の隣に座っている者がいる。


見た感じは中学生ぐらいだろうか。目がクリクリとした可愛らしい女の子だ。


クラスが見ていると、視線に気付いた少女が、


「ん」


と言って握手を求めてきた。


(痴漢扱いされないだろうか・・・)


おそるおそる握り返すと、


「カルサ。おじさんは?」


「ああ。クラスだよ。よろしくねカルサちゃん」


ぶんぶんとつながった手を振ると、カルサと名乗った少女は机に視線を戻した。


机にはノートが開かれており、一心不乱にカルサは何かを書き込んでいる。


そこには、「切る」とだけノートを埋め尽くすように何百文字もびっしりと書かれており、クラスは、


(ああ、残念な娘なのかな?)


と失礼な事を考えながら、あまりお近づきにはなるまいと心で思った。







講義が終わり、いつものようにクラスの周りを子供達が取り囲む。


「今日はだるまさんが転んだでもするか?」


首を傾げたカルサが聞いてくる。


「だるまさんって何?」


「ん? ああ一緒にやってみる? おい! 服を引っ張るんじゃない!」


子供達は待ちきれないようでクラスを早く校庭に連れ出そうとしている。


「やる」


カルサも校庭へ付いて来るようだ。


校庭へ集団で行くと、


「じゃあまずはジャンケンだな」


カルサはまた首を傾げて、


「じゃんけん?」


「そこから教えないとね」


クラスはカルサに教えるからと、他の子供達を先に遊んでいるようにと促した。


「・・・でな。グーはチョキにかってパーに負けるんだ。ここまでは分かる?」


「チョキは鋏、チョキは鋏、チョキは鋏、・・・」


チョキを教えたとたんに目の色が変わり、鋏鋏とブツブツ言い出したカルサに、


(やはり少し可哀相な娘なのかな)


と思うクラスだった。


何度あいこになってもチョキしか出さないカルサは混ざって早々鬼になった。


「止まる!」


バラバラと子供達がその場に留まる。その後が信じられない。


大股5歩を指示されたカルサは、


「1!」


1歩目で一番遠い子供の所まで、飛んでいってしまうのだ。


そのうちにクラスは気付く、山賊討伐時に見た女性らしき人影の1人に動きが似ているなと。


(まさかね・・・)


「カルサちゃんは小股以外禁止!」


子供達とカルサはとても楽しそうだ。






「よーし。もう終わりにして帰ろうみんな」


「えっ!」


「・・・なんでカルサちゃんが一番驚いてるの?」


唇を尖らせていじけるカルサ。


「もう夕方じゃないか。子供は帰る時間だよ」


「子供じゃないもん」


「・・・ごもっとも。でも2人じゃつまらないしね。また今度やろうね」


ポンポンとカルサの頭をなでるクラス。


「ん」


ようやく帰る準備をカルサも始めた。


そして背中に長い鉄の棒のような物を背負う。


(あの時はフードを被っていたけどもやっぱり似ている・・・)


我慢できずにクラスは聞いてみた。


「ねぇカルサちゃん。背中のは何?」


「教えてあげない」


「そうですか・・・」


ガックリと肩を落としたクラスに、カルサは背負った物を指しだした。


「おお。ありがとう・・・ってなんだこの重さは!」


ドスンと先っぽが地面へ落ちた。


「ふぬっ! くっ! おお!?」


まるで持ち上がらない。クラスが両手で力いっぱい引き上げても、ほんの少しも宙に浮かないようだ。


「ん」


とりあえず地面に下ろすしかなかったクラスだが、カルサは軽々と片手で背中に戻した。


「よう分からんが、カルサちゃんが力持ちなのは分かったよ」


「訓練が大事」


(魔業ってやつか? あの時見たのはやっぱりこの娘? しかしこんな女の娘が・・・)


とりあえずは気にしないことにしたクラスは、


「さて、この後は買い物に行くんでまたね。カルサちゃん」


「ん。私も行く」


「そう? じゃあ途中まで一緒に行く?」


「ん」


クラスはカルサと並んで道を歩いていく。


自分も高校を出てすぐに子供が出来ていたらこのぐらいの年の子かと、柄にもないことをクラスは思う。


「クラスのおじさんは何を買う?」


「ん? ああ今日はお酒をね。最近よく眠れないんだよねぇ。酔っ払えばぐっすり眠れるかと思ってね」


「お酒は苦いのでキライ」


「お父さんとかは飲まないの?」


「・・・わからない。随分会ってない」


「あっ・・・。ごめんね変なこと聞いて」


「ん。大丈夫」


なんとなく気まずくなり会話は止まってしまう。そのうちに商店街の通りに着いてしまった。


「カルサちゃんは何か買い物?」


横に顔をぶんぶんと振ったカルサは、


「お姉ちゃんの手伝い」


「そうかお姉ちゃんが働いてるんだ?」


「働いてない。お金を貰ってる」


「?」


(まさかいかがわしいお仕事じゃないよな・・・)


「あれ」


カルサが指差した先には、何か盛り上がっている集団のいる一角がある。


よく見れば集まっている者達はすべて男で、手には剣や鈍器など物騒な物を持っている。


(うう。男臭そうで嫌だ・・・)


クラスは寄らずに素通りすることにした。


「じゃ、カルサちゃんお手伝いがんばってね」


「ん」


手をぶんぶん振り見送ってくれるカルサに手を振り返す。


(さーて酒場酒場と)


クラスは酒場に向かって歩き出した。







カランカランとスィングドアを開けて酒場に入っていく。


カウンターに向かったクラスは見知った顔を見つけた。


1人でカウンターに寄りかかり、立ち飲みしているようだ。


「えっと、ラジムオースさんでしたっけ?」


「ん? アンタは討伐隊で見たかな?」


「クラスです。討伐隊にいました。・・・まぁ居ただけですが。よろしく」


「俺も似たようなもんだ。あってるよ、俺はラジムオースだ。よろしく」


「隣いいですか?」


「ん? 構わないが面白くはないぞ?」


「んじゃ。遠慮なく」


クラスはカウンターに付いている呼び鈴を鳴らし、バーテンダーを呼ぶ。


「いらっしゃい。何にしましょ」


果実酒シードルを2本。あと大麦蒸留酒ウィスキーを指2本で」


「あいよ。えーと・・・おまけで銀貨4枚ね」


「ありがとう」


「家でも飲むのか?」


やりとりを見ていたラジムオースが聞いてくる。


「ええ。ちょっと山賊の住処で見た光景がきつくて眠れないんですよ」


「そういや、あんまり戦慣れしてるようには見えないな」


「集団戦は初めてになる予定でした。いままでは魔物をちょこちょこ狩る程度で」


「まぁ俺も最初は似たようなもんだったさ」


「ラジムオースさんも?」


「ラジムでいい。俺はそれまでは死体なんて老衰か病気ぐらいしか見たことがなかったしな。傭兵や賞金稼ぎみたいな、ヒトが1山幾らの世界で見る死体は全く違ったよ」


「魔業士でも最初はダメでしたか」


「魔業士じゃなくても全然平気な奴らもいるさ」


バーテンダーが厚手の紙袋とグラスを持ってくる。


「はいよ。待たせたから指3本にしといたよ」


「悪いね。あー、あと炒り豆1皿お願いします」


「銅貨1枚ね。炒りたてがいい?」


「はい。あったかいので」


「ちょっと待ってね」


金を受け取ると厨房のほうへ引き返していく。


「じゃあ、ラジムさん乾杯」


「おう」


チン、と綺麗な音がした。


「だがあの住処での死体はちょっと違ったな」


「違う?」


「なんというか遊んでるみたいな感じがした。無駄が多すぎるんだ」


「無駄ですか。例えば?」


「ヒトを殺すのにわざわざ頭のてっぺんから潰したりする必要なんてない。剣なら首を刎ねるだけでいい」


「じゃあ、大きな鈍器的な物が武器だったら?」


「それなら分かるが気付かなかったか? 中にはえらく切り口が綺麗な死体もあったのを」


「無理です無理です。死体をじっくり見るなんて、ちょっと遠目に見ただけで寝れなくなってるんですよ」


「そういやそうだったな。とにかく在ったんだよそんな死体がな」


「複数でやったのでは?」


「いや。チリルの援護の後に一番先に踏み入ったのは俺だ。その時見たんだ、業の踏み込み跡をな」


「踏み込み跡に特徴でも?」


「そんなに大きくない足だろうってのは分かった。死んでる奴らの足の大きさじゃなかったな」


「剣と鈍器両方持ってたとか?」


「それこそ無駄が多すぎるだろ? だから遊んでるみたいだって言ったんだ」


バーテンダーが皿を持ってくる。


「おまちどぉ。熱いからね」


「ども。ホントにあちぃ。ラジムさんもどうぞ」


「頂くよ」


炒り豆といっても元の世界のピーナッツに近い、塩味が効いているこの店の名物だ。


クラスが舐めるようにして飲んでいるグラスの酒も随分と減ってきた。


「とにかく住処じゃ一方的に山賊がやられたんだろうな。踏み込み跡を見ても俺じゃとても敵わない奴に」


「魔業士でも敵わないんですか?」


「ああ、ダメだね。数回打ち合ったら同じようにぺしゃんこにされる。業の練り方が根本的に違う。おそらく1級かそれに近い奴かな」


「魔業士にも階級がある?」


「ある。俺は3級だ。階級付けは魔導士と似たようなもんだ。業の練り上げ方とか速さとかな」


「ラジムさんは魔導士は目指さなかったんですか?」


「向いてない。遠距離からちまちまやるなんてな。あとはあれだ。印を覚えるのが苦手でな」


「魔業には印がいらない?」


「指で組む印はいらない。・・・はずだ。2級魔業士の中には組み合わせてるのもいるって話だがな。どんな業だか・・・」


クラスが呼び鈴を鳴らした。ほどなくしてバーテンダーがやって来る。


「同じの指3本で」


ラジムオースもグラスを返し、


「氷なしの指4本だ」


バーテンダーは頷いて戻っていく。


「強いですねぇ」


「明日は休みだからな。久しぶりだ。こんなに話しながら飲むのが楽しいのは」


「俺も楽しいですよ。ラジムさんの話も面白いし」


小さな酒宴はまだ続きそうだ。

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