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異世界紳士録  作者: ガー
笑顔と復讐と星空
20/33

3-5

山賊達が血溜まりと化した場所から少し離れた山道。


右肩から臍の辺りまでを切り裂かれた男が倒れている。


まるで無理矢理力で引き裂かれたような切り口で、生きているのが不思議なほどの大怪我だ。


(血が足りない。わざが練りきれていない)


瀕死の男の体全体がうっすら光っている。


だがその光は今にも消えそうに明滅を繰り返していた。


(せめてアイツが此処まで来てくれれば何とかなるかもしれないが・・・)


アイツとは山賊のかしらであり、今現在はカルナに初撃を放つ直前であった。


(少し離れすぎたか。望みは薄いな。来たとしても此処に気付くかどうか。大声は出せない)


男が倒れているのは山道から外れた斜面の途中であり、覗き込まなければ気付かない死角になっている。


山賊団の斥侯として、1人山道の様子を見に来た男は奇妙な姉妹を見つける。


女2人でこんな所まできた事を怪しみながらも油断していたのだろう、1人で姉妹の前に飛び出した。


だが、のらりくらりとした姉妹の会話に出鼻を挫かれているうちに、石を傷つけてくれないかと妙な申し出が出る。


なんのことはないとわざを纏って石に切りつけたが短剣は折れてしまった。


そのまま通り過ぎようとする姉妹に舐められてたまるかと襲いかかるが、逆に妹のほうに切り付けられてしまう。


「増強」ブーストには自信があった山賊は、背後が斜面であることが判っているにも関わらず、逃げるために自分から斜面へ飛び込んだ。


しかし逃げ切れずに空中で切られてしまいそのまま斜面へ投げ出される。


切った相手を確認しに来る様子はなかった。


(今までが上手く行き過ぎたな・・・。せめてアイツは逃げられればいいが)


明滅していた体の光は、消えている時間のほうが長くなっている。


そんな時、目の前にヌッと小山・・が現れる。


「血の匂いに引き寄せられてみれば。すでに手遅れか」


「旦那ァ。コイツはもう無理だ。血が流れ過ぎてる」


小山の後ろからひょろっとした男が現れて、山賊を一瞥するとそんなことを言った。


「楽にしてやろう。言い残すことはあるか?」


息も絶え絶えの山賊は小山だと思っていた物がヒトであることに気付く。


小山に見えたのはそのヒトが背負う巨大な何か・・だった。


2人組みの奇妙な男達は、山賊の傍に膝をついた。


「昔見たことがある。アンタはジガヒツの傭兵か」


「ほう。ここらで俺を見かけたとはな。ミゼリアの騎士あたりか?」


「もうそんな事はどうでもいい。・・・そうか。あの女達もジガヒツだとすれば説明はつく」


ひょろっとした男が話に興味を持ったようだ。


「女のジガヒツ? ここいらで雇われてたのがいたのか? 旦那は知ってますかい?」


「知らん。それよりお前もういいのか?」


力を振り絞った山賊の体の光が少しだけ強くなった。


「この先に俺達の住処がある。中にある溜め込んだ宝で雇われてくれないか?」


「ほう。俺は高いぞ? 足りるのか?」


「確かめてみればいい」


「聞くだけ聞いてやろう。ヤる相手は誰だ」


「背中に長い棒を背負った2人の女だ。おそらくジガヒツの傭兵」


「住処の宝とやらで足りれば考えてやろう」


山賊の体の光は今度こそ完全に消えた。


痛みが全身を支配し始める。


「グッ! ・・・そろそろ頼む」


旦那と呼ばれた男は背中から何か・・を外し、持ち手を握る。


小山に見えたそれは槌のようだ。


3m超の鉄塊に、鉄の棒を突き刺したようにしか見えないが。


しかもまだ男の背中には小山が見える。


男は同サイズの槌を2本背負っていたのだ。


槌が持ち上げられる。


だが持ち上げられたのは一瞬だ。瞬きするほどの速さで山賊が居た斜面が槌の形に陥没した。


こびり付いた山賊であった肉塊や血を地面に擦り付け、あらかた綺麗になると槌を背中に戻す。


呆れた感じでひょろっとした男が問いかける。


両槌りょうつちともあろう旦那が受けるつもりですかい? 住処の宝なんざ貰っちまえばいいと思いますがねぇ」


「さぁな」


両槌りょうつちのガウレと呼ばれる、ジガヒツの傭兵はにぃっと笑った。









昼を少し過ぎた頃、討伐隊は山道の中腹で休憩を取っていた。


「こんなところでもドルプさんの料理が食えるとは思いませんでした」


「空腹で戦うのは辛いからな。簡単なのしか作れないが旨いだろ?」


他の4人も取り付かれたようにドルプの料理を頬張っている。


「まだまだ登るんですかね?」


「もう少し先だって聞いたがな」


クラスはすでにへとへとだ。


さすがというべきか他の賞金稼ぎ達に疲れは見えない。


「大丈夫か? そんなんじゃ逃げることもできなそうだが」


「逃げ足には自信があります!」


「おお。重要な事だぞそれは」


他の生き物には怖くて試していないが、クラスは自分自身をドラッグドロップで移動させることができる。


視界に入っている場所であれば、瞬時に移動が可能だ。


「まぁドルプさんに張り付いてるつもりですから。頼みますよ」


「人任せは良くねぇな。ワハハハ。ちゃんと付いて来いよ?」


休憩が終わりそうになった頃、クラスは太腿をマッサージしたりアキレス腱を伸ばしたりし始める。


急に尿意を催したクラスは集団から1人外れて、用を足しに山道の脇に向かった。


「はぁぁ」


ジョロジョロと流れていくその先を何とはなしに見ていると、山の斜面を箱を担いで走る女性らしき人影を2人見つけた。


(背中の棒はなんだろうか。それにしても荒れた斜面だってのに随分速い足だな)


クラスは自分の動体視力が異常に高いことに気付いていない。


女性らしき2人の人影、カルナとカルサはわざを纏い全速力で疾走していたのだから。

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