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「ヒヒヒ。その格好良く似合ってるぜ」
「笑い事じゃなかったんですよ」
下宿先の主人ドルプはクラスを見て腹を抱えて笑っている。
着る物のないクラスにイネアが差し出した服は、ピンクの花柄にフリルのついた可愛らしい物だった。
仕方なくそれを着て、奇異の目に晒されながらもクラスは下宿先に帰ってきたのだ。
ドルプはトムの賞金稼ぎ仲間であったが、少しだけ成功してこの町に家を構えている。
ひとしきり笑ったドルプは、
「こんなに笑ったのは久しぶりだ」
「・・・着替えてきます」
「おう。すぐに飯にしようぜ」
料理が好きだというドルプは毎日自分で作った料理をクラスに出している。
今日起こった事を話しながら一緒に夕飯を食べるのは日課になっていた。
「ほー。それはまた災難だな」
「魔導士ってやつは、皆あんなに喧嘩っ早いんですかね?」
「聞いた感じじゃ、おそらくそいつはミガル家の息子だろう。あそこの家はこの町じゃやりたい放題だからな」
「貴族かなんかですか?」
「今は違うが、王都に居る当主が武勲でもたてりゃ間違いなく叙勲を受けるだろうよ」
「凄そうですね」
「町外れの屋敷でもいい噂は聞かないしな」
「噂?」
「あぁ。最近聞いた話じゃ、雇われた使用人が何人も帰ってこないっていうぜ。しかも未だに大量に募集をかけてる。破格の給金でな」
「ほー」
「まぁ。あの家とお近づきになりたい奴なんてこの町にはいないってことだな。お前も気をつけろよ?」
「そんな家のおぼっちゃんがこんなおっさんに興味持つ訳ないでしょう」
「そうかぁ? ピンクの服着たおっさんには皆興味津々だろう? ワハハハハ」
「まだ言いますか・・・」
「だけどよく魔法なんか受けて無事だったな。ミガル家っていやぁ火属性じゃ有名なもんだぞ?」
クラスは着替えるときに、自分に生体コピーを貼り付けて魔法を受けたときの痣などを消していた。
「たまたま当たり所が良かったんでしょう。服は燃えちまいましたからね」
今日の夕飯も美味しかったなと思うクラスだった。
一夜明け、クラスは今日も依頼掲示板を朝から見に行く。やはり掲示板にはろくな依頼がないようだ。
選り好みしていると下宿代さえ払えなくなるかもしれないと背中に嫌な汗をかくクラス。
(猿の爪また売っちゃおうかな・・・)
際限なく売ってしまう気がして考えを振り払う。
仕方なく学校へ向かうクラスだった。
講義が終わり、いつものように子供たちに校庭へ連れ出されるクラスは泥警を選択した。
校庭を走り回る子供たち。
花壇を手入れするイネア。
のんびりと過ぎていく午後の時間。
(元の世界でも、ここ数年はこんなにのんびりしたことがなかったな・・・)
だが、昨日の件が終わったわけではなかった。
へとへとになり、またも大の字に寝転がるクラスの耳にかすかな悲鳴が聞こえる。
捕まえた捕まえないで揉めているのかと、頭をかきながら立ち上がったクラスが見たのは、昨日の黒マントの少年に首をつかまれて泣いている、樽を蹴飛ばした子供だった。
クラスは他の子供たちといっしょに少年へ向かっていく。
「こんにちは黒髪のヒト。なにか御用ですか?」
「・・・何をしている?」
「挨拶もなしに質問とは随分卑しい育ちなんでしょうねぇ?」
「こんにちはおぼっちゃま。何をしておられるのですか?」
「ほうほう。一応ヒトの言葉が理解できるようですねぇ。なぁにこの子に昨日の躾をしようかと思いましてね。丁度目の前をこの子が通りかかったものですから」
(なんだ? なぜこんなに挑発的なんだ?)
クラスは訳が分からない。昨日は一方的に魔法を受けたのはこちらだ。反撃さえしていない。
なのに明らかにこの少年は敵意を持ってクラスに接してくる。
ちろちろと生え始めた無精髭を右手でジョリジョリさわりながらクラスは、
「・・・もういいや。面倒なのは育ちの所為か嫌いでね。何が気にくわないのかな? 宮廷魔導士様のお坊ちゃんは」
イビザはつかんでいた手を離す。泣きながらイネアのいる花壇のほうへ子供は逃げていった。
「昨日は魔導士とは思わずに手を抜いた魔法を披露してしまいましたからね。改めて貴方に私の魔法を見てもらおうかと」
「俺が魔導士? なにをどうしたら俺が魔導士に見える?」
「とぼけても無駄ですよ。私の「火弾」が直撃しておきながら服が燃える程度で済むなどありえない。貴方の魔法障壁だけは認めてあげましょう」
(なるほどプライドに触っちまったのね。まほうしょうへき? しょうへきって・・・あぁ障壁か)
もちろんクラスはそんな物は使っていない。
「魔法決闘を受けなさい。貴方の魔法障壁を破ってご覧にいれましょう」
「嫌だよ。めんどくさい。俺の負け負け」
クラスは背を向けてヒラヒラと手を振りイネアのほうへ向かう。
呆然と立ち尽くすイビザ。
「貴方には魔導士としての誇りはないのですか!?」
「あるかそんなもん。だいいち俺は魔導士でもなんでもない、文字の読み書きもできないおっさんだぞ。そんなのに勝ってうれしいか?」
そのまま花壇へついたクラスは、イネアに抱きつき泣くじゃくる子供の頭を撫でながら、
「おーおー怖かったな。でも男の子なら泣かないもんだぞ」
子供は余計泣き出してしまった。
「大丈夫ですか? クラスさん。あの子はたしか・・・」
「えぇ。昨日の魔法少年ですよ。胸糞悪い。自分より弱い奴にしかちょっかいを出さない輩ですよあれは」
悲鳴が聞こえる。
振り向いたクラスが見たのはイネアと子供に向かって飛んでくる大きな炎の塊だった。
2人同時は庇いきれない。そう判断したクラスは2人を突き飛ばす。
間一髪で2人のいた位置を通過していく炎の塊。
その先にはイネアの花壇がある。
まばらに咲いている可愛い花達は、花壇の端のほんの数輪を残し、花壇にぶつかり舞い上がる炎と土の中に消えた。
なおもゴォゴォと唸りながら燃えていた炎が消えた頃。
むくりとクラスが立ち上がった。
イネアは頭をぶつけたらしく気絶したようだ。
クラスは傍によりスゥスゥと規則正しい呼吸のイネアを確認すると無事だった子供を立ち上がらせる。
「大丈夫か?」
コクコクと涙を拭きながら頷く子供。
「危ないから下がっていような」
ここから離れるように促す。
それから花壇を見やり、ため息をつく。
遠く満足げなイビザに向かい、
「忠告だ。今日はもう魔法を使わないほうがいい」
イビザは組んだ指を下ろさずに、
「やっとやる気になりましたか? 大丈夫ですよ。耳障りな警報はつぶしておきましたから。さぁ始めましょう。次はもっと必死になっていただかないと」
イビザの話を無視するようにイネアを抱え上げるクラス。
「いいでしょう。あくまでも無視するというのなら、この魔法で終わらせてあげます」
組んだ指がさらに複雑に何度も形を変えて組合されていく。
いまやイビザの前に出来上がった炎の固まりは、イビザよりも大きくなっていた。
(完璧だ。まさに完璧。詠唱速度も魔力の供給も、すべてすべて!)
そして狙いを定めて放つ。それで終わりのはずだった。
突然目の前の炎の塊が消える。
「?」
次の瞬間、イビザの全身が炎に包まれた。
「ギャァァァァ!!」
クラスは無表情でイビザを見ている。
やがて興味がなかったようにイネアを医務室へ運んでいった。
(火の魔法って実体があるんだな)
クラスは、イビザの特大「火弾」が放たれる直前に炎の塊自体を切り取り、イビザにそのまま貼り付けたのだった。




