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少し眠っていたようだ。炎の爆ぜる澄んだ音に、私は目を覚ました。横になってから二時間ほど経っただろうか。先ほどよりも闇が深くなっている。
寝心地の悪い土の上で横になっていたにも拘らず、身体的な疲労は完全に飛んでいた。これなら、仮に戦闘が起きたとしても十分に戦えるだろう。
地図と方位磁石、それに懐中時計を取り出して、現在位置と時刻を確認する。現在地は、ウィンストンの西約三十キロミルトルの森の中だ。問題の砦はここから西北西に十五キロミルトルほど先。少し急ぎ目で歩けば、小休止を含めても二時間半程度でたどり着けるだろう。ここまでは概ね予定通りだ。
私は、焚き火に土をかぶせて消火し、放り出してあった太刀をつかんで、鞘に付属した掛け紐を、ベルトに留めた環に通して佩用した。長距離移動する場合などは、肩に掛ける場合もあるが、戦闘には不向きだ。
刃渡り約一ミルトル、東方より伝来の鋳造技術で作られた、反りの強い片刃の剣である。
とにかく、よく斬れる。そして狭い刃幅からは想像もできないくらいに強い。私は十年来、この太刀という武器を愛用してきた。先日購入したこの太刀もかなりの業物で、購入した店主の話では、帝国で製造したコ模造品ではなく、わざわざ東国から取り寄せたものだという。今回の仕事で出番があるかは分からないが、心強い相棒であることには間違いない。
焚き火の火がなくなると、あたりは闇に包まれた。わずかな月の明かりだけが頼りである。しかし、日の出を悠長に待っている訳にもいくまい。日が昇ると同時頃には、砦に攻め入りたい。アンドリューは、盗賊団の人数までは教えてくれなかった。もしかしたら、そのあたりはギルドでも把握しきれていないのかもしれない。だが、馬車を二度も襲い、二度とも成功させているのだ。それなりの人数はいると踏んだほうがよいだろう。
油断に付け込む。朝方は、人間の注意力も散漫になりがちだ。見張りがいても、夜通し警戒を続け相当に疲弊していることだろう。
月光を頼りに――といっても、鬱蒼と茂った広葉樹のせいで、肝心の月の光も届かないことの方が多かったが――森の中を歩き続ける。そこかしこからフクロウや虫の鳴き声や、夜行性の小動物が駆け回る音が聞こえてくる。
打ち捨てられて久しい昔の砦に至る道は、すでに藪に埋もれており、草を踏みしめ、露になっている木の根を避けて歩む道程は、距離感や方向感覚を狂わせる。なかなか思うように進めず、苛立ちが募る。それでも、月明かりが差し込む場所でこまめにコンパスを確認していたので、目的地までの距離は着実に狭まっていた。
そうして苦心しつつ歩くこと、三時間。張り出した木の枝を掻き分けた先に、小さな炎の揺らめきを見つけることができた。距離にして、百ミルトルとちょっとといったところか。間違いない、目的地の砦である。
わずかではあるが、空が明るくなってきている。夜明けが、近い。私はさらに足を速め、一気に砦までの距離を詰めた。
藪に潜み、砦の様子を探る。聞いた話では、この廃砦は第二次統一戦争時に建設されたらしい。
第二次統一戦争は、激戦に次ぐ激戦だったという。教義を掲げ進撃を続けるファルマ軍、そしてそれを迎え撃つ帝国軍と傭兵の混合部隊の戦いは、各地で多数の死傷者を出した。また戦闘以外でも、ファルマ軍や帝国傭兵による虐殺、拷問が横行し、戦争終結後の世界の人口は、開戦時に比べ数百分の一にまで減少したとも言われている。
砦にはその激戦の傷跡が色濃く残っている。投石器の直撃を受けたのだろう、外壁のあちこちは崩壊しており、塔も損傷を受けて内部が露出している。それでも、百年以上前の砦にしては、良く原型を残しているといえる。もっと朽ち果て、草叢に埋もれている姿を想像していたのだが……件の盗賊団は、なかなかの「物件」を見つけたと言って良いだろう。人々に忘れ去られ、誰にも振り返られることのない、理想の隠れ家だ。ところどころ崩落しているものの、それがなんともいえない威容を見せ付けており、またおどろおどろしくもある。用事がなければ、あまり近づきたくないとすら思うかもしれない。しかし、実際の造りだけで言えば、砦というには簡素なものである。砦を構成している建造物は、少し歪んだ円を描く城壁と、円周上に張り付くようにそびえる塔のみ。かつては、内部にも何らかの建造物が存在したのかもしれないが、外からでは分からない。あるいは、砦ではなく監視塔か何かだったのかもしれない。
遠巻きに偵察する限りでは、特に見張りなどは配置されていないようだ。
(無用心な……)
思わずそんな感想を抱いてしまう。盗賊の心配などしても仕方がないのだ、と思い直し、少し近づいてみることにする。藪に身を隠して、気配を殺しながらゆっくりと砦の周りを一回りしてみた。正面の門以外の入り口を見つけられれば良かったのだが、容易に進入できそうなポイントは見当たらない。崩落した城壁をよじ登れないものかとも考えたが、長年風雨にさらされた煉瓦はさすがにかなり劣化している様子であり、下手に触るとそれだけで更なる崩壊を招く恐れがあったので、あきらめることにした。
(結局、正面突破しかない、か)
それなら、わざわざ息を潜めることもない。しかし、それでも私は、なるべく音を立てないよう細心の注意を払うことをやめなかった。




