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The pupil of the beast  作者: 高田屋 熊之助
第一章:ミオ=ルーシアの場合
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 用件を告げると、ジーナは離れに――そう、実に驚くべきことだが、敷地内に離れがあるのだ――案内してくれた。いくら土地が安いといっても、住宅街の真ん中でこの敷地面積は規格外だ。地税だけでも年に相当払っているはずだが、それでも生活していけるのは、単に宿が繁盛しているから、というわけだけではなさそうである。

 離れは彼女のプライベートスペースらしい。簡単なキッチンと、いかにも頑強な作りのマホガニーの食卓に暖炉、ベッド、等々。調度品はどれも、華美さは無いが、いかにも職人が手間隙を掛けて作ったと分かる丁寧な品ばかりだ。聞けば、すべてオーダーメイドだという。相当値が張るに違いない。

「店ではゆっくりお話できませんから」

 そう言うと、彼女はお茶の準備を始めた。さすがにそこまでしてもらう義理も無いので、丁重にお断りし、早速本題に入ることにした。

「ユノ=マイセンという女性をご存知ですね」

 ついつい詰問口調になってしまうのが、私の悪い癖である。が、彼女はまったく意に介した様子も無く、

「ユノちゃんですか? もちろん」

 と、控えめな笑顔を見せた。しかし、次の瞬間には、表情に暗い影がよぎる。ユノが行方知れずとなっているという話は、すでに耳に入っているようだ。たかが一日や二日、と思えるかもしれないが、彼女が向かった先は盗賊団のアジトと目される廃砦である。心配するな、という方が無理な相談だ。

「ユノ=マイセンはどんな女性ですか?」

 私としては、とにかくユノの人相着衣を確認できれば良い。そういう意味で、「どんな」という言葉を使ったのだが、漠然としすぎたのかジーナが困惑気味に首を傾げた。どんな服装で、どんな容姿、髪型だったかを改めてたずねると、ようやくジーナは得心したようだった。

「ユノちゃん、いつも変わった格好をしていたわね。フードをすっぽりと被って、木の杖を持ち歩いていたわ。フードのせいで髪型はちょっと分からないわね……綺麗な金髪で、前髪は揃えていたと思うけど」

 フードに木の杖。確かに奇妙な格好だ。街中をそんな格好でうろついていたら、否が応にも目立つだろう。やはりユノは砦に入ったきり街に戻っていないのだ。盗賊団と会敵し、捕らえられたのかもしれない。すでに仕事を終えて帰路に着いているという可能性も無くは無いが、それなら街道上で目撃されているだろう。その情報はすぐにギルドに伝わる。ギルドの耳は極めて早いのだ。

「顔の特徴は? ほくろがあるとか、鼻が高いとか」

「んー……そうね、目が大きい子よ。少し幼い感じ。笑顔が印象的ね。笑うととても可愛らしいわ」

 童顔で目が大きく、金髪の前髪を揃えた女性……いや、少女と表現すべきか。何となく、ユノ=マイセンという女性の人物像が浮かび上がってくる。

 成熟しきらない子供。少し風変わりで、よく笑う明るい女の子。自分の力量を超えた仕事を引き受ける、向こう見ずな行動も、若者にはありがちなことだ。そこまで考えて、ふとジーナの口調が年下の者に対するそれになっていることに気づいた。もしかしたら、私もユノと同じように、暴走しがちな若者と思われているのかもしれない。まあ、それはそれで別段かまわないことであるが。

「よく食べる子だったわ。あの日も、大の男が三人がかりでも攻略できない特製パエリアを一人で平らげてた」

 それは、よく食べる、という次元の話ではないような気がするが、そんな私の疑問には気づかず、ジーナが話を続ける。

「普段はあまりお客さんとは話さないようにしているんだけど、あまりの食べっぷりについユノちゃんのことが気になっちゃって……色々話をしているうちに、彼女が冒険者だと分かったの。ユノちゃん、よほどうちの料理を気に入ってくれたみたいでね。何か困っていることがあれば言ってくれって。それで、私は母の形見の指輪を盗賊団に奪われた話をしたのよ。そしたら、ユノちゃんが、自分に任せて欲しいって。私は、半分諦めていたのだけれど」

 原則として、冒険者が依頼主と直接交渉することは禁じられている。冒険者ギルドは、依頼の内容によって危険度を判断しており、冒険者の能力に合わない仕事の斡旋を防ぎ、冒険者がなるべく危険を回避できるよう管理している。直接交渉を認めると、ギルドによる管理が利かなくなり、身の丈に合わない危険な仕事で冒険者が命を落とすなどの重大な事故につながるからだ――というのはあくまで建前で、結局、ギルドを通さなければ委託手数料もバックマージンも発生せず、ギルドが損をするからだ。規則を破り、直接交渉に及んだ冒険者は、従事資格停止などの重い処分を受けることになる。組合員証と従事者章は没収され、身分証明も無い浮浪者に成り果てる。

「冒険者ギルドに依頼を出してくれれば、力になれるからって熱心に勧められてね。でも、こんなことになるなら断っておけば良かった。ねえ、絶対にユノちゃんを助けてあげて。あの子、盗賊団なんかに殺されるべき人じゃないわ。お願い」

 ジーナの真剣な気持ちが伝わってくる。自身の依頼で一人の若い冒険者が命を落とそうとしている。その自責の念に駆られたのだろうか。いや、それだけではあるまい。彼女はユノに対して、商売を超えた愛着を感じているのだ。もとより、助け出すつもりだ。それが私の仕事でもある。無論、彼女がまだ生きていれば、の話だが。


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