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私がウィンストンの街についたのは、昨日のことだった。
ウィンストンは、帝国西部の小さな町である。帝国の大動脈とも言えるブレット街道――第三次統一戦争時に、帝国の火気類を運ぶために開通したことからこの名前で呼ばれる。道路法制上の正確な呼称は、西部帝国道十二号線という――が近くを通っており、街としての規模は小さいながら、宿場町として栄えている。街の中心部には、街道を行き交う旅人や荷馬車の乗務員を対象とした比較的安価な宿屋や商店が立ち並ぶ。街の住人の居住区は、町の北側にあり、農地や牧場も散見される。大きな街に見られる城壁は無く、街の内と外を隔てる境界は曖昧である。第四次統一戦争以降の急速な技術革命と工業化も、この街にはほとんど届いていない。言ってみれば、ありふれた田舎の街である。
活気にあふれながらもどこかのんびりとした街中をうろつきながら、私はある建物を探していた。
冒険者ギルド。各地を放浪する冒険者と呼ばれる人種にはおなじみの施設である。
冒険者ギルドは、読んで字のごとく、冒険者のための互助組織である。正式な名称を、第三種特殊業務従事者共済組合と言い、その歴史は百二十年前の第二次統一戦争の頃まで遡る。
大陸奪還戦争とも呼ばれるこの戦争では、帝国は大量の傭兵を用いた。当時の帝国は、ファルマ教を信奉する諸国にかなりの苦戦を強いられていた。ファルマ教においては、原則として争いごとは忌避されているが、教義を護持するための闘争はその限りではない。それどころか、教義のために戦ったものは英雄として奉られ、死後は天国に招かれるという教えがある。そんな背景があり、ファルマ教諸国軍の兵士たちの士気は極めて高かった。
一方で、帝国においては従軍は税の一環とされており、帝国軍兵士のほとんどは、半ば強制的に戦争に駆り出されており、士気はすこぶる低かったようだ。
そこで活躍したのが、金で雇われた傭兵達だった。その荒くれ者たちの福利厚生や報酬を管理するために作られた組合が、傭兵ギルドと呼ばれる相互扶助組織であり、後の冒険者ギルドの前身であった。
それはともかく――
冒険者ギルドの最も重要な使命は、私たち冒険者に仕事を斡旋することだ。先述のとおり、冒険者ギルドの前身は傭兵の相互扶助組織であったが、冒険者自身もまた、傭兵から転じたものである。戦争終了後職にあぶれた傭兵たちに、仕事を斡旋する。そうすることで、荒くれ者の傭兵が非行に走るのを抑制する。もともと、仕事――つまり戦争を求めてあちこち放浪するさだめの傭兵である。彼らは帝国内外を問わず、次の仕事を求めて世界を漫遊するようになり、いつしか傭兵ではなく冒険者と呼ばれるようになった。ちょうど私の目に入った、盾を背景に二本の剣を交差させたエンブレムには、そんな歴史がある。
第三種特殊業務従事者共済組合ウィンストン支部。間違いない。赤レンガを用いた五階建ての建物である。
その時、正直な話として、私の財布の中身は少しばかり寂しかった。ウィンストンの前に訪れた街で、太刀とマントを新調したのである。それまで使っていた太刀は、砥ぎ過ぎで刀身がかなりやせ細っており、マントもあちこち毛羽立っていてみすぼらしかったのだ。これが思いのほか手痛い出費であった。無論、多少の金は手元にあるが、先立つものは多いに越したことは無い。
建物に入ってすぐの吹き抜けのホールに設置された掲示板には、現在ギルドから斡旋できる仕事の内容が書かれた紙が貼り出されている。斡旋を希望する者は、その紙を取って、受付窓口へ持っていくのだ。
ギルドが斡旋する仕事は、街の住人や官公庁から委託を受けたものである。ギルドは依頼主から委託料を受け取り、そこから手数料とギルド自身の取り分を引いた額を、報酬として冒険者に支払うというわけだ。
ざっと掲示板を見て回るが、いまひとつ実入りの良い仕事が見つからない。排水溝の掃除や屋根の修理、猫のしつけ……おおよそ「冒険」とは関連性の薄い仕事ばかりである。それもそのはずで、第四次統一戦争後急速に発展しつつある工業化は、安定した雇用を生み出しており、不安定な職業――果たして職業と呼べるかどうかも怪しいところだ――である冒険者自体が少なくなってきている。昔は一攫千金を夢見た若者が、数多く冒険者ギルドの敷居を跨いだものだが。
その代わりに増えたのが、「ノーエムブレム」と呼ばれる人々で、本職を持ちつつ、小遣い稼ぎのためにギルドに登録し、お使い程度の仕事をして報酬をもらうというスタンスの者達である。冒険者ギルドから支給される第三種特殊業務従事者章を携帯しない者が多いことから、そう呼ばれているらしい。
彼らは小遣い稼ぎが目当てであるから、専門的な知識も持たず、何かできるとしても、素人に毛が生えた程度である。依頼主もそれを承知で、単純労務などをギルドに委託する。専門業者に仕事を頼むよりよほど安上がりなので、ギルドへの委託は思いのほか多い。もちろん、質は推して知るべし、であるが。いつか、冒険者ギルドが街の何でも屋に姿を変える日が来るかもしれない――それはそれで時代の流れなのだろう。
結局、掲示板に貼り出された仕事は、どれも日用大工的なものばかりであり、私は思わず嘆息した。小さな街なのである程度は致し方ないとしても、これでは財布が潤わない。
次の街まで我慢するか……このまま街を出て街道を西に進めば、西部では大都市の部類に入るロールランド市がある。そこなら、良い仕事が見つかるだろう。しかしその前に、私は受付窓口で、掲示されているもの以外の仕事が無いか、訊いてみることにした。時々、まだ掲示されたいない仕事を斡旋してもらえることがあるのだ。




