閑話:闘技会後のスカーレット家
「どうだマリ、来年の社交会で出す料理だ。旨いだろう」
「そうですわね、美味しいですわ」
屋敷に戻るなりマルグリットは社交会用の料理を食べさせられていた。
見た目は豪華ですけど、ディノスレイヤの料理には足元にも及びませんわね。エイブリック殿下の所に勝てるはずがありませんわ・・・
マルグリットが美味しいと言ったことで気を良くするジョルジオ。
「これならバルで食った飯の方が旨いな」
空気を読まずに正直に答えるジャックことジャンバック
「なんだとっ?バルとはなんだ?」
「いや、こっちのことだ。酒はワインだけか。親父?」
「赤も白も極上のものを用意してある」
出されたワインを飲むと確かに旨いがバルで飲んだ蒸留酒と比べるとパンチにかける。上等なワインは他でも出るから話題にはならないだろう。
「来年の社交会には貴様も出るのだぞ。それまでに口の利き方を直しておけっ!他の貴族の前でそんなしゃべり方は絶対にするなよっ」
例年社交会には長男のビーブルが出ていたが、領民の流出が止まらず、領内安定の為に領に残してきた。仕方がなくジャンバックを呼び寄せサポート役としたのだ。マルグリットは社交会には出せない。デビュタントは学校を卒業した翌年の13歳に行い、社交会に出せるのはそれからだった。
「はいはい、わかりましたよ父上」
ここに居るといつまでも口うるさく言われるのでさっさと退散したジャンバック。
(そういや、シムウェルも闘技会に参加してやがったな。結局誰が優勝したんだ?)
アイナに頭を殴られたジャックは記憶が飛び飛びな所があり、よく闘技会の事を覚えていなかった。
暇潰しにシムウェルの所へ向かう。パーティーメンバーのルーラはあれからずっとおかしく、うつろな目でぶつぶつと言ったままで辛気くさいったらありゃしない。やつらの所にも行くのも気が進まなかったのだ。
「おい、シムウェルいるか?」
「ジャンバック様、どうされましたか?」
「お前も闘技会に出てただろ?結果はどうだったんだ?」
「やはり予選でお見かけしたのはジャンバック様だったのですね」
「親父には言うなよ。俺は足をぶったぎられて負けたみたいだからな」
そう言いながらまだ痛む頭をさする
「自分も腕を落とされて負けました・・・」
「そうかお前でも負けたのか。その割にはなんの処分も無かったみたいだな?」
「はっ、自分もスカーレット家の名前を汚した責任を取って自害するつもりでしたが、ディノスレイヤ家の使いのものから渡された手紙を領主様が読まれたあと、処分も何もありませんでした。それに加えて自害するのも許さんと」
「へぇ、手紙には何が書かれてたんだ?」
「自分は存じません」
「そうか。まぁ良かったじゃねーか。あんなもんで死ぬ必要はねぇ。親父もディノスレイヤに華を持たせてやったとか言えば済む話だからな。お前もそう言う事にしておけ」
「ありがとうございます」
ジャックはシムウェルとの話を終えて部屋を出て、使用人達の食堂の前を通るとずいぶんと賑やかだ。
くっそー、俺達も行きたかったぜ。
骨酒ってそんなに旨いのか?
マスの塩焼きを一口食って、熱々の骨酒をくっと飲むとこれが堪らなくてなぁ。寒い外だったんだけどよ、それがまたいいんだ
ぜってぇ次は俺だからなっ!
もうそんな機会ねぇと思うぞ
なんだとっ!
いつもは黙々と食ってるやつらが何を楽しそうに話してやがんだ?
「お前らずいぶんと楽しそうじゃねーか?」
「あ、ジャンバック様。お怪我はもう宜しいので・・・?」
「なぜお前らが俺が怪我した事を知っている?」
始めに怪我の事を聞いた護衛に他の護衛がドンっと肘打ちをした。
「いえ、なんでもありません」
「お前らディノスレイヤに来てたんだな?それにお前らが飲んでるのはバルの酒か?」
マルグリットから秘密にしておけとは言われていないがこの様子だとジャンバックにはディノスレイヤに行っていたことを話してはいないのだろう。マズイ・・・
「まぁいい。お前らがどこに行っていようと俺には関係の無いことだからな。」
そう言われてホっとする護衛達。
「俺は決勝戦の事をよく覚えてねぇんだ。見てたやつは誰がどうやって優勝したか教えろ」
護衛達は顔を見合せてから決勝戦の事を話した。
変わった剣を使ってたやつは俺を切ったやつだな。それは覚えている。
あと二人は冒険者か。俺を切ったやつよりまだ強い冒険者がいるとは驚きだな。ルーラを倒した魔法使いもえげつなかったし・・・
「邪魔したな。あとその酒は親父には見つからん方がいいぞ」
社交会に出すワインよりパンチのある珍しい酒がここにあると知ったら取り上げるだろうと忠告してやった。
田舎領と思っていたディノスレイヤ領が強さも酒も料理もすべてがスカーレット領を上回っていることにジャックはニヤついていた。
「マリ、ここ数日間どこに行っていたのだ?」
「シムウェルを見に行ってましたわ。」
マルグリットはあっさりとディノスレイヤ領に行っていたことを父のジョルジオに話した。
「何っ?なぜマリが見に行く必要があるっ」
「あら、推薦したのは私ですから当然では?結果は残念でしたけれども」
「どのような内容だったのだ?」
「腕を落とされて負けですわ。闘技会にはかなり優秀な方が参加されてたようで皆様お強い方ばかり。ちなみにシムウェルに勝った方が優勝なさいましたわ。シムウェルも負けたとはいえ誉めてあげて下さいね。」
「腕を・・・?戻って来たときには腕もあったし傷も無かったぞ」
「ディノスレイヤには聖女様がいらっしゃるから元通りに治して下さったんでしょ。」
聖女の力とは切り落とされた腕をあんなに鮮やかに治せるものなのか・・・
「お父様、ディノスレイヤ家とは友好を結ばれた方が宜しくなくて?」
「それは前にも無理だと言っただろう。あんな所と友好を結ぶ訳にはいかん」
ゲイルに聞いた連作障害の事、それを防ぐ為の新しい作物。聞いただけでは上手くスカーレット領に取り込めるはずがない。
長男のビーブルが今回ここに来ず領に残っているというのは領がマズイ状況なのだろう。
そのうちディノスレイヤ領の方が大きくなるかもしれませんわね。
マルグリットはその事を胸の内にしまっておくことしか出来なかった。
今日はプラプラと西の街をうろつく。ミサのネイルは売れ出したんだろうか?
ミサの店に入ると女性冒険者達がキャッキャはしゃいでいた。
「ミサっ!」
「はいっ!」「誰だ?」
俺がミサの名前を呼ぶと二人が返事した。
「ゲイルくんいらっしゃーい。」
「お前は・・・」
ドワーフのミサと銀の匙の斥候役がここにいた。
「あれ?お客さんもミサって言うのー?私と同じ名前だねー!」
「僕、久しぶりだな。オークは食えるようになったか?」
この視線の感じ・・・
ダンは知らん顔をしている。
「久しぶりだね、なんでこんなとこにいるの?」
「ぼうや、久しぶりね。私達は冒険者よ。あちこちフラフラしてるものなのよ」
「あれっ?お客さんとゲイル君は知り合いー?」
「旅の途中で会った事があるんだよ。その節はご馳走さまでした。」
「僕、食ってなかっただろ?まぁここの飯がこんなに旨けりゃ仕方がねぇかもな」
「おねぇさんもミサって言うんだね。じゃあゲイル君、私の事はミサミサって呼んで。」
なんだよその恥ずい呼び方は・・・
「えっと・・・・」
「ミサとシリアよ。ぼうやの名前はゲイルって言うのね。」
「そうだよ。他の人達は?」
「女の買い物なんて付き合ってられないって先に帰っちゃったわ」
それは理解するけど半分嘘ってとこかな。
「じゃあごゆっくり、俺達は暇だったからミサの顔を見に来ただけなんだよ。じゃっ」
ミサじゃ無くてミサミサって言うミサを放っておいてさっさと店を出た。
後ろから銀の匙が付いて来ていないかを確認してからダンと話しだす
「釣りから帰って来たときに見てたの銀の匙だったんだね」
「そうだな。」
「何しにここに来たんだろ?闘技会目的かな?」
「どうだろうな?それだとわざわざ俺達を覗き見する必要ねぇがな」
何が目的かわからない銀の匙の動きに疑問を持ちつつも明日に備えてのんびり過ごすのであった。




