表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/69

やり直し婚約式


 焚き火が、オレンジ色にルナシェの白銀の髪を染め上げる。その、あまりに美しい色合いをベリアスはただ見つめていた。

 直前まで、二人を囲んでお祝いの言葉を述べたり、剣舞を披露したり、騎士団長ベリアスの暴露話に花咲いていた騎士達もようやく解散し、今、ここにいるのはベリアスとルナシェの二人だけだ。


「あー。すまないな。第一騎士団は特に、平民も貴族も、分け隔てなく実力主義なところがある。悪い奴らではないのだが、囲まれてしまって疲れたのではないか?」


 たしかに、あんなに囲まれて、ストレートな質問攻めにあうなんて、ルナシェにとって初めての経験だ。


(でも、不思議と嫌ではなかったわ。それに、騎士団でのベリアス様の話もたくさん聞けてうれしかった。)


 ベリアスは、騎士団でずいぶん慕われているようだ。そして、騎士達は皆、愛国精神にあふれ、少しだけ礼儀はないかもしれないが、それが逆にルナシェには新鮮だった。


「あの、ベリアス様……」

「ああ、なんだ?」

「婚約するよりずいぶん前から、私のことをご存じだったって、本当でしょうか?」

「ぶはっ!」


 ベリアスの口から、飲みかけの葡萄酒が吹き出した。ルナシェは、ハンカチを取り出すと、ベリアスに差し出す。


「美しい刺繍が汚れてしまう」

「私が手慰みにしたものですから、価値なんてありませんわ。お使いになった後は、捨ててください」


 そう言ってルナシェが、差し出したハンカチを受け取ったベリアスは、なぜがルナシェが渡したハンカチで口を拭かず、先ほどルナシェの涙を拭ったハンカチで口を拭いてしまった。


「捨てるということは、もらってもいいということだな?」

「え?」


 意味がわからず、ルナシェは、ハンカチを見つめる。刺繍された赤い小さな花は、まるでベリアスの髪の色のようだ。


「あの、本当に上手ではないので」


 謙遜などではなく、ほかの貴族令嬢と比べて、ルナシェは、刺繍が苦手だ。

 それなのに、返事をする前にベリアスは大切そうにハンカチをしまい込んでしまった。


(えっと、こんなことで喜んでもらえるものなの?)


 それならば、もしかしたら以前の人生だって、マントやハンカチに刺繍をして贈ったなら、喜んでもらえたのだろうか。

 ルナシェは、刺繍の腕に自信がなかったから、贈ろうという発想がなかった。


「ルナシェが、刺繍したということに意義がある」

「そ、そうですか……」


 なぜだろう、うれしすぎて変な顔で笑ってしまっていないだろうかと不安になるルナシェ。


「下手でもよいのなら、これからも貰っていただけますか?」

「ああ、うれしいな。それなら俺も何か礼をしなければな」


 その言葉を聞いた瞬間、ルナシェの脳裏に瑠璃色の宝石が浮かぶ。


「……ごめんなさいっ!」

「え?」

「せっかく贈っていただいた宝石、ここに来るために全部売ってしまったのです。だから、お礼なんて、私などに……」


 たしかに、ベリアスが婚約式のために贈ったネックレスも、イヤリングも、ルナシェは、身につけていない。

 ただ、ベリアスの髪の毛のようなくすんだ赤色のドレスを身につけているだけだ。


 そのことにベリアスが気がつかなかったわけではない。ただ、ルナシェが目の前にいることほど、重要視していなかっただけで。


「そうか。だが、そんなものより会いに来てくれたことがうれしい」


 ルナシェは、遠くに出かけることもなく、屋敷で過ごすことが多かったと聞く。そんなルナシェが、婚約式にベリアスが来なかったからと、こんな場所まで来た。

 本当は、すぐにでもこんな危険な場所から帰らせるべきなのは、ベリアスにもわかっている。

 それでも、その言葉をすぐに告げられなかったのは、会いに来てくれたことがうれしかったからに他ならない。


「ベリアス様……」


 ルナシェのことをベリアスは以前から知っていたのか、という質問に答えをもらえていない。けれど、急な睡魔と酔いが回る。ルナシェは、コテンッとベリアスの肩に額を寄せた。

 不意にベリアスに告げられたその言葉は、眠る直前のうわごとのようでも、震える唇から紡がれた本音のようでもあった。


「……それなら、もう一度やり直せますか? 今度こそ、ベリアス様のそばで」

「……ルナシェ?」

「………」


 焚き火の暖かさと勧められるままに飲み慣れない葡萄酒を飲んでしまったせいで、ルナシェは、ベリアスの肩に寄りかかって眠ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ