幸せな花嫁
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それから1週間後。
王都で行われたベリアス・シェンディア侯爵とルナシェ・ミンティア辺境伯令嬢の婚礼は、王都全体を巻き込んで盛大に執り行われた。
「――――ここまでしますか」
「……本当は、前回だって許されるならこうしたかった」
やり直し前の結婚式では、二人の結婚はひっそりと親族だけを招いて行われた。
隣国との戦いは、激化するばかり。ドランクの砦が陥落したため、辺境伯領は戦火に見舞われていた。
けれど、今、王都もミンティア辺境伯領も、平和を取り戻している。
そして、その平和を王都に取り戻した英雄であるベリアス・シェンディア、そして彼を支え続けたルナシェ・ミンティア、二人の婚礼が王国をあげて盛大に執り行われるのは、当然のことでもあった。
「ベリアス様……」
「ルナシェ」
王都すべての住民が表に出てきたのではないかと思えるほど、ベリアスとルナシェの姿を一目見ようと人々が集まっている。
厳重な警備の中、ベリアスとルナシェが乗った馬車は、王城へと向かって進んでいく。
「……しかし、今回のドレスは、ルナシェのかわいらしさを引き立てているな」
「ベリアス様、私にはこのデザインは、かわいらしすぎると思うのです」
ふんわりと広がった裾、最高級のレース、そして小さな花。
ルナシェのプラチナブロンドと合わせ、真っ白な姿に、鮮やかな瑠璃色の瞳。
その姿を上から下まで満足げに堪能して、ベリアスはため息をついた。
「……たしかに、かわいらしすぎる。誰にも見せたくないほどに」
「……そういう意味じゃないのです」
誰から見ても仲睦まじい花嫁と花婿。
幸せな二人の姿に、周囲から歓声が飛び交う。
「しかし、問題は王弟か。ルナシェに幸せな思い出だけを残してあげたいのに……すまない」
「いいえ、もうすでに夢のようです……」
ルナシェにとって、本当に幸せすぎて、夢の中にいるのではないか、と思えるほどだった。
王都の店には色とりどりの飾り付け、人々は前回の人生と違い笑顔で幸せそうにしている。
「それに、王城であげる結婚の報告は、私にとって本番ではないですから」
もちろん、国家をあげて英雄の結婚を祝うために、王城で結婚式が執り行われることは光栄だと思う。
ミンティア辺境伯家と、王国を愛する貴族の一人として、これからも王国の繁栄のため、力を尽くそうとルナシェは誓っている。
それでも、ルナシェにとって、本当の結婚式は、唯一の家族であるアベルの前で行う、魔塔の横に立てられた神殿での結婚式に違いない。
「ベリアス様……。どうなさいましたか?」
「ん? もうすこしだけ、お預けかと思うと少しだけ残念でな」
「……なにが、ですか?」
王城の正門をくぐる直前、まるで周囲に見せつけるかのように、ベリアスがルナシェに口づけを落とす。
「……そうだな。アベル殿の前で、愛を誓ったなら、ようやく本当の夫婦になれるだろう」
「……そうですね。……お慕いしています」
「ああ、俺もだ」
癖のある髪を後ろに撫でつけたベリアスは、誰よりも素敵だとルナシェは思う。
けれど、ここまでルナシェとベリアスを執拗に狙っていた王弟が、何もしないとも思えなかった。
すでに、副団長ジアス・ラジアルは、会場で警備のため騎士団の指揮に当たっている。
(全部、前回とは変わっているもの……)
結婚式にすら、遅れかけて駆け込んできたベリアスの慌てた表情をルナシェは思い出す。
あのとき、ベリアスがルナシェのことを愛してくれていたことを知った今なら、どんなに急いで駆けつけてくれたか分かる。
「ふふ……」
「どうした? ルナシェ」
「ごめんなさい。苦しいことばかりだったと思っていた、前回の人生にも、幸せはあったのだと、今さらながらに思って」
「…………そうか」
俯いたベリアスが、ルナシェの手のひらにそっと唇を落とした。
「やり直す前については、後悔ばかりだが……。そうだな、あのときも、ルナシェは変わらず愛らしかった」
「……っ!?」
「……初めてその姿を見たあのときから、愛している」
「誓うのには……。まだ少し早いです」
「ルナシェ、君だけに誓えれば十分だ」
ベリアスが、こんな風にルナシェに言葉を伝えることなんて、前回の人生では決してなかっただろう。
二人の頬は、誰が見ても染まっている。けれどそれは、とても微笑ましい光景だ。
二人は、お互い見つめ合い、頷くと、手と手を取り合って、馬車から降りたのだった。




