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束の間の宴に星は瞬く


 どれぐらい泣いていただろう。

 涙がようやく止まると同時に、顔を上げたルナシェは、固唾をのんでこちらを見つめる騎士達に囲まれていることに気がついた。


「あ…………。あの」


 たくさんの人間に囲まれることなんて、慣れていたはずのルナシェ。

 けれど、こんなにも感情を表に出していることを、誰かに見られたことなんてなかった。もちろん家族にも。


 ……かつての人生で、ベリアスになら見せることができたのかもしれない。もしも二人にもう少し時間があったなら。


「すまない……」

「えっ?」


 困ったように笑ったままのベリアスが、マントを外してルナシェにバサリと掛けた。

 途端に視界が遮られ、安心できる匂いに包まれる。


 ルナシェは、すっぽりとベリアスの紺色のマントに包まれた。

 胸の前でマントをつかんで引き寄せる。

 まだ、マントにはベリアスの体温が残っていて、泣きに泣いた乾いた体を優しく包んでくれる。


(あいかわらず、優しいのね……)


 ベリアスは、いつでもルナシェに優しかった。

 ルナシェをたった数日間で、ダメにしてしまうくらい。


「……ベリアス様。私は平気です」


 そう、ルナシェは平気だ。だって、たった一人の婚約式ですら、毅然と立っていたのだから。

 だから、こんな風に、周囲の注目を浴びてしまうことだって。


「そうか。君はそういう人だったな」


 その言葉に、思わずルナシェは動きを止める。


(どうして、どうしてそんな私のことをわかっているように言うの)


 たしかに、ベリアスは王国の第一騎士団長。王国の軍部のトップに位置する。

 だから、人を見る目があるのだってもちろん間違いがないだろう。

 侯爵家の人間だからといって、ここまで上に上がるには実力と人心掌握術が必要だと、ルナシェにだって理解できる。


 でも、ベリアスは知らない。ルナシェがこの後たどるはずの人生も、やり直していることも。

 どんなに、ルナシェがベリアスに恋い焦がれていたのかも。そばにいたかったのかも。


(……そばにいたかった?)


 周囲の視線よりも、ずっとずっと、ルナシェを見つめているベリアスのもの言いたげな視線の方が気になってしまう。

 ルナシェは、ほんの少しだけ、こんな風に押しかけてきたことを後悔してしまう。


「ベリアス様」

「――――そうだな。決めた、婚約式をやり直そう」

「え?」

「葡萄酒も届いた。俺にとって、今ここにいる部下達は、本当に大切な存在だ。こいつらに、俺の婚約者を紹介したい。今から、婚約式をやり直さないか? …………そのドレス、本当に似合っている」


 ルナシェは、驚きを隠すこともできず、目を見開いてベリアスを見つめる。

 ベリアスは、まっすぐにルナシェを見つめている

 冗談を言っているようにも見えない。


「――――ベリアス様」

「ルナシェ?」


 せっかく涙が止まっていたのに、と少しだけルナシェはベリアスのことを恨めしく思った。

 ルナシェだって、腹の探り合いばかりの貴族達に紹介されるよりずっと、ベリアスと背中を預け合うほどに信頼し合っている仲間に祝福されたいに決まっている。


 とたんに、もう一度涙がこぼれて止まらなくなってしまう。今まで、人前で泣いたことなどなかったというのに。


 ベリアスが、帰ってこなかった、あの日でさえ。


「っ、すまない。そうだな? 婚約式の代わりになど……。俺は本当に、戦いばかりで、ルナシェの気持ちがわかっていないようだ。聞かなかったことに」

「ち、違います」

「……ルナシェ?」

「う、うれしくて。こんなにうれしかったこと……」


 そう、こんなにうれしいと思ったことが、前の人生を含めてあっただろうか。

 そうだ、今この瞬間の幸せは、たった三日間一緒にいたあの日に受け取った幸せに匹敵するに違いない。


「うれしかったこと、なくて」


 その瞬間、周囲からものすごい喝采が起こった。

 騎士達は、敬愛する騎士団長の婚約式を祝おうと準備のために走り始めた。


 夜が更ける。

 こんなに、心から祝福されることなんて、今までなかった。


「――――ベリアス様」

「そんな顔で、笑うな……」


 ひどい顔だとルナシェも思う。

 でも、今はこのひどい顔をベリアスに隠したいとは思わなかった。


「泣きたいときに、無理に笑うな」

「ふふ、うれし涙ですから」

「……ほかの人間に見せるのが惜しいな」

「ベリアス様が、そんな冗談言うなんて、知りませんでした」

「はは、本気だからな」


 日中の乾いた暑さと打って変わって、急に下がった気温。空に浮かぶのは、婚約式の一週間後に、空虚な気持ちのままに見た星空と同じもののはずなのに。


 中心に焚かれた炎を囲んで、束の間の宴はいつまでも盛り上がりを見せていた。


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