義兄と義弟
険しい表情を緩めることもなく、それなのにベリアスは膝を床についてアベルに敬意を示した。
ルナシェは、変わってしまった二人の関係を目の当たりにして、息をするのも忘れ、見守るしかできない。
「偉大なる魔塔の主、アベル殿」
「……ああ。思ったよりも早かったな」
「……ルナシェが魔塔に攫われたという報告を受けたなら、どんな手を使っても駆けつけるに決まっています。さて、挨拶も終えたことですから」
ルナシェの目の前で、アベルが壁際まで吹き飛んだ。しかし、ベリアスは、何もしていない。
「さすが、一流の武人の覇気は違う。しかし、なぜここまでの力を持っていて、前回はルナシェを救うこともできずに先立った?」
「……前回よりも強くなったのは、間違いないです。もう、俺は誰にも手加減などしませんので」
それでも、未だにベリアスは甘いと思いながら、アベルはよろよろと立ち上がる。
「それならば、息の根を止めるべきだった」
「……アベル殿がルナシェを攫うように連れてきたから、こんなことをしたわけではありません」
「そうか。それならば、なぜ」
赤い光は完全に消えて、再び室内は、瑠璃色の光に満たされる。
その光に溶け込んでしまうようなアベルの瞳が瞬いた。
「ルナシェが泣くようなことをしたからでしょう?」
ここにルナシェとベリアスが来てから、無表情だったアベルが破顔する。
「そうか。しかし、本当にこの場所は、ルナシェの次に大事な場所で、俺の夢が詰まっている場所でもある。まあ、妹もとうとう嫁に行くことになってしまったからなぁ」
「そうですか。……まあ、構いません」
「……ん?」
「ミンティア辺境伯家の始祖は、魔塔の主です。そして、ギアードは、俺たちのものになった。つまり」
ベリアスの笑顔が、いたずらを思いついたようだと、ルナシェは思った。
「この場所に屋敷を建ててしまえば、ミンティア辺境伯家の本邸がこの場所で構わないということです」
「ん、んん?」
「申し訳ないのですが、俺はシェンディア侯爵家を継いだばかりで手一杯ですし、ルナシェにいらぬ苦労をさせたくはありません。それに、ルナシェと俺の子どもは、何人生まれようとも、ミンティア辺境伯家に譲るつもりはないです。ミンティア辺境伯家の今後については、義兄上がご自分でどうぞ?」
「……どこから聞いていた?」
「ルナシェが消えたときに、すぐにグレインに連れてきてもらったので、おそらく最初の方からです。アベル殿の行動はわかりやすい。騎士団長を欺くのであれば、もっと巧妙にならなくては。……すでに、準備を進めていますし、結婚式も本番はこちらでする予定です」
室内に沈黙が流れ、そしてそれは、アベルの笑い声で消えた。続いてベリアスも豪快に笑う。
ベリアスから熱っぽい視線を向けられて、赤面したまま話すことすら、できなくなったルナシェと、退室の機会を失ったらしいグレインの二人だけが、沈黙を守っていた。
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